クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
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おまけ
それでは、数々のアンコールにお答えしまして(え?してない?)「心に残った場所ベスト10」をお贈りします。
いやあ、一応10の心に残った場所を選んだんだけど、ここもあそこもって感じでなかなか大変だったよ。多くのいい場所がベスト10圏外にもれちゃって。かわいい息子・娘を谷から突き落とす気持ちだったよ。なんせ1年と1ヶ月だからねえ。いっぱいあるわな。
このベスト10を厳選するにあたり、これまでの旅を振り返ったわけなんだけど、なんか懐かしくてねえ、どこもかしこも。あんなことあったね、こんなことあったね、とゆりと話してたら、その夢のような旅がもう終わってしまったということが、えらく切なく感じてしまったよ。まあ、自分で終わらしたんだけどね。
まっそんな感じでちょっとセンチメンタル・ジャーニーな僕ですが、そんなのはほっておいて、クイズ世界はミーバイミーバイ「心に残った場所ベスト10」をお楽しみください。

第10位 ラサ(チベット)
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中国の計画で、もうほとんど中国の他の都市と変わらなくなってしまったラサ。だけど、やっぱりジョカン寺の周りをコルラし、体を地面に投げ出し祈るチベタンの姿にはグッとくるものがあった。彼らにとっては昔と変わらない聖地なんだなって。
あれから暴動があり、ラサは今どうなってるんかな?そしてこれからどうなっていくんかな?ラサを思い出すと少し心がチクリとするんよね。


第9位 アルメニアの美女たち
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いやあ、美人やったねえ。数々のええ場所を押しのけて堂々の9位。
顔、スタイル、そして夏の露出した服装。イエメンで1ヶ月抑圧されてきた僕にはたまりませんでした。もう髪の毛を見ただけでも少し興奮してたのに、それが美人で胸がでかくて、太ももがあらわで、町中刺激的でした。アルメニアにはイエメンから行くことを強くお勧めします。
「心に残った場所ベスト10」って言ってんのに、場所ちゃうやんって思ったあなた、うん、そこは気にしないで。美人だから許して。
ちなみに写真は、アラヴェルディでフォーリンラブだったヘレンです。


第8位 タージマハル(インド)
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最初の旅の目的地。暗いうちから入場して朝日を浴びるタージマハルを見れたのはえがった。誰もいないタージマハルという思いがけないシチュエーションもえがった。感動したよ。でも、なぜか物悲しいというか、切ない気持ちにもなったのは、タージマハルの完璧さなのか、お墓だからか、白い大理石のせいなのか、何なのか。ほんと美しかったよ。僕も妻のためにこんなお墓を作ろうと思いました。うそです。


第7位 サパ(ベトナム)
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黒モン族、赤ザオ族、そして花モン族と、いろんな少数民族の人たちに出会うことができた。僕らが行ったときは、ちょうど秋の収穫期で、みんなで手作業で刈り入れしてる風景などを見ることができた。夕日に照らされて美しかったなあ。ほんと、日本昔話に出てくるような景色がいっぱいで興奮した。子供たちみんな鼻水垂らしてたもんね。おもろいくらいみんな垂らしてた。あの垂れた状態を維持してるってのが、なんとも自由な感じでいいよねえ。うらやましかったよ。彼らにはこのまま今の暮らしを続けてほしいっていうのは、僕のエゴかなあ。


第6位 カッパドキア(トルコ)
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世にも奇妙な形の岩だらけ。どうしてこんなことになったんだろうかと不思議ちゃん。特にチン・・・じゃなくてきのこ岩はかなりのインパクトがあったね。ほんと無意味にテンションが上がった。あれは人間が作ることはできないね、いろんな意味で。びっくりしたのは、そのきのこ岩などに穴を掘って家にしていたってこと。地下19階もある地下都市もぶったまげたし、いやあ、昔の人は穴掘るの好きだったんだなあって思ったよ。家建てるよりは簡単なんかな?でも19階は掘りすぎだよ。すげえっす。


