クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
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悲しい運命
ここ数日は、近くのハムロン山をハイキングしたり、バイクを借りてサパの谷の景観を楽しんだりして過ごした。

今日の昼訪れたターフィンという赤ザオ族と黒モン族が一緒に住む村では、終始赤ザオ族の人々が同行し、村を案内してくれた。
「どこから来たの?名前は何?私は~です。年は?結婚は?子どもは?いつサパに来たの?」などと、すっごくフレンドリーに話しかけてくれるんだけど、それが続けば続くほど、僕は憂鬱になっていった。
だってどーせ最後は「みやげ物買え買え攻撃」を仕掛けてくるんでしょ。そして僕らが「買わないよ」なんて言った時にゃあ、今までの笑顔が一変するんでしょ。今のフレンドリーさも、僕らが「買わないよ」なんて言わせないための偽りのものなんだ。僕らのことなんてただの金蔓なんだ。
なーんてひねくれて、ほっぺをプッとふくらましたところで誰も相手にしてくれないし、それどころか「気持ち悪いよ」と言われるのがオチなので、ここは村を案内してくれるお礼としてみやげ物を買おう、そして気持ちよくさよならしよう、と気持ちを切り替えることにした。
それに彼女たちの生活の場にのこのこ踏み入れ、じろじろと見ていくんだから、みやげ物を買えという彼女たちを「うっとおしい」と思って追っ払うのはやっぱり違うよね。

さて、そんなわけで、赤ザオ族の人々と一緒に村を歩いていたら、サパの町で少し仲良くなった黒モン族の女子に出会った。どうやらフランス人のバイクの後ろに乗ってやってきたみたい。
「おー、お前ここで何やってんだ」なんておしゃべりしてたんだけど、10分くらいたつと赤ザオ族の人たちが「もう行こうよ」と言ってきたので、黒モン女子とはバイバイした。
しばらく歩いてから12歳の女の子が「あの子たちはカットカット村の子でクレイジーだ。私は嫌いだ」と言い出した。
「おお、やっぱりここでも民族対立が起こっているのか」と人類共存の問題にぶつかったんだけど、「やっぱこの村に住んでいる黒モン族の人たちも嫌いなん?」と聞くと、「ううん。彼らとは一緒に学校に通ってるし、友達もたくさんいるよ」と彼女は答えた。どうやら、さっきの黒モン族の女子は、違う村なのに時々外国人たちとやってくるらしく、そこが気に入らないみたい。
確かにちょっとイケイケの雰囲気を持った子で、僕に「日本人の男子紹介してよ。20代から30代までならオッケーよ。え?あなたはダメよ。だって結婚してるし、ハンサムじゃないもの」なんてことを言うのだ。うん、最後のとこがかなりクレイジーだ。

ひと通り村を案内し終わったら、待ってましたとばかりに彼女たちは背中に担いでいたカゴをおろし、みやげ物を取り出した。まあ覚悟はしていたので、素直に彼女たちの要望に応じ、ゆりが気に入った小さなポーチと筆箱を買った。
これで笑顔でさよならできると思っていたら、お土産を買わなかった人たちから「お前は買わないのか」と言われた。やっぱり。結局全員から買うことは無理なので、こうなると思ってたんよ。こうなるのが憂鬱だったのだ。しかも、予想以上に赤ザオの人たちはいいやつらだったのでなおさらだった。
「いや、僕らは夫婦で一緒だから」なんて言い訳しても通じず、何やら最後は文句を言われ、結局僕は嫌われてしまったのだった。悲しい。

さて、今日で旅も3ヶ月が過ぎた。明日にはベトナムのビザが切れるので、中国に入ろうと思う。
丸々一ヶ月ベトナムを旅してきたわけだけど、山あり谷あり海ありおっぱいありと、かなり満喫させてもらった。あっでも、そろそろ日本に帰ってマンキツに行きたいかも。(うまくないな~)

この一ヶ月で使ったお金  86182円
訪れた町     ホーチミン、ニャチャン、ホイアン、
            フエ、ハノイ、サパ
訪れた世界遺産  ミーソン遺跡、ホイアンの町並み、
             フエの建造物、ハロン湾
食べた米粉の麺(フォーやブンなど)の数  30杯
調査した女性の胸の数  11081対
少数民族にたかられた回数  101回
ダンモーイをビヨンビヨンした回数  8620583ビヨン

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僕を嫌う人々 一番左がボスだ
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クレイジーブラックモンガールとボス でもほんとはとっても感じのいい子なのだ
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これクリックしたら、悲しい運命が当たるらしいよ。



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うわあ、まるでお花畑やあ
サパから110キロ離れたとこにあるバックハーという小さな町のマーケットに行った。日曜日だけに開かれるというこのマーケットの目玉は、周辺の村々に住む花モン族の人々が大勢買い出しに来ることで、サパではこの買い出しに来る人たちを見るためのツアーが人気らしい。「週末サパに来たならバックハーに行かないとバカですよ、バカ!」みたいなことがガイドブックに書かれてあったので、素直に従うことにした。

くねくね道を3時間バスで揺られ、フラフラしながらバックハーに降り立つと、そこはまるでお花畑だった。色鮮やかな民族衣装を身にまとった人々であふれかえっていたのだ。花モン族とはうまいこと言ったものだ。

民族衣装を見ると、「みやげ物買え買え攻撃」が脳裏をかすめ、思わず身構えてしまったんだけど、彼女たちの大半は僕ら旅行者なんかいっこうにかまう様子もなく、各々の買い物に夢中だった。逆に、写真を撮っている僕らのことを「あんたらジャマよ」とばかりに、グイッとおばあちゃんたちに押しのけられたりするのだった。

彼女たちは、週に1度、うんとおめかしをしてこのマーケットにやって来て、食料、日用品などを買い込んだり、久しぶりに違う村の友達と会っておしゃべりしたりするらしい。東京でいうと原宿みたいなもんか。いや六本木か。いや高田馬場か。
中には夜明け前に村を出発し、20キロもの道のりを歩いて来る人たちもいるんだとか。

アイスをなめているいる人たちをたくさん見たので、僕らも食べてみることにしたんだけど、あまりおいしいものじゃなかった。でも彼女たちにとっては週に1度の楽しみだったりするのかなあ。1本1000ドン(7円)也。

市場の奥には水牛のマーケットも開かれていて、威厳に満ちた牛たちがたくさん綱に繋がれていた。
値段を聞いときゃよかったなあ。安けりゃ買って、旅のお供に連れていったのに。残念だ。

買い物やおしゃべりに勤しむ民族の人たちを見てると不思議な感覚に襲われた。まったく僕らとは違う世界が目の前に展開されていて、でも中心にいるのは僕らと同じ人間で・・・うまく言えないけど、僕がここに生まれていたら、なんてことが、ふと頭をよぎったりした。
この厳しい自然環境で暮らす人々にだんだんと興味を持ち始めていた。

