クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
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年末やねえ。
また成都に戻ってきた。
リタンの宿では風呂がなかったので、実に一週間ぶりにシャワーを浴び、体を洗った。そして一週間ぶりにパンツを替えた。いや、風呂入らないとパンツ替えるタイミングもなくて。うんうん。めっちゃ寒かったしね。僕の友達に北海道出身のカマツカくんってのがいるけど、彼は沖縄なのに半月くらい風呂に入ってなかった。でも、それも少し分かる気がした。北国育ちの人はそうなんだ、きっと。うんうん。

楽山の大仏、九塞溝、パンダ、東チベットのリタンと、成都、またその近郊で大いに楽しんだんだけど、僕にはまだ1つやり残していることがった。
それは、横山光輝の「三国志」を読むこと。
ご存知の方も多いだろうけど、ここ成都は、魏、呉、蜀、三国のうち、蜀の都だったそうだ。ここにくるまで知らなかったんだけどね。
その蜀というは、劉備玄徳、諸葛亮孔明と、横やんの「三国志」の主人公らが活躍した国。せっかくなので、その都で読んどきたいよね。この場所でこんなことがあったのかあ、と。
幸い、宿に全60巻そろっていたので、成都に帰ってきては読み進めていた。んだけど、如何せん長い。全然成都が出てこない。とても全部読む時間はないし。
しかし、僕はあきらめなかった。なんとか32巻まで読み終え、ようやく劉備玄徳が成都を落とし、蜀を平定したとこまで辿り着いた。
これで安心して成都を旅立てるよ。

今日の夜の列車でラサに向かう。48時間とこの旅で最長の移動時間だ。たぶんこの次ブログを書けるのは新しい年だと思うので、みなさん、よいお年を。
お雑煮食べたい。


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辿り着いた先には何が!
楽しかった理塘(リタン)も最終日。この日も2軒のお家に招かれてご馳走になった。
カッカーさんの家では、前日もアーズイばあちゃんのとこでいただいた「ツァンパ」、「ペアラー」というお酒、「ニュールーハッ」というヤクの干し肉?を食べさせてもらった。どれもおいしかったあ。特にニュールーハッは、一見生肉だったので「大丈夫かなあ」と少しびびったけど、食ってみるとかなりうまかった。

本当になんでここの人たちはこんなにも親切なのか?
リタンにいる間、いつもそう考えていた。
人種の気質とか風土とか社会の習熟度とか、いろいろな要素があるんだろうけど、やっぱり仏教の存在がでかいんだろうなと思った。チベット仏教のことよく知らないし、仏教国は他にもたくさんあるけど、ここの人たちは特に気合いが入っているように思えた。

1回まわすと1回経文を唱えたことになるマニコルは、最初こそ、なんかずっこいなあ、意味あんのかなあ、と思っていたけど、1日中、歩いている時も座っている時も携帯用マニコルを回している人たちや、重くでっかいマニコルを一生懸命何度も回しているおばあちゃんの姿なんか見てたら、そんなこと言えなくなった。

後、毎日か知らないけど、みんな町のはずれにあるリタンゴンパ(寺)の周りを歩いて参拝していて、足の悪いお年寄りなんかが杖をついてゆっくりと坂道を登っている姿にはグッとくるものがあった。
そして驚いたことは、普通に歩くだけでも30分はかかるこの寺周りを、なんと五体投地礼で回っている人たちがいたのだ。
五体投地とは「全身全霊を投げ出し、身(体)、口(言葉)意(心)のすべてによって仏法への帰依を示すチベットにおける祈りの定番フォーム」だそうだけど、ひたすらこれを何百回と繰り返し、寺の周りを回るのだ。地面に投げ出した体の長さの分だけ前に進み、ほとんど歩くことがない。体はおろか、額まで砂まみれで、何度も休憩をはさみながら回っていた。
「なんでここまでして・・・」と思うけど、なんでかねえ?

そしてさらに驚くべきことは、この五体投地で聖地ラサまで巡礼する人たちがいるのだ。2、3ヶ月かけて何百キロと離れたラサへ旅をする。ふつう巡礼は農閑期の冬に行うので、凍結した道に体をこすりつけながら行くこともあるそうだ。それでも彼らには、つらさより巡礼ができる喜びの方が大きいんだとか。

正直僕らには理解しがたいけど、彼らにとっては大切なことであり、きっとそれがあの優しさに繋がっている気がした。
とりあえず、彼らのことをもっと理解するためにも、僕らもラサへは五体投地で行こうと思う今日この頃なのだった。(うそ)

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クリスマスイブに
「クリスマスって何?」
理塘(リタン)の町では誰もがそう言いそうな勢いだ。
クリスマスソングが町に流れることなく、きれいに飾ったもみの木もなく、ましてやサンタクロースのかっこをした店員の姿など見当たらない。
「クリスマスが近い」とわかっているんだけど、町をふらついている間にそんなことはすっかり忘れてしまう。さすが仏教の国チベット。中途半端なことはしないぜ。

クリスマスイブの朝、僕らは仲良くなった欧米人たちと一緒に鳥葬を見に行った。火葬じゃなくて、土葬でもなく、鳥葬。鳥に食ってもらうやつ。
何でも、チベットの多くの地域では普通に鳥葬が行われているらしい。
「大切な人を鳥に食わせるなんて考えられない。」と僕らの感覚じゃ思うけど、チベット仏教では、死んで魂が抜けた肉体はもう無用の物体で、それなら鳥にでもあげた方が役に立っていいじゃん、という利他の考えなのだそうだ。でも、燃やすための燃料が高いというが一番の理由らしいけど。

鳥葬はリタンの町のはずれの広い草原で行われるようだった。僕らは教えてもらった時間に着いたけど、誰も見当たらなかった。もちろん鳥葬というのは、死んだ人がいないとできないので、毎日行われるわけではない。
「きっと誰も死んでないんだね。」と、僕らは本来喜ぶべきことを残念がり、あきらめて草原を散歩した。誰の目にも「なんで死ななかったんだ」という悪魔の色が漂っていた。クリスマスイブなのに。