第5位 ギザの3大ピラミッド(エジプト)
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世界7不思議の1つピラミッド。未だに誰が何のために作ったのか、どうやって作ったのかはわかっていない。クフ王などの墓ってのも1つの説にすぎないんだってよ。それに現在の建築技術を用いてもかなり難しいくらいに精巧に作られているんだって。ピラミッドの内部の完璧に作られた大回廊にはほんとオラびっくらこいただ。そんなもんを何千年前の人間がどけなして作ったんだよ。う~ん謎だなあ。
結局、旅の最終地になっちゃったピラミッド。でも、ここで終われてよかったと思えたよ。


第4位 アンコール・ワット(カンボジア)
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これぞ世界遺産!建物のスケール、デザイン、そして緻密なレリーフ、めっちゃかっこよかった。アンコール・ワットだけじゃなく、アンコール・トムの中の数々のでかい仏の顔があるバイヨン、「天空の城ラピュタ」と言われるベンメリア、そして上の写真のタップ・ローム。僕はこのタップ・ロームが1番のお気に入り。この自然が寺院に覆いかぶさっている様がなんともいいよね。人の世の無常や自然の力強さを感じるし、でもなんだか調和してる感じもする。タップ・ロームは自然を支配しようとする人間たちに対して、このようにするんだよという見本を自らの姿を通して教えてくれているのかもしれない・・・、なんちって。


第3位 サナア(イエメン)
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世界最古の高層住宅と言われる旧市街。カートでほっぺをぷっと膨らます男たち。(女たちも家ではやってるみたい)そして、腰に差してるジャンビーア。黒いベールに包まれた女たち。昔のスタイルを今なお続けている国、イエメン。ほんと「アラビアンナイト」みたいでおもろかったあ。砂漠の摩天楼もよかったし、結婚式で踊ったジャンビーアダンスは忘れなれない思い出。ちょっと短気で喧嘩っぱやいけど、親切なイエメン人も最高だった。イエメンは今回行った国ナンバー1っす。


第2位 理塘(リタン・東チベット)
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ほんとは中国の四川省にあるんだけど、やっぱりここはあえて東チベットとしておきます。
標高4000メートルにある理塘。クリスマスの時期に行ったから、もうめちゃんこ寒かった。部屋に暖房ないから氷点下の中で眠らんといけんかった。死ぬよ。ここにいた1週間風呂にも入れなかったし。
そんな過酷な状況だったけど、チベタンがめちゃんこよくしてくれた。いくつものお家に招待されて、まずい・・・いや、ちょっと変わった味のバター茶をご馳走してくれた。寺の小坊主はクリスマスプレゼント?に自分の命よりも大切な数珠を僕にくれた。チベタンの脂ギッシュな髪やなんでか赤くなったほっぺや袖のながーい服、全部かっこよかった。いつも「タシデレー」と笑顔で挨拶してくれた。五体投地で祈る姿に心打たれた。ここではクリスマスイブに鳥葬も見ることができたし、ほんとこの旅1番の場所です。

あれ?でも理塘、第2位じゃんね・・・・。
ということは、もう1位はあれしかないね。そう、あれだよ、あれ。



栄光の第1位は・・・・












第1位 地獄寺(タイ)
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寺の坊さんが、子供たちに「悪いことしたらこんな恐ろしい地獄へ行きますよ」と教育するために作ったというリアル地獄。おびただしい数の人間がおびただしい鬼や化け物に虐待されていた。もう、それがなんとも残酷で、「これ絶対教育上よくないだろ!」とここを訪れた人誰もがツッコミをいれたくなるはず。
さらに、ここの人形はただの人形じゃなかった。なんとお金を入れると動き出す。泥棒だった人の手を化け物が「この手が悪いのか!この手が悪いのか!」と言って叩き続けている光景は、かなりツボでした。まさにここは寺というよりは地獄テーマパーク。かなりたくさんの人形があって驚いたんだけど、実はまだまだ坊主は物足りないらしく、僕らが行ったときは新たな地獄を増設工事していた。今行ったらまた新しいアトラクションができてるかもね。
旅の最初にここを訪れた時、「ここを越えるとこが果たしてあるんだろうか?」と思ったんだけど、やっぱりなかった。地獄寺、堂々の1位っす。