おもしろかったのは、女の子たちがワイワイ言いながら、映画や歌手のV-CD(DVDみたいなもん)を買おうとしていたのを見たことだ。そういう機械もちゃんとあるんだと、僕の勝手なイメージを少し修正した。けど、その後訪れた花モン族の村で、一般的なお家をお邪魔させてもらったんだけど、服などの布や寝床があったくらいで、他には何もなかった。僕の以前のイメージと同じだったので、また修正し直した。まあ、いろいろっちゅうことでまとめさせてもらった。

バスでサパに帰るとき、また村まで徒歩で帰る人々とたくさんすれ違った。おばあちゃんも重そうな荷物を抱えて歩いていて、「そりゃ強いわ。みやげ物も買わされるわ。」と妙に納得したのだった。


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「あいつですよ、生意気な新入生ってやつは」
「後で、体育館の裏に呼び出しておきな!」



これクリックしたら、V-CDが当たるらしいよ。


「みやげ物買え買え攻撃」をくらう
昼、道を歩いていたら、グイッといきなり腕をつかまれた。
「うーわ、何?」と思って振り返ると、黒モン族のおばあちゃんが「これ買って」とばかりに刺繍が施されたミサンガをちらつかせている。
「いや、いらないっす」と断り行こうとすると、おばあちゃんはサッと僕の手首にミサンガを巻き始めた。
「ノー、ノー」と言って断ると「2000ドン(15円くらい)でいいから」と強引に結んでしまった。
「じゃあ、一緒に写真撮ってくれたら1000ドンで買うよ」と言うと、おばあちゃんは「オッケー、オッケー」とうれしそうに応じてくれた。
写真を撮った後1000ドン渡そうとすると、「ミサンガ1000ドン、フォト1000ドン、合わせて2000ドン」と言って怒りはじめた。う~ん、おばあちゃん、そりゃないよ。結局1000ドン渡しておばあちゃんから逃げた。

日が沈んだ後、道を歩いていたら、赤ザオ族のおばあちゃんに声をかけられた。英語がとても上手で思わず応じてしまった。
肩掛けカバンを僕らに薦めてきたんだけど、その刺繍が見事で見入ってしまった。今使ってるカバンは9年前のバンコクで買ったやつで、ちょっと限界がきてるので、買ってもいいかなと思い始めた。
「これ2ヶ月かかって作ったのよ」とおばあちゃん。
に、2ヵ月ですか!
「おばあちゃんが作ったの?」と聞くと、「イエス、とっても時間がかかるのよ」と言う。ずっと刺繍しているわけじゃないとしても、すごい手間隙だ。
値段を聞くと10万ドン(700円くらい)だった。おばあちゃんの労力を考えると破格の安さだけど、残念ながらこっちでは少し高い。昼間ゆりが刺繍入りのズボンを5万ドンで買っていたので、それくらいまでは下がると思われる。が、2ヶ月もかけて作ったこのカバンを「まけて」とはちょっと言えなかった。結局断るのも悪い気がして、3万ドンの小さいカバンを買った。この小さいカバンの刺繍も見事だった。

夜、最近通っている路上焼き芋屋さんで芋を食べていると、3人の黒モン族の女の子たちがやってきた。
「いらないよ」と彼女たちに言うと、「フォーユー」と言って1人ずつ僕の膝の上にミサンガを置いていった。
「フォーユー」と言ってももちろんタダではなく、彼女たちはお金こそ要求してこないものの、ずっとその場を離れようとしない。まいった。
こんなに夜遅くまで頑張っているので1本だけ買ってあげることにした。1000ドン(7円くらい)渡して2本のミサンガを返そうとしたけど、受け取ってくれない。依然黙ってその場に立ち尽くし、じっとこっちを見てくる。これはたまらない。もう2000ドン渡さないとダメかなと思っていると、芋屋のおばちゃんが助け舟を出してくれて、彼女たちを追っ払ってくれた。去り際、僕から2本のミサンガを取っていくことは忘れてなかった。
時計を見たら、10時をまわっていた。いったい彼女たちはいつ家に帰るんだろうか。

とりあえずミサンガがかなり増えつつあるので、Jリーグが始まったときみたいに、またミサンガブームが来てほしいな。でも来ないな、きっと。


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これクリックしたら、ミサンガが当たるらしいよ。


ぱ、ぱーふぇくと・・・
昨日、今日と、黒モン族の村までトレッキングしたり、バイクを借りてサパの谷をツーリングしたりして過ごした。んだけどね、これがもうすごかったんよ。
はっきり言って僕はサパをなめていた。ゆりが「ねえ、サパ行こうよ。」とウルウルした瞳で言ってこなかったら、たぶん来てなかったと思う。「サパだかスパだか知らねえけど、長島スパーランドには勝てねえよ」とハノイあたりでフォーをフーフーしながら食べてたはず。あー、なんて愚かな僕。うんこだ、うんこ。

山の斜面に作られた棚田。その下を流れる清流。そしてなんとも素朴で、懐かしいような、そうでないような、胸の真ん中あたりを鷲づかみされてしまう少数民族の村々。僕の知ってる単語じゃ表現不可能。「すっげ!やっべ!たまんねえ!」ぐらいだ。
今まででラオスで見た山々の景色が一番だったけど、それ越えたわ。
「うーわ、めっちゃええ景色やん。」東南アジア部門、堂々の1位決定!パチパチパチ。

中でもやっぱ村がすごかった。「あれ、僕、いつタイムマシーン乗ったんだっけ?」と首をかしげちゃうくらい時代を無視した風景。
「ラストサムライ」の小雪たちがいた村の撮影はここだったんだ、とちょっと本気で思った。渡辺謙もびっくりだ。

今はちょうど収穫期で、人々が腰を曲げて稲を刈っていたり、風呂桶みたいな木の箱に、刈った稲をバシバシやって脱穀?していたり、みんなで協力して働いていた。子供たちも重そうな米の袋を担いで運んでいた。機械の音なんて一切しなかった。
たぶん昔からずっと同じやり方でやってるんだろうね。

前回のブログで小学校に行かないで働いている少数民族の子供たちをかわいそうと書いたけど、村の人々を見てると、僕の価値観を当てはめること自体が間違っている気がした。
僕らは確かに彼らより便利で進んだ文明の中で暮らしているけど、だからと言って幸せとは限らない。
「幸せってなんだっけ、なんだっけ、ポン酢しょうゆはキッコーマン」とさんまさんが言ってたの思い出し、真剣に考えちゃったよ、ほんと。いや、うそ。

一応、村々には学校らしき建物があって、勉強している子たちも見かけた。やっぱちょっとうれしかった。
今夜は満月がめっちゃきれいだビヨヨヨヨーン。

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これ毎日クリックしてたら、渡辺謙が当たるらしいよ。



お地蔵さんとダンモーイ
ハノイから夜行列車とミニバスを乗り継ぎ、サパという町にやってきた。標高1560㍍らしく、山々に囲まれ町は霧に包まれていた。気温もぐっと下がり、熱帯を旅してきた身にはこたえる。今持っている服では冷え込む夜は耐えられないので、明日にでも市場であったかいやつ買わなくちゃ。