しばらく経って元の場所に帰ってくると、チベタンがいくらが集まっていて、死体らしき物体が2つ地面に横たわっていた。
おっおおおおお!
僕らはかなり興奮した。けど、彼らの近くに行くことはためらわれた。仮にも葬式だからね。野次馬が行っちゃダメでしょ。まあ、すでの見に来ている時点でダメか。

そんなわけで僕らは100メートルほど離れたところから、こっそりと鳥葬を見守ることになった。
すでに死体の周りにはハゲ鷲と思われる鳥が数十羽群がっていて、今か今かと死体を食べるのを待ちわびていた。羽を広げた姿は人間より大きく、かるく2メートルはありそうだった。
ハゲ鷲に囲まれる中で、1人のチベタンが死体にナイフを入れて切り刻んでいた。鳥が食べやすいようにしているのだろう。死体が赤く染まっているのが見えた。

十分に刻んだのか、そのチベタンが死体から離れると、一斉にハゲ鷲たちが死体に詰め寄り食べ出した。キーキー鳴くのかと思ったけど、案外静かにみんな啄ばんでいて、かえって不気味だった。ハゲ鷲たちが食べている周りには、カラスと思われる黒い鳥が待機していた。ハゲ鷲様の後に食べようと狙っているみたい。

僕らはほとんど沈黙してその様子を見ていた。すると数羽のカラスが僕らの近くに飛んできて、ポトリと何かを落とした。赤い塊だった。
ゲゲゲゲゲ!
カラスたちはまたそれを争って食べていた。

ある程度食い尽くしたんだろうか、鳥たちが死体から少し離れた。すると先ほどのチベタンがハンマーでボンボンと何かをたたき出した。考えられるとしたら、死体の骨しかなかった。その音は不気味に響いた。そして砕いた後に残る肉をまた鳥に与えていた。こうやって全てを鳥に食べさすんだね。

死体の周りには、家族と思われる人たちが見守っていた。いったいどういう気持ちでそれを見ているのか。坊さんが1人、お経を唱えていた。

僕らは「もう充分だね。」と最後までは見ずにその場を去った。
「おもしろかった」というとかなり不謹慎だけど、やっぱりすげえ刺激的だった。
その後、昼飯に「排骨面」というのを食べたんだけど、麺の上にのっている肉がやけに生々しく感じた。

午後からは、数日前訪れたリタン・ゴンパ(寺)に写真を届けに行った。「アビ」という青年坊主が、その時撮った写真を送ってくれと、僕らに住所を教えてくれたんだけど、それならすぐに現像して持っていってあげようということになったのだ。
案外アビはすぐに見つかり、写真を見せるととても喜んでくれた。僕らの周りには仲間の坊主たちが「何だ何だ」と群がった。さっきのハゲ鷲みたいに。
実は、もう一人、寺を案内してくれた小坊主の写真を現像してきていたんだけど、彼の姿は見当たらなかったので、近くに群がっていた坊主たちに「この子に渡してくれ」と写真をあずけると、みんなその写真を取り合い、僕らの目の前でグチャグチャになった。
あ~あ。
彼らが去っていった後、すぐにその写真の小坊主が現れたのでかなり残念だったよ。

アビは写真のお礼にと、自分が身につけていた数珠を僕にくれようととした。
おいおい、これはあんたの商売道具だろ?命の次に大切なんだろ?さすがにこればかりはもらうわけにはいかないよ。
ただ、いい記念なので、ありがたくもらった。坊主からのクリスマスプレゼントだね。

用も済んだので帰ろうとすると、一人のおっちゃんが手招きしている。おもしろそうなので着いていくと、暖炉がある部屋に入れてくれて、あんまんと野菜スープをご馳走してくれた。「これ坊主たちが食べるやつじゃないの?」と少しためらわれたけど、せっかくなのでありがたくいただいた。あんまんはけっこうおいしく、ゆりと2人ほおばった。またまたクリスマスプレゼントだ。

そんなわけで幸せな気持ちでゴンパを後にしたんだけど、実はもう一人写真を届けたい人いた。やはり数日前に村落を歩いていた時、「アーズイ」というばあちゃんがお家に招待してくれ、お茶をご馳走してくれていたのだ。
町はずれのアーズイばあちゃんの家に行くと、娘夫婦が庭にいた。写真を見せると、2人ともたいそう喜んでくれて、夫は写真を持ってどっこに行ってしまった。
娘さんがまた「お茶でも飲んでいきなさい」というので、せっかくなのでまたお家にお邪魔させてもらった。家の中にはアーズイばあちゃんがいて、前と同じようにすごくいい笑顔で僕らを歓迎してくれた。ほんとに何でそんなに僕らに優しくしてくれるんだろうかと、不思議になるくらいだった。

僕らは白湯をいただいた後、ツァンパと呼ばれるチベタンの主食を初めて食べさせてもらった。「チンコー」と呼ばれる麦粉にお湯を混ぜ、指でそれをこねて団子状にして食べるみたい。高校で寮に入っていた時、あまりにひもじい夜、きなこに砂糖と水を入れて食べたのを思い出した。
ツァンパの味は、「味のないきなこ」といった感じで、あまり美味しくはなかったけど、もちろん全部食べた。でも、ツァンパは一度は食べときたいものだったのでとてもありがたかった。またまたまたクリスマスプレゼントだね。

アーズイばあちゃんの家を出たら、もう日が雪山に隠れそうだった。
今夜はちょっと奮発してクリスマスディナーと洒落込むつもりだったけど、2人ともお腹いっぱいで何も食べられそうになかった。でもある意味すばらしいクリスマスディナーだったなと、満ち足りた思いで、夕暮れの道を帰るのだった。
メリークリスマス!

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前回のクイズの答え。
ヒントの「うんこ」はこっちでは燃料として使うほど、燃料は貴重なもの。
正解は、太陽光線を使う「湯沸かし器」でした。簡単だった?