さあ、いかがでしたか「心に残った場所ベスト10」。あなたの予想していた場所はランクインしてたでしょうか?
今回これを書いて思うことは、心に残った場所ってのは、やはりそこでの出会いがよかったかどうかでかなり変わってくるなってこと。昔訪れた場所に10年ぶりに来てみたら、全然印象が違ったってとこもあったし、ほんと人だけじゃなく、その町や村、遺跡なんかとも一期一会なんだなって思った。町も人も、そして自分も変わっていくからね。だから、今というこの一瞬を大切にして、僕らは生きていかないといけないんだ!
と、ちょっとかっこつけて言ってみたところで、このブログもおしまい。いや、ほんとにおしまいだよ。これだけは信じて。あとは信じなくていいから。

なお、この「心に残った場所ベスト10」はフィクションなので、そこんとこよろしく。

バイバイ。また会う日まで。


これクリックするとベスト100があるかもよ。


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最終回だよ カマじゃないよ
エジプト最終日の朝、僕は1人でもう一度ピラミッドを訪れ、その建造物の謎の解明に果敢に挑んだが、惜しくもよくわからなかった。そして、その日の夜、僕らはタイ・バンコクへ飛んだ。

2ヵ月半一緒に旅したナガタさんとは空港でお別れ。
「どこがよかった?」と聞くと、「やっぱりイスラエルかな」と言っていた。宗教やパレスチナのことをいろいろ知れて考えられたのが良かったって。
日本に帰る彼女をちょっぴりうらやましくなったけど、これからバンコクに行く僕らをナガタさんもうらやましがった。
「バンコク行くのわかってたら、私も行ったのに」と。
こうして、ウェディングドレスとアレッポ石鹸を持ち歩いた特異なバックパッカーの旅が終わった。
ホントお疲れさまー。一緒に旅できて楽しかったよ。フィリピンで待ってるよ。

カイロからバンコクまでは8時間半のフライト。バスに列車に揺られ1年かけて来た道のりをたった8時間半で戻ってしまうのは、正直切なかったよ。あんなに苦労してようやく辿り着いたエジプトだったのに。一気にふりだしに戻るみたいな感じで。

とは言ってもやはり大好きなタイ。ねっとりした空気やナンプラーの匂い。渋滞している車やトゥクトゥク。化粧している男子やピタ制服の女子大生。1年ぶりのタイは懐かしさでいっぱいだった。
でもやっぱり1番はタイ料理。めちゃうま!最初、屋台でカオパット(焼き飯)を食った時は涙が出そうになったよ。やっぱメシはアジアだよなあっとしみじみ実感。バリエーションも豊富だし。酒も周りを気にせず飲めるし。豚肉も食えるし。女の子は短パンにノースリーブで肌を露出してるしね。
ほんとイスラム圏から来ると、タイはなんて自由なんだって思うよ。イスラムの皆さんは今もまだ腹すかせて、日が沈むのを待っているんだろうなあ。ほんと大変だよねえ。毎日5回も礼拝しないといけないし、制約多いし。でも経済が1番じゃなく、宗教を大切にしている彼らを、彼らの国を、僕はけっこう好きだったんだけどね。自由が全てじゃないぞってね。やれって言われても困るけど。

タイでは何人かの友人と再会を果たした。
旅の最初に訪れたまみとゲンちゃん家にまたお邪魔した。ここのお家は木で出来た素敵ハウスで、僕らの旅の「ベストゲストハウス」にも選ばれているんだけど、やっぱりめちゃ居心地良かった。ずっとプレステ2のギターのゲームをしてたよ。
まみが沖縄料理のふーチャンプルを作ってくれた(というか、僕がしつこくせがんだ)んだけど、これが涙もんだった。カツ丼は食えても、ふーチャンプルはなかなか食えないからねえ。
まみ、ゲンちゃん、ホントありがとね。今度はもっと英語しゃべれるようになってくるから。