寒いのはちょっと嫌だけど、その分今まで旅してきた景色とはぜんぜん違い、なんだか新鮮でウキウキした。いよいよ東南アジアの旅が終わるんだなあと、少し寂しい気もしたけど。

サパ周辺には少数民族の村々が点在していて、そこへのトレッキングツアーが人気なんだけど、町のあちこちでも民族衣装を着た人たちを見かけた。日本人によく似た小さな女の子とおばあちゃんが多かった。
以前にも少し書いたけど、僕はけっこう少数民族に興味があるので、「うわあ、黒モン族やあ。うわあ、赤ザオ族やあ。」と彼女たちに近づいていくと、逆に彼女たちに迫られ、「みやげ物買え買え攻撃」をくらわされてしまった。
いつもなら、「あっオラいらねえ」とさっくり断るんだけど、この少数民族の人たちにはちょっと躊躇してしまう。だって少数だよ。英語で言うとマイノリティーだよ。たいして大学の人類学のゼミでも勉強してないので、彼らのおかれている状況とかよくわからないんだけど、勝手に苦労しているんだろうと僕は決めつけているのだ。
きっと彼女たちは、朝暗いうちから村を出て、徒歩で数時間かけてサパまでやってくるんだ。そして一日中、外国人に声をかけて、夜また同じ道を歩いて帰るんだ。その途中のお地蔵さんに「寒かろうに」と言って、お土産用のスゲガサをかぶせてあげるんだ、きっと。
家に帰ると「お父さん、お母さん、今日は3つ売れたよ」「そうか、そうか。よく頑張ったね。寒かったろう。さあ、こっちへおいで。」と、ようやく家族団らんが始まるのだ。きっとそうなのだ。

その時に「今日ね、あほそうだけど優しいジャパニが1つ買ってくれたよ」なんて会話が交わされたら、うれしいではないか。
というわけで、1人の黒モン族の女の子から「ダンモーイ」という楽器を買った。
以前僕がアンコールワットで「バイヨン」と名づけた竹の楽器を覚えている方はいるだろうか。あのビヨンビヨンするやつ。ベトナムではこの「バイヨン」を「ダンモーイ」というらしい。しかもここで売ってるのは胴でできていて、ビヨヨヨヨヨヨヨーンと長く響いてかっちょいいのだ。実はこの胴のダンモーイ、ハノイの楽器屋さんで見つけてすでに2つ購入していたんだけど、さっきのかさこ地蔵の話を思い出して、買わずにはいられなかったってわけだ。ビヨヨヨヨヨーン。

夕方、小学校が終わったらしく、門から小さな男の子と女の子がたくさん出てきた。近くでは黒モン族の女の子たちが外国人に声をかけていて、やっぱり少しかわいそうに思った。

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「なあ、今晩俺ん家来いよ。両親、旅行に行っていないんだ。大丈夫、幸子のとこ泊まりに行くって言えばいいじゃん。なあ、いいだろ?」


これ毎日クリックしてたら、お地蔵さんが当たるらしいよ。


日本の女性はすばらしい?
「海の桂林」と称されるハロン湾に行った。1994年に登録された世界遺産だ。
ハノイからの1日ツアーに参加したんだけど、朝7時半に出発し、帰りは夜の10時前と、かなり長くて疲れた。でも、なかなか見ごたえはあったよ。「うわあ、まるで桂林みたいやあ」と桂林行ったことないけど思った。

昼食は船の中で食べたんだけど、インド人の親子と相席になった。お父さんとお母さん、それに僕と同じサンダルを履いた7歳くらいの女の子。
お母さんはシンガポールエアラインのスチュワーデスで、少し太っていたけど綺麗な人だった。お父さんの仕事は、ワイヤーがどうこう言っていたけどよくわからなかった。(いかんせん英語がよくわからない)でもたぶんすごい人のようだった。
今は5日間の休暇を利用してベトナム旅行をしているんだと。

インドのカルカッタから来た彼ら。
カルカッタといえば、僕が前回の旅で一番長く、2ヶ月間滞在した町だったので、話は盛り上げるかに見えたが、言葉の壁の前にそこそこに終わった。
「サダルストリートの60ルピー(180円くらい)のドミトリーに泊まっていたんですよ」と僕が言うと、彼らは「それは何かの間違いだ。ありえないよ。1,5ドルだよ」と驚いていた。
「バラナシでは30ルピー(90円くらい)でしたよ」と言おうと思ったけど、信じてもらえそうになかったのでやめておいた。
インド人もびっくりの安さだったのか。インドの金持ちってめちゃんこ金持ってるって言うからねえ。

その後はお互いの国の食べ物のこと、インド英語とアメリカ英語の違い、インドとパキスタンのこと、インド式計算が日本で流行っていることなど、いろいろ話した。まあ、ほとんど彼らが話していたんだけどね。
「戦後の1946年に日本の首相がインドに来たよ。誰だっけ?」と聞かれたけど答えられなかった。彼らはちょっと信じられないような顔をしていた。外国に行ったとき、自国の歴史を知らないと恥をかく。

昼食が終わり、お母さんと娘とゆりが船の外の景色を見に行ったので、お父さんと2人きりになった。
すると彼は「ジャパニーズガール イズ エクセレント」と言い出した。おいおい、真面目そうに見えたけど、あんたも好きだねえ。
ゆりのことが気に入ったのか?確かに髪を切ってからのゆりはやたらモテる。現に、この日も僕がいないときに、ガイドの人に「ラブリー」と言われ、メルアドの交換をしていた。
はたまた、お父さんは「東洋の神秘」が好きなのかもしれない。
最近読んだ、「わたしは椿姫」という短編小説に、オハグロにして着物を着た日本人女性が、ヨーロッパ人の金持ちたちにやたらと貢がせている話があった。彼らは「東洋の神秘だ」と言い、彼女に夢中だったのだ。さてはお父さんもその類か!?

でも、エクセレントと言えば、インド人女性も美人で有名ではないか。自国の女性を褒められたので、一応相手の国も立てておかないとと思い、「インディアンガール イズ エクセレント トゥー」と言った。「あんたも好きだねえ」といった感じで、お父さんを肘でこつきながら。
するとお父さんは僕の言ったことを無視して、英語で何やら話し始めた。よくわからなかったけど、時々ホンダとかトヨタとかの名前が出てくる。
あれ?と思って聞いていると、燃費がいいとかいう話が理解できた。と同時に、彼がさっき言ったことも理解できた。
「ジャパニーズガール」じゃなくて「ジャパニーズカー」だったのね。
いやあ、まったくもう、中途半端な英語の困ったことよ。ほんと僕の発音が悪くて助かったよ。
その後もお父さんは日本車のいいとこを力説していた。

ツアーが終わり、バスでそれぞれのホテルまで送ってくれたんだけど、インド人親子はハロン湾で一番と思われる4つ星のホテルで降りていった。
そして僕らは暗闇の中、7ドルの宿に向かうのだった。