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夢のお家
チベット族の村落を歩いていると、ある一軒の家に目がとまった。壁にお好み焼きみたいな丸い何かがたくさん張り付いている。「そういやお好み焼き食べたいなあ」と思っていると、ゆりが「これ、ヤクの糞じゃない?」と言う。
糞?うんこ?
確かによく見るとそれはうんこのように見える。そういえば、ヤクの糞は乾燥させて燃料として使うと聞いたことがある。とすると、これらは本当にうんこか!体に衝撃が走った。
うんこ好きの僕としては、まさに夢のようなお家なのだ。もし将来、自分の家を構えるようなことかあれば、ぜひこんな家にしたいものだ、と人生の新たな目標ができ、生きている意味を感じることができた。

希望に胸ふくらませ、さらに村落を歩いていると、また一軒の家に目がとまった。今度は、さっきの乾燥させたうんこが山のように家の前に積まれていたんだけど、なんとその上に洗濯物が干されていたのだ。うんこの上で洗濯物を干しているところは初めて見たので、「3度のメシよりうんこ」の僕としては、まさに盆と正月が一度に来たような思いだった。
将来の家には物干し竿はいらないなと、また胸が躍るのだった。


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マニコル(マニ車)
円筒の内部に経文が納めてあって、1回まわすと経文を1回読んだことになるそうな。
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これは携帯用マニコル
みんなこれをくるくる回してる。子どものおもちゃみたいだ。
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リタンの町
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久しぶりのクイズ!
これな~んだ?
ヒントは「うんこ」です。


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人にやさしく
成都の西400キロの位置に理塘(リタン)という町があるんだけど、そこが旅人の間でなかなか評判がいい。リタンは四川省なんだけど、チベット文化圏の東のカム地方にあたり、なんでもけっこうリアルなチベットワールドが見れるみたい。
チベット自治区はパーミットの取得など、原則として外国人の自由旅行を禁止しているけど、リタンは四川省だからそんなことはない。それに、これから行こうとしていたラサはチベットの聖地なんだけど、近年は中国の国家プロジェクト「西部大開発」のためにえらく都会化しちゃい、漢族などの移住者も増えて、今じゃチベット族は少数派だとか。昔のラサを知る人なんかはけっこう嘆いて取り乱したりなんかしているそうな。
「もうあたり一面チベタン(チベット人)だらけですよ。」なんて言われると、もう行かずにはいられなくなり、さっそく予定を変更して、僕らはリタンに向かった。

途中、康定(カンディン)という町で1泊しての2日がかりの移動だった。15時間くらいで着くリタンへのダイレクトバスもあったんだけど、あえて1泊。というのもリタンは標高3960mあるので、500mの成都から一気に行ってしまうのは少し怖かったのだ。気休めかもしれないけど、実際リタンに行った人から高山病の症状が出た話を聞いていたので、けっこうびびっていたのだ。

バスは最高4718mを含め、3度ほど4000m以上の峠を越えた。こういう時、どうしても「富士山より~メートル高い」って考えちゃうんだよね、日本人は。ただ、富士山の高さをよく知らない僕は計算できなかったけど。
カンディンの町をかなり暗いうちに出発したので、うっすらと空が白んで、雪山が朝日に照らされている景色が見れて、かなりきれいだった。

けど、やっぱりこれだけ高いと心配なのは高山病で、僕は水をガブガブ飲んだ。なんでも、酸素が少ない→新陳代謝が低下→さらに酸素が回らなくなる、という高山病の悪循環を断ち切るためには、水をたくさん飲み、たくさん出して、新陳代謝を高めるのが効果的なんだとか。
「バス移動では飲み物はあまり飲まない」とかつて漏らしそうになった経験から決めていたんだけど、今回ばかりはそんなこと言ってられない。漏らす覚悟でガブガブ飲んだ。

その甲斐あってかなかってか、リタンに着いてしばらくたつ今でも、全く頭痛などなくピンピンしている。シャングリラ、黄山、九塞溝と高いところをちょくちょく旅してきたのもよかったのかもしれない。
でもさすがに4000m近いだけあって、すぐ息切れするけどね。部屋の温度は常に0℃前後でやたら寒いし。

ただその寒さも吹っ飛ばすほど、リタンの町は刺激的だった。旅人の話どおり、やたら袖のながい独特の服をまとったチベタンだらけ。男性は髪が長い人が多く、でも日本人のロン毛みたくイヤミじゃない。っていうかかっこいい。みんなホッペがしもやけか日焼けか知らんけど赤く染まっていて、それもグッときた。
子どもたちから「タシデレー」(チベット語で「こんにちは」)と挨拶してくれる。寒いこの時期、旅行者がほとんどいないせいか、大人たちも僕らをめずらしそうに見て、微笑みかけてくれる。
た、たまらんわ、この感じ。
ラオスの人々のことを少し思い出したけど、それ以上に人懐っこい印象だ。
最近好きになってきたけど、やっぱり中国人は少しきつく、大声出すし、反日だし、何だかビクビクしていたことに気がついた。もちろんそうじゃない人もたくさんいたけど。
チベットの人は日本人を同じ仏教国の仲間と思っていてすごく親日。逆に侵略してきた中国人が嫌い。とガイドブックに書いてあった。

晩飯にチベット料理を食べようと、すぐ近くにいたお姉さんに店を尋ねた。すると彼女は僕らを店まで連れて行ってくれて、中に入ってメニューの説明もしてくれ、さらに「これは何個でいくら」と紙に値段まで書いてくれた。おぼつかない英語で、時に頭を抱えながら、一生懸命僕らに説明してくれた。僕らがチベタンで愛飲されているバター茶を飲むのを確認すると、「友達が待ってるから」と言って去っていった。
お店のおばちゃんたちも、「よく来てくれた」とばかりにすごい笑顔で握手を求めてきた。
「なんでこんな僕に、そんなにも親切にしてくれるんだ。」と、孤独な日々を送り、人の優しさに飢えていた僕は、その温かさに痛く感動したのとは裏腹に、バター茶のまずさにおののき、ほとんど飲まないという、まさに恩を仇で返すといったことをしでかしたのだった。