びっくり再会もあった。
カオサンロードの旅行代理店で航空券を探していると、ばったりインド・リシュケシュで一緒にヨガが習っていたナオさんに再会。
「えー、なんでー!」と3人とも大興奮。なんと5ヶ月ぶり。ホント世界は広いんだが、狭いんだか。
久しぶりにヨガティーチャー・シュリンダの物マネをして盛り上がったよ。

1年前、水着の女の子が踊るゴーゴーバーに連れて行ってくれたカンチャは、今回はオカマのゴーゴーバーに連れて行ってくれた。
これがね、もうめちゃくちゃかわいかったんよ。
「えっ、これホントに全員男ですか?」と何度も聞いちゃうくらい、みんな女の子らしかった。元男と思えないほどスレンダーで、でも胸はボインで。なんというか理想的。
そしてまたみんな愛想がめちゃいいんよね。絶えずウインクしてくれるし、懐かしの「だっちゅーの」もしてくれるし、胸も触らせてくれた。シリコンだった。
「きれいですね」と言うと、「ありがとう。でも日本人はお世辞が多いから」と言っていた。
下の方の手術も全員終わっているらしかった。もう、こんだけかわいいなら「オレ男でもいっかなー」と少しだけ思った。

この日以来、町を歩いているとやけにオカマが目につくようになった。僕らが泊まっているカオサンロード周辺に特に多いのかもしれないけど、それでもよく見かけた。この人は女だろうなと思っても「アハハハ、あだじねー・・・」としわがれ声だったりね。オカマってこんなに多いものなの?
タイの映画には必ずと言っていいほどオカマが出てくるし、ほんとこの国は許容範囲が広いというか、器がでかいというか。差別とかは当然あるんだろうけど、とりあえずオカマに関しては日本より幸せなんだろうなあ。
日本にも本当はあれだけオカマがたくさんいるんだろうか。カミングアウトできてないだけで。早く日本もタイみたいにオカマ先進国になればいいのにね。


まっそんな感じでこのブログもこれでおしまい。オカマという最終回にふさわしい話題で閉めることができて、ホント旅してきてよかったーとしみじみ思う今日この頃。カンチャありがとね。

思えばカンチャとインドで出会った前回の旅から早10年。19歳1人旅と29歳夫婦の旅とじゃ、そりゃあもう全然違ったけど、はっきり言えることはどちらも忘れられないええ旅やったってこと。旅出てよかった。楽しかった。不思議や驚きで溢れてて、ホント世界はでっかいびっくり箱だ。
行く先々で出会い親切にしてくれた現地の人々、旅人のみなさん、あなたたちのおかげでええ旅ができました。ありがとう。ホント感謝してます。
そして、僕の拙い文章を1年にわたり読んでくれた方々、時々読んでくれた方々、今日たまたま初めて読んでくれたあなた、ありがとうございました。旅を続けてこれたのも、ブログを読んでくれたり、コメントをくれたりする家族、友人たち、しつこくエッチな宣伝を送ってくる人たちのおかげだったり、そうでなかったりしました。

最後に言いたいことはやっぱり「世界はミーバイミーバイ」だということやね。これに尽きる!