これ毎日クリックしてたら、日本車が当たるらしいよ。


一期一会
フエを離れ、夜行バスでベトナムの首都ハノイに向かった。

フエでは毎日雨に降られ、宿で過ごすことが多かったけど、その分、スタッフの人たちと仲良くなった。日本人オーナーの日本人宿だったので、みんな片言の日本語がしゃべれた。

いつもかわいい笑顔であいさつしてくれた26歳の女の子は、ベトナム女性の平均結婚年齢が20歳くらいらしく、「しんぱ~い」と笑顔で言っていた。僕らが結婚しているのを知ると、「いいねえ」とまた笑顔で言ってくれた。

日本語が一番達者だった21歳の兄ちゃんは、いつも冗談ばかり言っていた。ちょっと生意気な彼は、同じ年の日本人女性と付き合っていて、東京とフエとでの遠距離恋愛をしていた。いつも夜、宿のインターネットを使って彼女と話していた。道理で日本語が上手くなるわけだ。携帯に入っている彼女の写真を見せてくれたけど、とってもかわいらしかった。彼は、薬指にはめている指輪を指して、「もう1つは日本にあるんだ」と教えてくれた。いつも悪ぶってるけど、すごく真っ直ぐなんだろうなと思った。

もう1人、あまりしゃべりかけてこない、静かな青年がいて、いつも親切で丁寧に僕らの要望に答えてくれた。この子にもすごく好感がもてた。
3人がそれぞれいい味を出していて、とても居心地のよい宿の雰囲気を作っていた。

夜行バスに揺られながら、彼らとのやり取りを思い出していたら、無性に寂しくなってきた。自分がこんな気持ちになることに少し驚いた。すごく彼らのことを好きになっていたみたい。本当にあったかい人たちだった。

最後バタバタして、彼らとの写真を撮れなかったこともすごく悔やまれた。たぶんもう一生会わないんだろうな。そう思うとすごく感傷的になった。窓の外の景色が暗闇に消えていく夜行バスのシチュエーションもよくなかった。おかげで、もっとちゃんとしてお別れしたかったなあ、としんみりしちゃったよ。

旅は人生の縮図とよく言う。出会い別れが短期間で訪れ、繰り返されるからだろう。
もう3ヶ月近く旅をしてきて、少し旅に対して雑になってきている自分がいる。1つ1つの出会いを大切にしていきたい。そうすれば、それはきっとステキな旅の全体に繋がると思う。
僕らの長い人生も同じなんだろうね。

早朝、バスはハノイの郊外に到着した。例によってタクシーたちの客引きが群がってきた。いつもはうっとおしく感じる彼らだけど、これも1つの出会いだと思い、丁寧に値段交渉に応じた。
1つのタクシーに乗ろうと思った時、その前に交渉していたバイクタクシーの兄ちゃんがタクシーの兄ちゃんにいきなり殴りかかった。その後は周りにいた人たちを含んだ乱闘になった。最初に殴った兄ちゃんは、自分のバイクにすばやく戻り、ドライバーを取り出してまたタクシーの兄ちゃんの近くに寄っているのが見えた。

僕らは特に巻き込まれることもなく、別のタクシーに乗って宿に向かった。乱闘の様子を思い出しながら、「お前ら、死ね」と思った。


これ毎日クリックしてたら、タクシードライバーが当たるらしいよ。



フエなんてベチャベチャだよ
ホイアンの洪水見たかったなあ、なんて思いながら、ベトナム中部の都市フエに到着したら、洪水だった。
町がスネくらいまでの水に浸っていた。
「願いが叶ったんだ」なんてチャプチャプしながら、なんとか「ビンジュオン」という宿にチェックインした。

宿の兄ちゃんは日本が上手でおもろい感じだったんだけど、「昨日は腰くらいまであったよ」と笑いながら言っていた。
これから中心部の方まで行こうと思ってるんだけど、と言うと、「そっちの方がすごいことになってるよ。でもいい思い出だから行ってきたら。フエ、サイコー!」と言って、また笑っていた。

町にあふれた水なんてのは、めっちゃ汚いとはわかってるんだけど、やっぱりウキウキしちゃっている自分がいて、チャプチャプしながら中心部の方へ歩いていった。んだけど、すぐにあきらめた。全然進めないんだもん。洪水恐るべし。こりゃ中心部の人たちは大変だ。

食堂なんか入っても、水はないものの、床に泥がいっぱい溜まっていて、ツルツルと滑った。
ほんと日本じゃ大ニュースだと思うんだけど、こっちではそんな様子はない。これも毎年のことなんかなあ。

翌日になると水はひいていたんだけど、やっぱりちょっと残念に思っている自分がいた。でもまあ仕方ないので、観光にでも出かけたよ。

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これ毎日クリックしてたら、フエるらしいよ。


あま~いホイアン
ホイアンでの日課となっている川沿いの散歩に出かけると、道がなくなっていた。昨日の雨で川の水かさが増して、道路まであふれてしまっていたのだ。
こんなの初めて見たので、ちょっと興奮しちゃったんだけど、さぞかし皆さんお困りだろうなと思って周りを見渡すと、そうでもない。いつもと同じようにやっちゃっている。
どうやら降水量が多いこの時期では、洪水状態になるのは当たり前みたいで、絵はがきなんか見ても、ホイアンの町の中を船で行き交うやつがよく売られていた。
「これはいつごろなの?」と店のおばちゃんに尋ねると、「来月」と返ってきた。これからどんどん町まで川の水がやってくるみたいだ。僕らはちょうどその始めに居合わせたってわけか。
話を聞くと、床上浸水は当たり前で、けっこうな高さ(僕らの身長かそれ以上)まで水が溜まるそうだ。そん時はみんなどうやって暮らしているんだろうか。来月来てもおもしろかっただろうな。

さて、今日でホイアン滞在もおしまい。明日はもうちょい北にあるフエという町に向かう。
僕らは見れなかったんだけど、このホイアンでは満月の夜に、町の明かりを消して、ちょうちんの光だけを灯すという、なんともロマンチックなイベントがあるみたい。きっと恋人たちだったら、愛がもう、ものすごいことになっちゃうんだろうなあ。たぶんキッスとかしちゃうんだろうな。町並みも素敵だし、オシャレなカフェもあるし、カップルにおすすめの町だ。
よく考えると名前もなんか甘いよねえ。
ホイ、ア~ンみたいな。
あんまりだな。

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昔の家をカフェや土産物屋やギャラリーなんかに使っていて、それはそれは素敵だったよ。
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日本橋。江戸時代の鎖国政策の前には、日本人町もあったみたい。
 

これ毎日クリックしてたら、ホイアンが当たるらしいよ。


仁和寺にある法師
今日は2世紀後半から17世紀まで栄えたというチャンパ王国のミーソン遺跡を見にいった。
旅行会社のツアーに参加したので、おもろい感じのベトナム人のガイドさんもいたんだけど、英語で何を言ってるのかよくわからなかった。20数名の参加者がいて、僕らの他に2人組みのOLと思われる日本人女性もいた。