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パンダのこころ
以前にも少し書いたけど、四川省はジャイアントパンダの故郷といわれている。
「3度のメシよりパンダ」と常日頃から公言している僕としては、早くかわいいパンダに会いたくて、うずうずうずうずしていたんだけど、大いなる期待を抱き訪れた成都動物園では、たったの2頭しかパンダにお目にかかれず、もうガックシきて寝込んでしまった。

そんなわけで最近ふさぎ込みがちだったんだけど、思わぬ朗報が舞い込んできた!
なんでも成都の郊外に「パンダ基地」と呼ばれるパンダの研究所があり、そこではパンダがうようよしているという話なのだ。
こりゃ麻婆豆腐食べてる場合じゃないぞ!と、さっそくゆりと一緒に行こうとしたんだけど、思わぬ問題が発生した。なんとも信じられないことなんだが、なんとゆりが全然乗り気じゃないのだ。仮にも女子なのにである。女子なら「きゃー、いやんかわいい、たまんなーい、ぬいぐるみみたい」と、ブリブリのブリッ子をしてもらわないと困るのだ。僕はさとう玉緒がけっこう好きなのだ。
しかもだ!ゆりはいつか行ったディズニーランドのプーさんの館では、さんざん「きゃーきゃー」言っていたくせになのである。全く許せない話だ。プーさんは想像上の生き物で、あれは機械で動いていることを教えてあげたい。

そういうこともあり、半ば強引にゆりを連れてパンダ基地に行ったんだけど、そこは期待通り、パンダであふれていた。パンダだけの動物園って感じで、もうパンダファンにはたまらない楽園だった。
何でもパンダの活動時間は朝6時から10時ごろまでで、いったん昼寝などして、また午後3時ごろから動き出すみたいなんだけど、僕らが着いたときはもう11時を過ぎていて、半分くらいのパンダがコテンと横になり、全く動かなかった。でかいぬいぐるみがたくさん転がっている感じ。木の上で寝てるのもいて、パンダマニアにはたまらないのだった。

動かないパンダでもこれだけかわいいのだから、動いているのになったら殺人的なかわいさなんだろうと、半分泣きそうになりながらパンダを探したんだけど、いざ動いているパンダに直面すると、さほどかわいくないのにびっくりした。何というか、でかくて、ケモノなのだ。「ハア、ハア」と息を吐き、ノソノソ歩くその姿は、凶暴な熊を思い出させた。確かに中国語ではパンダを「大熊猫」と書く。笹の葉を食べる姿も、お世辞にもかわいいとは言えず、バリッバリッと笹の木から葉をむしり取る音は、ちょっと怖いくらいだった。

パンダおたくの僕としては、少し夢から醒める思いだったんだけど、そこは天下のパンダ様であって、このまま黙ってはいなかった。
パンダ基地では、パンダを中年、若者、子どもと分けていたんだけど、僕が最初に見たのは中年で、そりゃかわいくなくて当然だったのだ。人間でもかわいいおっさんはなかなかいない。年齢が下がるほどかわいいのはパンダも同じで、子パンダが4匹一緒に笹を食べてる姿を発見したときには、もうおっさんな僕でも「きゃー、いやんかわいい、たまんなーい、ぬいぐるみみたい」と言っちゃうのだった。しかも幸運なことに、子パンダがうんこをする瞬間を見たんだけど、そのうんこがまたきれいな緑色をしていて、九塞溝の湖よりも感動したのだった。

「もうパンダ基地サイコー!」とすっかり満足していたんだけど、パンダ基地はまだ最終兵器を残していた。なんと赤ちゃんパンダの館があったのだ。手の上に乗りそうなミニパンダが4,5匹いて、まだ歩くのがぎこちなくカクカク動いているのなんて、電池を入れて歩くパンダのおもちゃそのものだった。赤ちゃんパンダの撮影は禁止されていたので、写真を見せれないのがそれはそれは残念だ。

しぶしぶだったゆりも、さすがにこのミニパンダには「かわいい!」と目を輝かしていて、僕はそれを見てほくそ笑むのだった。今度「プーさん!プーさん!」と騒ぎ出したら、「目を閉じ胸に手を当てなさい。そしてあのミニパンダを思い出すんだ。」と言ってやるんだ。

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中国人といく3泊4日九塞溝ツアー (後半)
ツアー3日目。
7時半から朝食とガイドに聞いていたので、それに合わせて支度をしていると、いきなり電話がなった。「すぐに下に来い!」とガイド。急いで荷物をまとめて下りていくと、、もう他のみんなは食事を終えようとしている。
まじで時間は正確に頼むよ。
そっこーおかゆとマントーと呼ばれる具なしの肉まんと漬物みたいなやつを食い、バスに乗り込んだ。

この日は牟尼溝(ムーニーコウ)というところの滝を見に行くと聞いている。九塞溝の滝も見事だったので楽しみにしていたんだけど、そう簡単にはいかないのがこのツアー。
バスは一向に滝には向かわず、僕らを土産物屋ばかりに連れていった。宝石の店、漢方の店、ヤクの肉を乾燥させた食べ物を売る店、チベットの雑貨屋と、立て続けに土産物屋を巡る。しかもどこの店もやたらと高く、買わない僕らはすぐ店を出て待機するばかり。どの店でも30分から1時間は待つはめに。天気は気持ちがいいほど快晴なのに、なしてこんなにも土産物屋に行かないといけないのか。もはや消化試合の様相を呈していた。
「誰がこんな高いもん買うんだよ」と思っていたんだけど、どの店でも誰かしら何か買っていて、みんなでその品を回して、ワイワイと何か批評したりしている。こういうのが好きなんだね。

そんなこんなで、結局、牟尼溝の滝に着いたのは3時前だった。
「さあ、滝を見るぞ」と今までの鬱憤を晴らすかのように飛び出す僕らに、めずらくしガイドが近づいてきて一言「ワンアワー」。
えっ!1時間だけ?短くないか?