ちなみにミーバイとは、沖縄の方言でハタ科の魚類のこと。 イシミーバイ(いしがきはた)などは防波堤周りでよく釣れるらしい。おもに船で釣るアカジンミーバイ・アーラミーバイなどバラエティーに富んでいて、沖縄では非常にポピュラーな魚。沖縄では特に美味しい魚とされていて、「魚汁」「煮つけ」「塩焼き」「刺し身」などで食べられています。
と、さっき調べた沖縄方言のサイトに書いてあった。実はよく知らなかった・・・。

なお、このブログはフィクションで、登場する人物とかは実在の人間と何の関わりもないので、そのへんよろしく。

バイバ~イ

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エジプト最終日、一緒の宿だった韓国人の「順子さん」(日本名でそう名乗っていた)夫婦がパスタを振舞ってくれた。スーダンには行けたかなあ。
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「タイはうめえなあ」
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ロックするまみとそれを見守るゲンちゃん
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ふーチャンプルさいこー!!麩を卵に浸して炒めるんよ。うまいんよ、これが。
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カンチャとカオサンロードで


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オラ腹へっただ~
エジプトは、とうかイスラム圏は今ラマダン中。ラマダンとは1ヶ月続く断食期間。だけど完全に断食しちゃうと死者が続出しちゃうので日が沈んだ後は食べてもいいよということになっている。
「なあんだ、じゃあかるいかるい。オレなんて1日1食でも平気だもんね」と思ったそこの君。あまい!ハチミツをかけたお茶漬けよりあまい!ラマダンの日中は食べることだけでなく、飲むことも禁じられているのだ。しかもここはエジプト。暑いんよ。南だとかるく40℃を超えちゃうんよ。ちょっと動くと汗が体中からダランダラン。「冷たいコーラが飲みたい」と思っても飲んじゃダメ。これはかなーりきついと思うよ。

案の定というか、日中に道を歩いていると、喧嘩をしている人たちにちらほら出くわした。どつき合いもめずらしくない感じ。目が血走ってたもんね。絶対腹へってイライラしてるんだと思う。う~ん、ラマダン良くないんじゃないか。

といっても僕ら旅行者は別に食べてもいいので、「イスラム教徒のみなさま、ご苦労様です」くらいで、まあいいんだけど、困るのは食堂などが閉まってしまうこと。
エジプトのファーストフード的なコシャリって食べ物があって、それはライスとパスタとマカロニを混ぜたものにミートソースをかけて食べるというなんとも斬新な食い物で、それがまあまあいけるんだよね。見た目は残飯なんだけど。1皿3ポンド(60円くらい)から食べれるので僕は毎日のように食べてたんだけど、毎日行っていた店はラマダンが始まると店の改装を始めてしまって営業を中止してしまった。おそらく1ヶ月休むつもりなんだろう。そういう店が何件もあるんよ。「収入はどうすんの?」と心配になるけど、こっちも食べるものがなくて非常に困る。仕方ないので商店でインスタントラーメンを買ってきて宿で食べたりしてるんよね。食べることは旅の1番の楽しみだから、これが続くとなかなかへこむ。

そんなこんなで、さあ待ちに待った日没の時間。レストランも営業を開始。やっぱり一刻も早く食べたいのだろう、断食が終わる前からみんな料理を注文をして、テーブルに並べられた状態で「まだか、まだか」とツバをグッと飲み込み待っている。犬が「待て」をされてるみたいに。
おかしいのは店の店員が以上にテンションが高いことだ。
「何食べるの?全員同じのでいいね?ダメなの?じゃあ何食うの?えーなんなの?」といった感じで、もううるさいうるさい。腹減りすぎてちょっといっちゃってるんだろうね。また料理屋だからずっとうまそうなもんを目にしてるわけで、でも食べれないわけだからね。とっととメシを運んで自分も食べたいんだろうね。

日没を知らせるアザーン(祈り)が聞こえてきたらみんな一斉に料理に手をつけ出した。一気にガッツクのかなあと思っていたけど、意外と静かに食べていた。静かにしないといけないのかなあ?