現地に着いて、まず行動の仕方についての説明があったんだけど、やっぱりよくわからない。みんなの迷惑になるといけないのでヘタな行動はとれないし、なかなかツアーも面倒だ。
ガイドがみんなのチケットをまとめて購入していざ出発という時、例の日本人女性2人組みがいない。ガイドさんが慌てて探しにいったんだけど、欧米人に囲まれて待ってる間、関係ないんだけど、同じ日本人として恥ずかしい気持ちになったよ。
幸い2人はすぐ見つかった。やっぱり僕らと同じで英語がよくわからないみたいだった。

チケット確認の時、何やら配られたチケットに問題があったらしく、入場させてもらえないというアクシデントが起こった。ガイドさんがどこかに連れられていって、僕らは事情もよくわからないまま待たされたんだけど、ゆりがしきりに「もう先に行っていいんじゃないの?」と言う。
「いや、英語を理解してる欧米人がみんな待っているんだから行かない方がいいよ」となだめると、「ツアーめんどいわあ」とじゃじゃ馬ぶりを発揮。
おいおい、日本人の女は団体行動がとれないのか!

その後、欧米人の後についていき、何とか遺跡に到着した。ガイドの説明もあったんだけど、どうせ聞いてもわからないので、僕らは自由に見て回った。
先月アンコール遺跡を見てきてたので、来るときに「きっと(ミーソン遺跡が)かすむんだろうね」と話していたんだけど、やっぱりかすんだ。あれ、こんだけ?という感じだった。
ここ数日の晴天が嘘のように雨も降りだし、ゆっくりも見て回れなかった。

そんなわけで、あまり満足できないままツアーも終わったんだけど、帰ってきてガイドブックをよく見ると、実は肝心の遺跡を見ていないことが発覚!おいおい、これじゃあ中学生に教えていた、『徒然草』の「仁和寺にある法師」じゃねえか。石清水八幡宮を見ずに帰ってきちゃった坊さんの話ね。
もうなんかがっくりきたよ。せっかく行ったのに。
この話の教訓は確か「ちょっとしたことでもその道の案内人は必要だ」みたいなことだったと思うんだけど、僕らの今日の教訓は「ツアー参加には英語力が必要だ」だった。
英語はけっこう勉強したつもりなんだけどなあ。何でわからないんだろうね。
そんなわけで、なんだかちょっと今日は悔しかったのよ。

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これ毎日クリックしてたら、仁和寺の法師が当たるらしいよ。


キャプテンダンと時計
昼すぎ、川沿いの路上カフェでコーヒーを飲んでいると、1人のじいちゃんが話しかけてきた。英語がとても堪能で、僕らが日本人だとわかると、「最近、円は弱いからなあ」と語り始めた。
「あ、そうなの?」経済に疎い僕は、英語もろくに理解できないまま聞いていたんだけど、ころあいを見計らって、じいちゃんの名前を尋ねた。
すると、じいちゃんはポケットから名刺を取り出して、「わしゃこういう者じゃ」と僕らに渡してくれた。
まさか名刺が出てくるとは思わなかったので少し驚いた。どれどれと見てみると「Mr DANH」とあった。ダンじいちゃんかあ。さらにその下には「captain」と書かれてある。
「アーユーキャプテン?」と尋ねると、ダンじいちゃんは「イエス」と言い、川に泊めてある1艘の船を指差した。それは20人ほどが乗れる観光用の船で、ダンじいちゃんはそこの船長であり、ガイドもこなしているようだった。キャプテンダンかあ。かっこいいなあ。

キャプテンダンにわざわざ名刺をもらったので、僕らも彼に名刺を渡した。
そうそう、名刺持ってるんだなあ、これが。まあ社会人として当然ですよ。
なーんて、かなり社会からはじき出されているんだけどね。
実は旅に出る前に、コメント王の歩君が、わざわざ僕らに名刺を作ってくれていたのだった。僕のは青い文字で「旅」、ゆりのは赤いオシャレな文字で「たびびと」と書かれてあって、かなりイカすお名刺なのよ。
「あ、私、こういう者です」と渡すと、さすがのキャプテンダンも予想外だったらしく、とても喜んでくれた。サンキュー歩。
キャプテンは名刺の漢字を見ながら、「これはデイという意味だ。これは大阪の阪と同じだ。」とか言っていた。かなり賢いなあ。

その後、キャプテンダンの時計の話になった。
「私はもうかれこれ45年、この時計を使っているんだ」と腕にしている時計を見せてくれた。それはセイコーの時計で、古くて傷もたくさんあったんだけど、それが何ともしぶく、キャプテンダンを思わした。
「20歳の時に買ったんだが、1回も壊れてないんだ。今じゃあ、これを持っている奴はなかなかいないぞ、ガハハハハ」とかなりご自慢の時計みたい。
「もし、これを日本で売ったら、どのくらいで売れると思うかね?」とキャプテンが聞いてきたので、ベトナムの物価のことも考えて、ちょっと安めの「100ドルくらいですかねえ」と答えた。するとキャプテンは「いや、もっと高いはずだ。もう売ってないし、とても価値があるはずだ」とちょっと不満そうだった。ありゃりゃりゃ、こりゃ失敗だ。
実際どのくらいするのか、僕には見当がつかないんだけど、「こういう時計って案外高いんだよ」とゆりが教えてくれたので、「さっきのは間違い、間違い。日本円で50万くらいはいくよ、だってこれ今じゃあ売ってないんだから」と言うと、今度はキャプテンも納得いったみたいで、うれしそうだった。
「もし仮に、この時計を日本で売ったら、あなたはベリーリッチですね」とキャップに言うと、「ガハハハハハ」と、かなりご満悦の様子だった。「でも売らないけどね」とちゃんと付け足すことも忘れていなかったよ。

前歯が数本ないキャップは、「ガハハハハハ」とかなり豪快に笑うのだけど、それがとってもかわいかった。
「時計の写真、撮らせてください」と頼むと、わざわざ日が当たる明るいところに移動して撮らせてくれた。撮った画像を見せると、満足のいく写り具合だったみたいで、とてもうれしそうだった。

ほんと宝物なんだなあ。モノがあふれている日本じゃ、なかなかこういう宝物ってないんだよなあ。モノにそれほどこだわらない僕でも、こういう一生共に生きていくモノってステキだなあと思った。
なのでゆりに「僕もあんな時計がほしいなあ」と頼んだら、「ちゃんと日本で成功したらね」と言われた。
果たして、僕がかっちょいい時計を手に入れる日はくるのだろうか、と遠くの青い空をしみじみと眺めたのだった。

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これ毎日クリックしてたら、キャプテンが当たるらしいよ。


人生を賭けた大勝負!
夕方、またレインばあちゃんの小船に乗ろうと、市場の奥にあるボート乗り場に行った。
昨日は客引きのおばちゃんたちがめっぽううるさかったのに、今日は誰も寄ってこない。
「あれ?おかしいなあ」なんて思ってたら、ボート乗り場のところでおばちゃんたちが円になって座っている。
「何やってんだろう?」と思って覗いてみると、トランプだった。しかも金を賭けている。
これまでも、おっちゃんたちが川沿いなどで賭けゲームをしているのは見かけたけど、こうやって屋外でおばちゃんたちがやっているのは初めて見た。