僕らは滝を見、階段があったので上まで登って降りてくると、もういいくらいの時間になっていて、急いで集合場所に戻った。はい、牟尼溝、終了。

その日のうちに、成都までの道のりの半分くらいは戻るらしく、その後はずっとバスに揺られ、夜8時ごろホテルに到着、遅い夕食をとった。

ツアー最終日。朝7時に朝食、7時半に出発。そして8時前にはまた土産物屋に到着。もう勘弁してくれ!
ヤクの角で作った櫛を売る土産物屋、お茶、そしてなぜか包丁の店に立て続けに寄った。包丁の土産物屋では、マイクを付けたお姉ちゃんがテレビショッピングみたいな感じで、「これだけ切れますよ」とばかりに本や木をバサバサ切っていた。
「包丁で本や木は切らんだろうに」とツッコミつつ、「もう早く帰らせてくれ」とグッタリするのだった。
後半2日は完全に土産物ツアーだった。きっと客を連れて行くと、店からお金がもらえるんだろうね。それにしてもやりすぎじゃないか?

ツアー内容やガイドはひどいもんだったけど、参加者の中国人たちは本当にいい人たちで、いつも明るく声をかけてくれたり、紙に中国語を書いて、何とか僕らに時間を教えてくれようとしてくれた。4日も一緒にいただけに、最後のお別れのときは少し寂しかったりした。

最後に彼らから学んだことを3つ。
1つ。中国人は便通がよい。朝食を食べると多くの人がうんこをしていた。こっちのトイレは扉がないためみんな丸見え。大人がうんこしている姿をこんなにも1度に見たのは生まれて初めてで、それはそれは感動した。そして流されてないうんこはめちゃでかかった。
ゆりはいつもこんな状態で用を足しているかと、彼女を尊敬すると共に、惚れ直した。

2つ。ゲップは汚くない。食事をしている時いきなりおばちゃんなどが「グハッ!」とゲップしていた。それがまたよく響いていた。

3つ。子どもの心を忘れない。土産物屋でのはしゃぎぶりや、雪の上で寝転んだりして写真を撮っている彼らは子どもそのものだった。ステキだ。
I LOVE 中国人。

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中国人といく3泊4日九寨溝ツアー (前半)
成都(チェンドゥー)を北に450キロいったとこに九寨溝(きゅうさいこう)という場所がある。僕はこっちに来るまで知らなかったんだけど、それはそれは景色がきれいで、1992年には世界遺産に登録されているそうな。
ただ今の季節はシーズンオフで、入場料が3分の1近くなるみたい。でもそれだけ景色のレベルが落ちるってことだから、別に行かなくてもいいかなって思ってたんだけど、成都で出会う旅人の多くがそこを訪れていて、口をそろえて「よかったですよ」なんて言うもんだから、なんか行かないと損する気がして、結局行くことにしたのだ。
聞くと、個人で行くよりツアーの方が安いみたいなので、3泊4日のバスツアーに参加することにした。3泊の宿代と9回の食事代込みで460元(6900円)。ピーク時は1300元(約2万円)くらいするそうだからかなり安い。

朝7時に出発。30名近くの参加者がいたけど、僕らと1人のマレーシアのおっちゃんを除いてみんな中国人だった。
な、なんということだ。3泊4日みっちり中国人を観察できるではないか。もうこれだけで460元の価値があるってもんだ、と武者震いしたもんだ。

1日目は10時間くらいかけて九寨溝に移動するだけ。しかし、わかったことが3つあった。
1つ。中国人はいつものようにタンを床に吐くんだけど、1人が「ガー、ペッ!」とやると、思い出したように1、2人が後に続き「ガー、ペッ!」とやりよるのだ。そう、「ガー、ペッ!」は連鎖するのだ。あっくだらない?
2つ。中国人はメシを食うのが異常に早い。食事は丸いテーブルを9人くらいで囲み、真ん中に置いてあるおかずをじか箸でつまんでいくんだけど、僕らが食事の中盤戦にさしかかった頃には、彼らはサッと席を立ち、去っていくのだ。このツアー中、何度となく2人で残って食べることがあった。最後の方は彼らに負けないよう、流し込むようにしてご飯を食べるようになっていた。
3つ。ガイドがガイドじゃない。ガイドは20代半ばくらいの男性で、少し英語も出来たので安心していたんだけど、彼は全く僕らに情報をくれなかった。そりゃ僕ら以外はみんな中国語がわかるわけで、いちいち訳せとは言わない。けど、朝のスタートの時間など、1日の行動の予定すらも教えてくれない。それどころか、中国人にはとても愛想がいいのに、僕らにはとっても冷たかった。なんでか知らんけど。とりあえずガイドがあまり役に立たないので4日間苦労することになったのだ。

2日目はこのツアーのメイン、九寨溝へ。残念ながら空は曇っていて雪も降っていた。やはり何も教えてくれないガイドに、どう行動したらいいか尋ねると「5時まで自由行動」とだけ。それくらい教えろよ。
九寨溝は見所が30キロ以上にもおよび点在するんだけど、ポイント、ポイントでミニバスが走っていて、それに乗って見たい景色のとこで降りればいいようだった。
実際に九寨溝の自然の中を歩いて驚いたのが、水の透明度だ。異常に透き通っていて、湖に沈んでいる木なんかもうはっきりめっきり見えるのだ。きれいなんてもんじゃない。どきれいなのだ。
ああ、この清水で僕の心を洗ったら、長年積み重なった汚れやくすみ、しみ、カビも取れるんじゃないか、と幾度となく思ったもんだ。
さらに驚いたのが湖の水の色だ。いったいぜんたいどういう仕組みが全くわからないけど、グリーンというかブルーというか、何とも気持ちが落ち着く色をしているのだ。
ああ、この湖の水で僕の心を洗ったら・・・
昼前には青空が見えだし、僕らは湖畔を歩いたり、いくつも滝を見たりして楽しんだ。ただ葉が落ちた木などは、やっぱり冬の寂しい感じがした。ここは緑が生い茂った夏や紅葉のきれいな秋なんかに来たらほんとうにきれいなんだろうな。