ここで1つ仕入れたウンチクを。うんちじゃないよ。
この今彼らが食べてる日没後に食べる晩飯を英語で「ブレックファースト」というみたい。
「ぷぷぷ。ブレックファーストは朝食だよ。ぷぷぷ」と僕はエジプト人を小バカにしていたんだけど、実はファーストには「断食」という意味があり、ブレックは「壊す」とか「破る」だから、ブレックファーストでは「断食を破る」という意味になるんだって。僕らが朝食にこの言葉を使うのは、夜、寝ている間の長時間は何も食べない状態が続くからだそうだ。だから、彼らが今夕食にブレックファーストを使うのは間違ってないみたいだよ。

僕はさぞかしみんなラマダンが嫌いなんだろうなと思っていたんだけど、宿の兄ちゃんと話したら、どうやらそうではないことがわかった。
「断食は1年に1回の聖なる時。悪魔がいなくなり、天使だけの世界になるんだ。僕らはラマダンが来るのを楽しみにしているんだよ。確かに飲み食いできないのは苦しいけど、貧しい人たちの気持ちを理解することができるし、イスラム教徒の結束を強くする働きもあるんだ。」
「ラマダン中の食事は2回。日没後のブレックファーストと夜中の4時ごろにもう1回。ここでポイントなのは明け方の食事をあまりヘビーにしないこと。なぜかって?それを食べた後、僕らはまた少し眠るんだけど、ヘビーなものを食べてしまうと起きたときやたらとノドが乾くんだ。わかるだろ?でも、日没まではいっさい水も飲んじゃダメだからね。そりゃ大変だよ。だから、1日何も食べれないからといって明け方いっぱい食べるとえらいことになるんだ。
まあ、軽くしてもやっぱり苦しいけどね。特に午前中は。腹が減ったりノドが乾いた時は、それを忘れるために友達に電話したり、無理やり忙しくしたりするよ。」

いろいろラマダンの話を聞いたけど、やっぱり日本にラマダンの制度がなくてよかったとつくづく思ったよ。

ラマダンその他。
・ラマダンの月はいつも以上に食費がかかるらしい。「えー、だって食べないんだからおかしいじゃん」って思うけど、夜は親戚や友達の家をまわりパーティーをして騒いじゃうんだそうだ。確かにラマダン中は宿の外がえらく騒がしかったよ。
・老人や病人、貧しい人は断食しなくてもいいらしい。マンゴージュース屋さんに行くと飲み物飲んでる人に出くわしたけど、彼らはなんなんだろうか。「おれ、病気だもんね」ということなのかな?仮病が増えそうである。
・「こっそり飲んじゃえばいいじゃん」とあるエジプト人に言うと、笑って「アハハハ。アッラーは見てるんだよ。」と答えていた。信仰深いんよねえ。


さて、話は僕らの今後の進路について。
いろいろ考えたふりをしたんだけど、一応旅はエジプトで終わることにした。アフリカ横断やヨーロッパ、アメリカ、特に中南米にはすげえ行きたかったんだけど、今行くのは少しもったいないんじゃないか、という結論に達した。1年以上旅してきて、正直旅のテンションや感性などが低くなっているんよね。エジプト南から帰ってきた後、仲良くなった旅仲間と砂漠ツアーに行ってきたんだけど、みんなが砂漠や満天の星空に感動している時に、僕らは「ヒマラヤで見たときの方がすごかったね」なんて話していて、やっぱり少し贅沢になっているんよ。
そんな状態でマチュピチュに行っちゃうのはやっぱもったいない。また、いつかお金貯めて、がっつり1年くらいかけて中南米を旅したいな。
旅はこれで最後と思って今回出てきたけど、行きたいとこがどんどん出てきちゃってやっぱダメだね。