さらに僕を驚かしたのは、おばちゃんたちの雰囲気だった。
顔がみんな勝負師の表情で、目がするどい。
トランプさばきも素人のそれじゃない。慣れた手つきで、シャッシャッとカードを配り、出すときも、「これでどうだ!」と言わんばかりに、ちょっと持ち上げたところでいったんためて、一気にパーン!と地面に叩きつけていた。
な、なんなんだ、このおばちゃんたちは。
「これはすごいぞ」と思い、僕はカメラのシャッターを切った。と同時に、おばちゃんの一人がパッと振り返り、僕に向かって叫んだ。

「アー!」

あまりの衝撃に僕の体はビクッと硬直した。ひえ~。
おばちゃんは僕の動きが止まるのを確認すると、またすっとゲームに戻った。
「こっちは真剣勝負なんだよ。チョロチョロ動いてんじゃねえよ。目障りなんだよ。あたいらはこの一勝負に人生賭けてんだよ。半端な奴はこの場から去りな。」
おばちゃんの背中はそう語っていた。

そのおばちゃんは、僕に叫んだすぐ後、自分の勝負カードをパン!パン!パーン!と一気に3連発くらいで出して、勝負に勝っていた。みんなから金を巻き上げる仕草も豪快で、怖かった。

旦那が浮気なんかしたら、大事なとこ切ったり、相手の女の顔に硫酸をかけたりしたという恐ろしいベトナム女性の話があるみたいだけど、僕はたぶんこのおばちゃんの仕業だと思う。

「ボートに乗りたいんだけど・・・」なんてことは当然言えず、これ以上見てたら、僕の大事なとこも切られてしまいそうなので、ちゃんと手で隠しつつ、そそくさとその場を逃げ去ったのだった。

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青い服のおばちゃんがこの直後「アー!」と叫んだ。
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ゆりを探せレベル3
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「私たちの脇をよ~く見るのよ。」
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「お前、最近どうよ?」
「どうもこうもねえよ。あけみのやつ、他の男作ってやがってよ。もう最悪だよ。」
「だからあの女はやめとけって言っただろ。」
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これ毎日クリックしてたら、怖いおばちゃんが当たるらしいよ。


お姉さん、あなたは何もわかっていない
早起きすると楽しいけど疲れる町ニャチャンを離れ、夜行バスに乗ってベトナム中部の町ホイアンに向かった。
夜行バスはこの旅二回目。一回目は忘れもしない、タイのチェンマイ発バンコク行きのツアーバスで、そこで口ひげのオヤジにくさ毛布を渡され、そしてトラベラーズチェック3000ドルを盗られたのだった。
今回も、「シンカフェ」というベトナムの老舗旅行会社のツアーバスだったので、一応用心はしていたんだけど、口ひげのオヤジもくさ毛布もなかったので安心したよ。このバスは大丈夫!
バスに揺られること11時間、朝7時ごろに無事ホイアンに到着した。

宿は、ニャチャンで出会った旅行者に聞いていた「ホッピエン」というところにしようと思ってたんだけど、9ドルと少し高かった。
カンボジア以来、高くても7ドルの宿に泊まっていたので、フロントのお姉さんに安くしてくれるように頼むと、ちょっと嫌な顔をしたものの8ドルに下げてくれた。

8ドルかあ。
ベトナムに着てからはずっと6ドルだったので、これでも少し高く感じる。お姉さんに「7ドルでお願い」と頼むと、彼女はいきなり語気を強め、僕らにがなり始めた。
「うちの宿はね、きれいでホットシャワーなの。インターネットだって無料なのよ!町の中心からも近くてとても便利なの。わかる?まわりの宿よりも安いのよ。あたしの言うこと信じなさいよ。」

あ~あ~、そのタイプでございますか。アオババのくそババタイプ。
最初だけ愛想よくて、いざチェックインすると冷たくなる人いるんだよねえ。
あなたは何もわかっていない。
僕らは別に多少汚くてもいいし、水シャワーでも全然かまわない。インターネット無料はうれしけど(結局後で日本語が使えないことが判明)、中心から少し離れていてもまったく問題ない。
僕らの求めているのは、アットホームな雰囲気というか、人のあたたかさというか、「いってきまーす」と言うと、笑顔で「いってらっしゃーい」、「ただいまー」と言うと、また笑顔で「お帰りなさーい」と返してくれるような、そんな宿がいいのだ。

それに僕は優しくされたいのだ。よく「叱るのはお前のためを思ってだ」とか、「怒られるうちが花だ」とか言うけれど、僕は別に花じゃなくて鼻くそでもいいから、怒られたくないタイプなのだ。怒られると一気にテンションが下がり、やる気をなくすアマチャンなのだ。
さらに言えば、できれば褒めてほしいのだ。褒めて伸びるタイプでもないんだけど、とにかく褒めてほしいのだ。何でもいいから。
そこんところをさあ、あなたは何もわかっていない。

もう別の宿にしようかとも思ったんだけど、夜行バスで疲れていたので、重い荷物を持って歩き回りたくなかった。一応7,5ドルまで下がったので、とりあえずこの宿に泊まることに決めた。
「泊まるよ」とお姉さんに言うと、「結局泊まるのかよ」と言わんばかりの冷たい対応で受け付けを済まされた。
あ~あ~、お姉さん、あなたは何もわかっていない。

「もう明日、違う宿探そうな」とゆりと話していたんだけど、他のスタッフがみんな親切だったのと、若い女の子2人が、欧米人が忘れていったのであろう、洋物のエロ本を発見して、キャッキャ騒いでいるのを見て、連泊してもいいかなと思った。
そうそう、僕らが求めているのは、そんなアットホームさなんだよ。
特別なことはいらないんだ。ただ優しい笑顔と金髪姉ちゃんのエロ本があればそれでいい。
お姉さん、わかるかい?
客の気持ち考えれば、そうやって対応してやるのが、宿だろ!ホテルだろ!(ちぃ兄ちゃん風)

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レトロな町並みのホイアン
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みやげ物屋のちょうちんもこの町ならよく似合う
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オババ、進路を変えるぞ!