僕らは少し早い4時に集合場所に着き、みんなが来るのを待った。しかし、5時前になっても誰ひとりとして現れない。不安になった僕らは少し離れたゲートまで戻りツアー参加者を探したけど、そこでも誰も見つけられなかった。「なんで誰もいないんだ」と半ベソかきながらまた集合場所に戻ると、僕らが乗ってきたバスとガイドがいた。ホッとしてバスに乗り込むと誰もおらず、5時半ごろになってようやくみんなが帰ってきた。
「ちゃんと5時半って言えよ。不安になっちゃっただろうが」とガイドに怒りをぶつけたところで2日目も終了した。
後半へつづく。(ちびまるこちゃん風)

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イビキはかくほうです
成都(チェンドゥー)では「シムズ」というバックパッカーの間では有名な宿のドミトリーに泊まっている。2段ベッドが4つある、まあよくあるタイプのドミだ。僕らの他に、日本人の男の子が1人、欧米人が2人泊まっていた。
昨夜はなぜかあまり眠れず、僕はみんなの寝息を聞きながら物思いにふけっていた。1時か2時かちょっとわからないけど、ベッドの上段に寝ていた欧米人の男性が突然むくっと起きて、何か言い出した。
「何考えてんだよ、こんな夜中に」と思い、僕は下段からそいつを見ていたんだけど、次の瞬間、彼はびっくりする行動に出た。なんと、隣で寝ていた日本人の男の子を叩き出したのだ。
「ありえねえ」僕は唖然としてしまった。
日本人の男の子は少しイビキをかいていたので、それに怒っているのかもしれない。でも、はっきり言ってそれほど大きな音ではなく、ドミに泊まれば誰か1人はそれくらいのイビキをかいているという、ごく普通のイビキ音だった。
よほど神経質と思われるその欧米人は、結局男の子を起こし、英語で何やら文句を言っていた。
かわいそうなのは男の子だ。何が何やらわからないといった感じで、「はあ?はあ?」と言っていた。そりゃそうだよな。いきなり夜中に起こされ、英語で文句言われたら、「はあ?はあ?」言うよな。
僕は事情を説明しようかとも思ったけど、欧米人は文句を言い終わったらまた布団に入ったので、このままそっとしておくことにした。
次の日、僕が「昨日は大変だったねえ」と男の子に言うと、「たぶん3、4回起こされたんですよね。僕も寝ぼけてたんで夢だったのかと思ってたんですよ。最後は僕も文句を言ったはずですよ。」と言っていた。
1回だけじゃなかったんだ。か、かわいそう。
問題の欧米人はというと、当然のごとく部屋を替えて、ドミからいなくなっていた。


成都動物園に行った。成都はジャイアントパンダの故郷といわれているのでパンダがいっぱいかと思ったけど、2匹しか見れなかった。あと、中国人がバンバン動物に食べ物あげているのにびっくりした。ゴミ投げてる若いカップルもいた。その男がまたマンガに出てくるようなむかつく感じの顔をしていたもんだから、なおさらむかついた。トラに食われろ!
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これクリックしたらパンダになるよ。



大仏はやっぱいいよなあ。
麗江(リージャン)でビザを取得して早くも1ヶ月が過ぎ、ビザ延長の季節が来てもうた。成都(チェンドゥー)で延長しようと思っていたんだけど、聞いたら1週間かかるらしい。次に行く予定のラサはチベット自治区にあり、そこに入るには入境許可証(パーミット)を取らないといけないんだけど、その手続きもあるので、できれば早くビザを延長したかった。
「まあ、しょうがないか」と思っていた矢先、旅人から耳寄りな情報が。ここから2時間ほどいったところにある楽山(ラーシャン)という町に行けば1日でビザが延長できるみたい。この楽山は世界最大の石刻座仏があるというし、大仏ついでにビザを延長してこようということになった。

朝7時に宿を出て、何とか午前中に楽山に着き、ビザの延長手続きを終えた。夕方に新しいビザが貼ったパスポートを受け取れるらしく、それまで予定通り、大仏を見に行くことにした。んだけど、いざ行ってみると、入場料が1人70元(1050円)することが判明。た、高い。出会った旅人から「あの大仏はくそですよ、くそ」と言われていたので、くそに70元はもったいない。楽山までの往復バス代176元(2640円)、ビザ代320元(4800円)と今日けっこう使っていたので、なおさら大仏に払いたくなかった。
しばらくゆりと相談した結果、「大仏、見なくていっか」という案に落ち着きそうになるが、「3度のメシより大仏」と常日頃から言っている僕としては、やはりあきらめきれない。しかし高い。

僕らが入り口であーだこーだやっている間に、欧米人の4人組がやってきた。彼らも「高いなあ」とかなりしぶっていたんだけど、1人が学生証を出すと、なんと4人とも半額の35元でチケットが買えてしまった。
お前たち、どーみても学生じゃないだろ。
旅していると、こうやって学割が効くところがしばしばあって、バンコクのカオサン通りでは偽の学生証を作ってくれる店がいくつかあった。もしかしたら、彼らの学生証はそういうのかもしれない。残念ながら僕らは作ってない。がびーん。

でもなおさら70元を払いたくなくなったので、ダメモトで「アイム スチューデント」とチケット売り場の姉ちゃんに言ってみると、あっさり半額でチケットを売ってくれた。ラッキー。

まあそんなこともあり、やっとの思いで見た大仏はでかかった。僕らは写真をパシャパシャ撮った後、そそくさとその場を後にしたのだった。

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楽山大仏
世界最大の石刻座仏。高さ71メートル、肩幅28メートル、頭部の高さ14メートル、頭部の直径10メートル。足の甲には大人100人が余裕で座ることができる。
唐の玄宗皇帝の時代である713年に作り始め、803年に完成。
1996年に世界遺産に登録。