で、じゃあ日本に帰るかっていったらそうじゃなくて、今1つやりたいことがあるんよ。ちょっと前、旅仲間のカズさんがシンガポール人のアイリーンと一緒に僕らから去っていったときに僕がある決心をしたのを覚えているだろうか。覚えている人にはもうキスして抱きしめてあげたいんだけど、僕も外国人の彼女をゲットするために2つのことを決めた。
1つはダイビングライセンス。美女と水中デート。これはダハブで取得。
もう1つは英語。旅を1年してきて最近気づいたんだけど、やっぱ言葉は大切やね。「I LOVE YOU」だけじゃ伝わらないこともあるんやね。
というわけで、僕ら語学留学することにした。場所はね、アメリカではなく、カナダでもなく、イギリスでもなく、やっぱミーバイ的にはアジアがいいでしょうってことでフィリピンの学校に行くことにした。もうすでに申し込んでいて、9月20日から2ヶ月間。もう少し延長するかもしれないけど。
これを聞いて「えー、今さら。旅の最初に行けばよかったんじゃない?」と思ったあなた。その通り。まったくその通りなんだよ。英語が話せたらもっといい出会いがあったかもしれない。もっといろんなことを知れていい旅になったかもしれない。でも、まさか世界旅行に英語が必要なんて夢にも思ってなかったんだから、しょうがない。1年かけてそれだけでもわかったからよかったよ。
甲本ヒロトも「遅すぎることなんて1つもないんだよ。やりたいと思ったときが一番いい時なんだよ」みたいなことを歌ってるんよ。だから、いいんだよ。旅の最後に英語を学んだって。(言い聞かせている)

そんなわけで、久しぶりに学校に通うことになったんで、一応この旅ブログも次回で最終回にしちゃおうかなって思ってます。
「えーやだー」「やめないでー」というファンの声が大阪の実家あたりからだけ聞こえてくるんだけど、まあ学問に打ち込もうかなっと思いまして、そうすることにしました。

なので、泣いても笑っても次回は最終回。まさかの結末が待っている!・・・・かも。

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コシャリ
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砂漠ツアー
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南へ
ピラミッドで大満足しちゃった僕は、「あっエジプトもうええかなあ」という気持ちになっていた。しかし、そこは数千年続いたいう最古の文明の1つエジプト。ナイル川沿いには多くの遺跡が残っている。特にスーダンの国境近くには有名なアブ・シンベル神殿がある。「3度のメシより遺跡が好き」と常日頃から言っている僕としては、これは行かないわけにはいかない。

カイロの考古学博物館でツタンカーメンの黄金のマスクや秘宝を見た日の夜、夜行バスでルクソールに移動。ルクソールではレンタサイクルや宿が主催しているツアーに参加して遺跡巡りをした。

「王家の谷」は新王国時代の王たちが眠っていた墓が60以上も見つかっているなかなかゴイスなところ。いくつかの墓に入ったけど、壁にはびっしりと象形文字や神の絵など、エジプトらしいレリーフが彫られていた。保存状態が良く、色もあせずにきれいに残っていて、なかなか見ごたえがあった。
別料金だったけど、ツタンカーメンの墓にも入った。さっきまで見た王たちの墓と比べるとすげえ小さくて質素な部屋に、真っ黒い人間が横たわっていた。初めて見るミイラはインパクトがあったよ。ありゃ人間の炭だね。ツタンカーメンはとても小柄だった。
今でこそ超有名人ツタンカーメンだけど、お墓の質素さを見ればわかるように、歴史上では9歳で即位し18歳で死んだ無名の王だったらしい。だから、他の王たちみたいに盗掘者たちに狙われなかったみたいだよ。それでも、考古学博物館の2階の1部を占めるほどの宝があったんだから、他の王たちの墓にはいったいどれくらいの宝が収められていたんだろうか。でも、もしかしたらまだ見つかってない王の墓がここのどこかにあるかもしれない。それを見つけたら、ぼくゎもう一生働かなくてもいいんだろうな。

そんなことを考えたりしながら、数千年前の遺跡たちに興奮してた僕だったんだけど、遺跡を巡れば巡るほどテンションは下がっていった。一番の理由は暑さだった。土産物屋のおっさんが「今日は45℃だよ。うへへ。暑いよ。うへへ。これ1ダラー」と言ってたとおり、もう半端なく暑かった。また意地悪なことにどこの遺跡もでかくて、炎天下の中歩きまわらなくてはいけなかった。
そんでもって何個もいっぺんに遺跡をまわると、なんだか似たり寄ったりといった感じに思えてきて、だんだん遺跡自体にも飽きてきいた。毎回払う入場料も安くはないしね。そんな感じでツアーの後半は、もう嫌な仕事をこなすように遺跡を回り、心の中では「早く宿に帰って冷たいコーラを飲みたい」と思っていたのだった。