これ毎日クリックしてたら、冷たいお姉さんが当たるらしいよ。



早起きは3文の徳か?
ここ4日ほど5時起きであった。
「早起きは3文の徳」とはよく言ったものだが、何か3ついいことあったかな、と考えてみた。
1.朝日が見れる 2.凧がよく揚がる 3.ベトナム人の太極拳が見れる
ほんとだ、3つあった。
しかしだ。確かに朝はいいことがあるんだが、僕のこのところの日中はというと、体が言うことを聞いてくれず、大変しんどかった。頭はボーッとするし、体はだるいしで、ダラダラと宿で過ごす時間が多かったのだ。ここ数年、8時間以上の睡眠が当たり前で、早起きするという習慣がなかったので、このようなグータラな体質が出来上がってしまったのだろう。
こんな状態なので、果たして早起きが得かというと、いささか首をひねりたくなるのであった。だからひねった。
ひねっていると、ところで「3文」って何だろう、とふと思ったので、ご自慢の電子辞書で調べてみた。

一文銭3枚。値打ちのないこと。非常に安いこと。

あれ?値打ちがないのか?お金の単位とは何となくわかっていたけど、そんなに安いものだったとは。
じゃあ、ということで、「早起きは三文の徳」も調べてみた。

早起きすれば何らかの利益がある。

あーまー、そんな感じか。って3ついいことがあるんじゃなかったのか!28歳にして初めて知った衝撃の事実!ずっと信じてきたのに、なんだか裏切られた気分だよ。まあ早起きしてないんだけどね。
それにしても「何らかの利益」たって、3文ほどの利益なんでしょ?値打ちのない、非常に安い「何らかの利益」。

僕の場合に当てはめてみることにした。
1.朝日が見れる これはすごくきれいだから100文の価値はある。
2.凧がよく揚がる 凧揚げは楽しいので、これは70文の価値がある3.ベトナム人の太極拳が見れる これは別に見なくてもいいので3文としておこう。

逆に、昼間動けないことによる損失もみていこう。
1.観光に行けない これはけっこう致命的なので100文のマイナス。2.ベトナム人がうざく感じる これも旅の醍醐味である人々との交流ができないので100文マイナス。
3.昼寝が必要 これは活動時間が短くなるので一見マイナスに思えるが、よく考えるとお昼寝は最高に幸せなひと時なので30文プラスとなる。

さて、以上を計算してみると、次のような数式になる。
100+70+3-100-100+30=3文
出た!やっぱり!昔の人ってすごいよ、ほんと。叡智だ叡智。

結局、残った3文とは「ベトナム人の太極拳が見れる」となるわけだけど、まあどうでもいいもの、まさに3文なのであった。
これをふまえて早起きするかどうか考えてみたところ、もう太極拳はいいや、という結論に至り、今日はまた10時まで寝たのだった。おしまい。


これ毎日クリックしてたら、3文が当たるらしいよ。


アオババを着たくそババア
ベトナム人女性は気が強い人が多いように思える。というか怖い。
これはベトナムに着いたときから思っていたんだけど、最近は確信しつつあるよ。

最初泊まったホーチミンの宿では、スピードスケートの岡崎朋美に似たすげえ美人(東南アジア部門1位)のお姉さんがいたんだけど、めっちゃ眉間にしわをよせて、激しい口調で何やら話し込んでいた。
たぶん、前日放送されたドラゴンボールで、クリリンがタンバリンに殺されたことに怒ってたんだと思う。
僕はぜひそのお姉さんの写真を撮りたかったんだけど、最初のイメージが尾を引いて、結局怖くて頼めなかった。
人の第一印象は大切である。

同じく初日、屋台で初めてフォーた食べたときのこと。
僕らは屋台だからどうせ安いだろうということで、最初に値段を確認しないという初歩的なミスを犯した。
食べ終わりお金を払おうとすると、2杯で3万ドン(240円くらい)と言う。屋台ではだいぶ高すぎだったんだけど、僕らに非があったので素直に2ドル渡した。(ベトナムでは米ドルも流通している)
両替の時のレートでは2ドルで3万2000ドンだったので、おつりを待っていたんだけど、いっこうに持ってくる様子はない。
仕方がないので、おばちゃんに「おつりちょーだい」と言いにいくと、いきなり血相を変えて、「2ドルは3万ドンなんだよ!」すげえ強い口調で文句を言われた。これはさすがに気分が悪かったよ。
「お客様は神様です」なんて微塵も思ってないんだから。
とりあえず、できるだけ米ドルは使うべきじゃないことを学んだよ。

ニャチャンの海ではスルメを売っている。ゆりが大好きなので買って食べたんだけど、2万ドン(150円くらい)とだいぶ高かった。
その後、地元のおばちゃんが買いに来て、店のおばちゃんと値段交渉を始めたんだけど、その様子がめっちゃ激しかった。
もちろん何言っているかはわからないんだけど、たぶんこんな感じだと思う。
「2万ドンですって。高すぎるわよ。もっと安くしなさいよ。」
「何言ってんの、このイカはベリーナイスなんだよ。とっとと買えよ。」
「このイカのどこがナイスなんだよ。よくそれでイカ売りやってんな」
「あたいはイカ売り続けて30年なんだよ。なめんなよ。ちゃっちゃ買えよ」
「まずかったらたたき返してやるんだから。はい、1万ドン」
「2万ドンって言ってんだろうが!」
こんな会話がずっと続いてた。おばちゃん恐るべし。

その他にもね、市場でアオババ買おうとして、でも結局値段が下がらず立ち去ろうとしたら、すげえ怖い顔でにらまれて文句を言われたりした。普通は「ちょっと待って!」と言って値段下げてくれるんだけどね。
でも、どこか関西の気が強いおばちゃんを思わして、なんだか憎めないんだよなあ。
そのおかげで、値段交渉では、おばちゃんの勢いに負けて最近ボラれぎみ。困った。
何とかおばちゃんパワーに負けないような強い心がほしいと思う今日この頃なのだった。

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僕、朝の5時に凧揚げたの初めてだ。
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ちょっとわかりずらいけど、ニャチャンのカリスマ美容師は、ほくろからいっぱい毛が生えている。


これ毎日クリックしてたら、アオババのババアが当たるらしいよ。


ガンジス河でバタフライ!
今泊まっている宿は、昼間でも真っ暗だし、欧米人がうるさいしで、なかなか気に入っていたんだけど、そろそろ次の訪問国である中国の情報を仕入れるため、近くの日本人宿に引越しすることにした。
その名も「御父参(おとうさん)ゲストハウス」。日本人のおっちゃんが経営している宿だ。
さっそくロビーに座っていた日本人旅行者の2人組みに声をかえると、1人は中国を旅してきたという。
ラッキーとばかりにいろいろ聞いていると、「中国の『歩き方』いります?」と言ってくれるではないか。
はい、いります、いります。
やっぱりこれがないと、軟弱バックパッカーの僕らは不安で夜も眠れないんだもんね。
いやあ、すんげえうれしい。スリスリ。(本にホオズリ)

次にカンボジアに向かうという彼らに、僕らも『地球の歩き方』をあげようと思ったんだけど、ちょうど2日前にホーチミンの古本屋で文庫と交換してしまっていたのだ。
しょうがないので、読み終わった文庫本2冊を持って「よかったらどうぞ」と渡そうとしたら、「まだ2冊読んでないのあるんで、いいっす」と気持ちよく断られてしまった。(悲)
また文庫本2冊を持ち帰る僕の背中はずいぶん寂しかったようだよ。
なので、リベンジとばかりに、夕食に、この宿の名物のてっか丼(アジアを旅する旅行者の間ではけっこう有名みたい)をご馳走してあげたら喜んでくれた。ちょっとホッとした。