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これぞ麻婆豆腐でございます
黄山(ホアンシャン)登山の疲れを取るため1日ゆっくりした後、僕らは四川省の成都(チェンドゥー)に向かった。
黄山から武漢(ウーハン)という町までバスで9時間。少しバスが遅れたため、夕方乗るつもりだった成都行きの列車に間に合わず、仕方なく武漢で一泊。翌朝の列車に乗り、24時間後、無事成都に到着した。
丸々2日の移動。地図に指をあてて黄山から成都までの直線距離を測ってみたら、鹿児島から青森までとほぼ一緒だった。う~ん、中国でかすぎ。9時間くらいの移動だったら「おっ近いな」なんて思うようになっているから、だいぶ感覚がおかしくなっている。
「そんなに長い移動では、さぞかしお疲れになるでしょう?」と思うかもしれないけど、これが不思議とあまり苦ではない。窓の外の景色をボーッと見ているのはなかなか楽しいし、小説を読んだり、中国人を観察したり、カップラーメンを食べたりとなかなか忙しい。
それに中国人に少し慣れたのはでかい。相変わらず携帯でしゃべる声はでかいし、まるでケンカしているみたいに怒鳴りあって話す人たちがいるけど(ほんとにケンカしているのかもしれないけど、よくわからんのよ中国人)、前ほど気にならなくなった。ただ足元にツバを吐くのにはさすがに慣れないけど。自分の足元がネチャネチャしてて気持ち悪くないんだろうか。理解に苦しむわあ。


さて、成都での最初のメシは、麻婆豆腐の元祖といわれている店に行ってみた。その名も『陳麻婆豆腐』。「もともとこの店の『陳ばあさん』が作った豆腐料理であることから麻婆豆腐の名が付いた」とガイドブックに書いてある。ん?陳はどこにいった?麻はどこからきた?

店はとても立派で、さぞ儲かっているんだろうなというのがわかったけど、午前10時半という時間だっただけに、客は僕らの他に、若いカップルが1組いるだけだった。
もちろん麻婆豆腐を頼み、待つこと数分、出てきたよ元祖麻婆豆腐。僕の数少ない料理のレパートリーに麻婆豆腐が入っているだけに、元祖を見たときの感動はひとしおだった。やはり日本のとは違っていて、赤いラー油の中に豆腐が漬かっていた。
僕はその中の1つの豆腐をはしでつまみ、恐る恐る口に近づけた。四川料理はものごっつー辛いと言われているので、辛さに案外弱い僕はかなりびびっていたのだ。が、思ったほど辛くはなく、油もそれほど気にならなかった。
「おっうまい!さすが元祖!」とパクパク食べたんだけど、しばらくすると口に異変が・・・!唇や舌がしびれだしたのだ。どうやら豆腐の上にかかっている山椒が原因みたい。半端なくかかっていたからねえ。
だからといってここで止めるわけにはいかない。「しびれくらいなんだ。これでこそ元祖なんだ!」とさらにパクパク食べていたら、本当に口の感覚が無くなってきて、胃もつらくなってきた。
終了。
結局2人で半分くらいしか食べれなかった。そういえば「麻」はしびれるという意味があるっけ。わかったことが1つある。元祖より僕の麻婆豆腐の方がうまい。
胃が少しやられた僕らは「夜はマック食べよーぜ」と言って、陳ばあさんの店を後にしたのだった。

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「よっしゃー」



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いい景色だったんだけどなあ
世界遺産、黄山。
張り切って早起きして出発したけど、ムカつくことが続いた。
まずゆりが道端で靴ひもを結び直している時、すぐ傍に置いていたはずの手袋がなくなった。「あれ?」と思いその辺を探していたら、近くにいたおばちゃんたちが少し遠くを指差して何か言っている。どうやらスリが持ち去ったみたいだ。財布と勘違いしたのかもしれない。盗られたのが手袋でよかったものの、やっぱムカつく。

気を取り直して黄山行きのバス停に行ってみると、シーズンオフのためバスが走っていないようだった。仕方がないのでタクシーと交渉すると「30元(450円)」と言ってきた。相場は15元と聞いていたので「NO!タイグイラ(高いよ)。」と言って断ると、そいつは「NO、NO、NO、NO!」と大声で僕らに怒鳴ってきて、何か中国語で言った後、周りの仲間と一緒に笑い出した。久しぶりにこんなにムカつく奴らに遭遇したわ。他のタクシーに言ってもみんな仲間だから30元以下にはならない。別に30元くらい払ってもいいんだけど、こういう奴らに多く払うのが癪で嫌なのだ。
30分くらい粘ってたら、黄山に行く中国人の観光客が来たので相乗りしようとしたけど、「1人15元」とか言って安くならなかった。しょうがないのでその人たちと一緒に黄山に向かったんだけど、その運転手は僕らが粘っていたことをバカにして観光客に話していた。

たいぶ気分が悪くなったところで、世界遺産、黄山。
ロープウェイが見所の山と繋がっているんだけど、僕らは3時間近くかけてそこまでの石段をひたすら登った。途中、思い荷物を吊り下げた天秤を担いでいる人たちに何人も出会った。野菜や卵など、おそらく山上のホテルに運ぶんだろう。相当重いみたいで、10段~20段登る度に荷物を降ろしては休憩していた。ロープウェイで運べばいいのにと思ったけど、その料金がもったいないのかもしれない。大変な仕事だ。
「僕らはその点、身軽でラクラクルンルンだな」なんて思っていたのは最初だけで、果てしなく続く石段を登るのはかなりしんどく、途中からは抜きつ抜かれつの稀に見る名勝負を繰り広げるのだった。

まあ、そんなこんなで周りの風景を見ながら山を登ったり下ったりしたんだけど、まあ、なかなかいい山たちで、まあ、さすが世界遺産ですねって感じで、まあ、よかったのだ。冬はシーズンオフらしく、確かにモヤモヤして視界が悪かったり、登山禁止の山があったりしたんだけど、それも愛嬌とばかりに、まあ楽しめた。

1日目は結局6時間くらい歩いて、山中の宿に泊まった。
宿といっても、2段ベッドを8個くらい詰め込んだドミトリーで、風呂や暖房はない。夜は氷点下まで下がる寒さなので、洗面器にお湯をため、足湯をして何とか体を温めた。レストランも高いので、下界で買ってきたカップラーメンを晩飯に食べた。