結局ルクソールの遺跡ツアーに懲りた僕らは、さらに南の町アスワンでは有名なイシス神殿には行かず、宿にあった「ちびまる子ちゃん」を読んで暮らした。「さっきまで遺跡好きと言ってたのはどこのどいつだ」というまるちゃんのナレーションの人のツッコミが聞こえてきそうである。

「こんなことなら、あたしゃカイロでゆっくりしときゃあよかったよ」とまるちゃん風に愚痴ってみたりしたんだけど、最後の力をふりしぼってエジプト最南のアブ・シンベルへ。
予想してたとおりここが一番暑かったんだけど、「誰もいないアブ・シンベルが見たい」というジンさんの希望で、一番暑い2時に僕らはアブ・シンベル神殿に向かった。ここは9割の観光客がツアーを利用して朝日の時かナイトショーを見に来るので、日中はけっこう人がいないらしいのだ。
宿からアブ・シンベルまでの3キロが恐ろしく長く感じられた。フラフラして意識が遠のき始めたころ、ついに到着。そしてそこには僕らの目論見どおり誰もいないアブ・シンベル神殿がドーンと待っていた。これの建設者のラミセス2世の20メートルもある巨像が4体どっしりとすわっている。
か、かっこいいじゃないか。しかし、自分4体は作りすぎだろ。

中に入ってみた。するとまた10メートルのラミセス2世の像が8体、両サイドにズンと建っている。
このサイドからの迫るような圧迫感。かっこいいじゃないか。でも8体はやりすぎだろ。どれだけ自分好きなんだよ。
実際ラミセス2世はとても自己顕示欲が強かったみたいで、他の場所の神殿などにもたくさん自分の巨像を増設したそうだよ。

このアブ・シンベルは実は近くにあるアスワン・ハイ・ダムを作る時に沈むはずだった。しかしユネスコが世界的な救済キャンペーンを行い、結果、神殿は1036個のブロックに切断されて約60メートル上に移転したのだ。
よく見ると確かに切断の跡があるんだけど、ラミセス2世の像や中のレリーフなどがあるところはかなりきれいに仕上げられていた。
200年ほど前までは砂に埋まっていて、その存在を知られてなかったそうだし、3000年以上も建っているとそりゃいろいろあるよね。30年も生きてない僕だってけっこういろいろあるのに。いや、ほんといろいろあるんよ。

僕らは音と光のナイトショーも見て、大満足してアブ・シンベルを後にした。
帰りはアスワンまで4時間、それからカイロまで16時間のバスの旅。最初はずっと砂漠の中を走り、途中から左側にナイル川が見えた。ナイル川沿いは椰子の木など南国ちっくな植物が多く、緑が豊かだった。麦などの畑もけっこうあった。日干しレンガの家が並ぶ集落も時々現れ、人々の生活を垣間見ることができた。こうやって太古からこの川沿いでは人間が暮らしてきたんだろうな。
すげえ赤い夕焼けがナイル川の向こう岸に沈んでいくのを見た時、僕はほんとに満足した気持ちになり、そして放浪の旅の終わりを決めた。

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ルクソール神殿
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カルナック神殿
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メムノンの巨像
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アブシンベル神殿
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アブシンベルの中
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アブシンベル小神殿


夕焼けに感動している間に旅も1年と1ヶ月が過ぎた。放浪もいよいよおしまい。でも、まだ帰らないよ。
この1ヶ月に使ったお金17万9478円 + ダイビング代8万8000円 + 飛行機代9万500円
訪れた町 エルサレム アンマン ペトラ ダハブ カイロ ルクソール アスワン アブシンベル
世界遺産 エルサレムの町 ペトラ遺跡 ピラミッド アブシンベル あとエジプトの遺跡群


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