朝は日の出を見るため4時に起床。またラーメンを食べた後、まだ真っ暗な山に出発。懐中電灯を持ってなかったのでけっこう怖かったけど、月や星の明かりをたよりに1時間ほど歩き、日の出ポイントに無地到着した。しかし、ちょっと張り切りすぎたみたいで一番乗り乗り。-0,5の中、日の出までの1時間待たなくてはならなかった。
そんなまでして見た日の出は、良かったり悪かったりといった中途半端な感じで、むしろ日の出と共に数名の中国人が叫んだ言葉の意味を知りたかった。
ただ眼下に広がる「雲海」ってのを初めて見たので、それはちょっとよかった。ほんと水平線から日が昇ってくるみたいだった。

2日目は、昔那覇マラソンで痛めた膝が限界説を唱えだしたので、おとなしくロープウェイで下山。どんどん遠ざかっていく山々はかっこよく、大満足の黄山だった。

んだけど、下界に着くとやっぱり町までのバスが走ってなくて、タクシーと交渉しないといけなかった。行きの運転手もいたんだけど、「ダイグイラ」と言って断った。
けっこうすぐに15元で行ってくれるタクシーが見つかったんだけど、周りの連中が運転手に文句を言ってきた。行きの運転手はツバが見えるほど大声で僕らに怒鳴り散らした。
結局15元でいけたんだけど、その運転手も感じが悪く、町から1~2キロ離れた、僕らが行きにもめたバス停で止まった。また仲間を呼ばれるとやっかいなので、仕方なくそこで降りて歩き出したんだけど、ふと振り返ると乗客を乗せた行きの運転手がやってきて、「ファックユー」とばかりに中指を立てて走り去っていった。

そんな世界遺産、黄山の旅。

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列車の中でおしっこする子ども
5泊6日のDVD鑑賞大会も無事終わり、僕らはアモイを後にした。学校をさぼってずっと僕らの面倒を見てくれたあきらにはほんと感謝の気持ちでいっぱいで、後で花王の石鹸でも送っておこう。
あきらが作ってくれたみそ汁と豚の唐揚げは最高だったよ。風呂入るとき、部屋で全裸になりそうだったくらい居心地が良かったよ。いろいろありがとう。

さて、DVDのせいで重くなったバックパックを久しぶりに背負い、僕らは黄山(ホアンシャン)という世界遺産の山に向かった。
黄山へは列車で24時間。「また中国人との闘いかな」と前回の列車を思い出し気を張っていたんだけど、意外と車内はすいていて、僕らのボックスには若い青年が1人いるだけだった。前は1度も座れなかった下段のいすにも座れ、かなり快適な列車の旅になった。

一緒になったお兄ちゃんは、中国人民解放軍で働いている?26歳のさわやかボーイだった。顔が小さくイケメンで、制服がビシッときまっていた。たぶんゆりはDVDで観たイケメンパラダイスを思い出していたに違いない。彼はアモイに彼女がいて、仕事のため南京に帰るところのようだった。南京は黄山より遠く30時間かかる。中国での遠距離恋愛は大変だなあ。
イケメン解放軍の兄ちゃんの他に、車掌さんや中国人の乗客が時々やってきて、筆談したりした。「春香女」を車掌さんが一生懸命身振りを交えて説明してくれたんだけど、なかなか理解できなかった。何やら踊るマネをしていたので「舞妓さん」かなと思ったんだけど、確かめることもできなかった。

僕らが伝え合える情報量は限りなく少なかったけど、一生懸命に伝えようとしている姿勢や笑顔などで、何かもっと重要なものが伝わっている気がした。言葉はそりゃ大切だけど、その人の本質的な部分ってのは、それ以外のことからの方がよく分かるんじゃないかな。

黄山駅ではみんなが見送ってくれて、かなりハッピーな気持ちになった。いい中国人もたくさんいるんだなあと、今までツバ吐くなとか、うるさいとか文句ばっか言ってたことを反省した。
でもツバ吐くなよ。

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イケメン解放軍は写真撮っちゃダメみたい
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明日から1泊2日であの山とその向こうの山とそのまた向こうの山登ってくるよ


これクリックしたらいいよ。




酒と泪とDVDと妻
アモイでは最初にちょこっと寺を観光しただけで、後はお家に引きこもってDVDを観て暮らしいる。
「花ざかりの君たちへ ~イケメンパラダイス~」や「のだめカンタービレ」、そしてなぜか「金田一少年の事件簿」などの連続ドラマをぶっとおしで観た。DVDが100円以下で手に入るので、ゆりにはDVDパラダイスでダメダメカンタービレみたい。でも最近見たこともない笑顔をしているので、誰も彼女を止めることはできない。

夜はあきらの留学仲間とカラオケに行った。17歳、19歳、20歳の子たちで、30近い僕らは、彼らのお肌のハリに驚いたりした。
カラオケはとってもきれいで、日本の曲もそこそこあった。「おっ久しぶりに歌えるやん」と喜んだんだけど、その時はまだ、カラオケほど年齢の差が出るものはないと気がついていなかった。
僕が長渕剛の「純恋歌」を歌うと、「あ~この人知ってる。モノマネされてる人でしょ?」と言われ、ブルーハーツの「情熱の薔薇」を歌うと「この人まだ生きてる?」と言われた。河島英五の「酒と泪と男と女」を歌ったときにゃ「これおっさんが歌うやつでしょ」と言われ、「はい、そのとおりです」と答えるしかなかったのだった。
カルチャーショックよりジェネレーションギャップの方が刺激的である。


海外にいる意味があまりない日々を過ごしているうちに、旅も4ヶ月が過ぎた。
もうそろそろ帰った方がいいかな?

この1ヶ月に使ったお金  11万512円
訪れた都市       昆明、大理、麗江、シャングリラ、
陽朔、興坪、アモイ
訪れた世界遺産     麗江古城、シャングリラの自然
食べた餃子の数     106個
おかしなポーズの中国人 98人
並ばない中国人     203人
うるさい中国人     367人
つばを吐く中国人    86人
親切な中国人      13人
ゲリでトイレに行った回数 37回
ゲリを漏らした回数    2回
ゲロを部屋にぶちまけた回数 1回


これクリックしたら、イケメン学校に入学できるらしいよ。



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