この2人はしんや君(24、本をくれた)とゆう君(23)といって、タイのチェンマイで出会い一緒に旅しているそうだ。
ゆう君はもう1年半も旅を続けており、北アメリカ、中米、南米、ヨーロッパ、アフリカ、中東、アジアと世界一周してきたツワモノだった。それも100万円いくかいかないかぐらいの超貧乏旅行で、旅の話がめちゃんこおもしろかった。
欧米諸国の旅が一番しんどかったこと(2ヶ月いて15万円だって)、モロッコでの赤痢、サハラの夜明け、イースター島60キロ一人マラソン、マチュピチュ登山、南米とアフリカの強盗の違い、起きたら欧米人が乗っていた話などなど、彼のネタなので書けないけど、そこいらの旅本なんかよりよっぽどおもろかった。すごい人がいるもんだ。

でもせっかくなので、1つだけ僕が一番うらやましかった話を。
それはゆう君がまだトルコにいたとき、ある情報が入ってきたんだって。それは「長澤まさみがガンジス河で泳ぐらしい」といううそかホントかわからないような情報だった。でも彼はそれを信じ、貧乏旅行なのにトルコからインドへ飛び、ガンジスの町バラナシで、来るか来ないかわからない長澤まさみを待ち続けた。
で、数週間たったとき、ほんとに来たんだって、まさみが。しかも中谷美紀もいた!
どうやら、僕らも昔読んだことがある、たかのてるこの「ガンジス河でバタフライ」のドラマ化らしい。

リハとか収録とかで、結局1週間くらい彼女たちはいたんだって。彼はその間毎日、撮影現場に訪れては、「おつかれまです」と付き人のように声をかけたそうな。
時には小船に乗って近づき、同じく小船に乗っている彼女たちに手を振ったりなんかしたら、ちゃんと手を振り返してくれたんだって。
うらやましすぎる・・・。
ただ、やはりあの汚いガンジス河で泳ぐことになっている長澤まさみは、ちょっと憂鬱そうな表情をしていたみたい。逆にそんな心配のない中谷美紀はとても笑顔で美人だったと、ゆう君は絶賛していた。

そりゃそうだよね。昔僕がいたときも、ガンジス河で泳いだ日本人が、なんとか肝炎になって日本に帰国してたもん。ゆう君自身も泳いで足を切って、破傷風の注射を打ったみたい。
よくこの仕事引き受けたよ。
結局、まさみは何度もガンジスにダイブさせられていたらしい。病気にならなかったかなあ。

それにしても、いいなあ。
僕がバラナシにいた時も、『電波少年』の企画で室井滋が演歌を歌いに来てたんだけど、長澤まさみとでは、う~ん。実際、その話を彼らにしたら「ふ~ん」と言うだけだった。(悲)
同じ時期に旅をしていた者としては、そうとう悔しい。なんで僕はインドにいなかったのだ、と激しい自責と後悔の念が押し寄せてきたのは言うまでもない。

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5時起きでようやく見れた日の出とうちの長澤まさみ。



これ毎日クリックしてたら、まさみが当たるらしいよ。


海とコーヒーのある暮らし
朝5時半に起き、宿から徒歩2分のビーチへ向かった。
昨日、丸一日バスで揺られて着いたこのニャチャンという町は、東側に南シナ海が広がり、そこから昇る朝日は必見だ、とご親切にガイドブックに書いてあったのだ。
ここ最近は10時すぎまで寝ていた僕らにとって、(ちょっと寝すぎだといつも思っているんだけど・・・)5時半起きというのは、もの~すごく頑張ったわけなんだけど、宿の外に出るともう日が昇ったらしく、明るくなっていた。
少し言い訳させてもらうと、僕らがベトナムに来て泊まってる宿は、6ドルの窓がない部屋ばかりで一日中暗い。すげえ暗い。いったい今何時なのかがまったく見当がつかなくて、ついついいつも、「まだ、夜明け前かよ」とか言って2度寝を始めてしまっていたのだ。そんなわけで、日の出の時間なんてわからんかったんじゃ!まあ聞けばいい話なんだけどね。
タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムでは時差はなく(日本より2時間遅い)、東にあるベトナムの東側にあるニャチャンは今までで一番日の出の時間が早いわけなんだけど、そんなこといっさい考えてなかったよ。

さて、せっかく早起きしたのだし、浜辺を散歩することにした。すると、海までの道のりをやたら多くのベトナム人が反対に歩いてくるではないか。みんなランニング姿だったり、ボールを持っていたりして、明らかに一運動してきた様子。
おいおい、今まだ朝の5時半すぎだよ。
海に着くと、さらに驚いた。もうあふれんばかりの人の数に。
しかも、みんな体操したり、サッカーしたり、海で泳いだり、やたらとアグレッシブ。
おいおい、今まだ朝の5時半すぎだよ。

まだ半分寝ていて体が動かない僕は、海に向かって腰掛け、彼らの様子をボーッと眺めた。
この人たちは、いったいいつからここにいるのだろうか。そして、何時に寝ているのだろうか。もしかしたら、まだまだ自然と同じリズムで生きているのかもしれない。そんなことを思った。
それにしても、日の出を見て、早朝から家族や友人たちと同じ時間を共有するなんて、素敵だなあ。

その後しばらく町を散歩した。道ばたのいたるところに、プラスチックの机とイスを置き、路上コーヒー屋さんが出現していた。人々は数人でかたまり、何やら楽しそうにおしゃべりしている。僕らも、ある一軒に入る(座る?)ことにした。
ベトナムはコーヒー豆が有名みたいで、このニャチャンの近くに産地があって、安くおいしいコーヒーが飲めるみたい。
僕らが入った(座った)コーヒー屋さんでは、コップにあらかじめ1cmほどコーヒーを入れて置いてあった。そこにコンデンスミルクと砂糖、コップいっぱいの氷を入れて出来上がり。
これが予想通りめちゃ甘い。しかもコーヒーも濃厚。が、なんかしらんがうまいんだなあ。
絶対日本じゃ「うわっあまっ!」と言って、飲まないと思うんだけど、不思議とこの南国じゃあ飲めちゃうわけ。しかもおいしくね。

朝から、近くに座っているベトナム人や、通り行く人々を見て、コーヒーを飲むのはとても楽しかった。インドの道ばたでチャイを飲んだのを思い出した。
コーヒー屋のおばちゃんもすごく僕らに微笑みかけてくれたし、なんだかニャチャンに来て、人々がグッと近くに感じることができた。ホーチミンでは、何かみんな冷たいなと思っていたからよけいだ。
おいしい物食べたり、観光名所を訪れるのも楽しいけど、やっぱりその国の人々の生活の一部に触れるのが一番おもしろいわ。

昼間、また海に行ったら、見事にベトナム人の姿はなく、欧米人だけが日光浴していた。夕方には、またぞくぞく現れて、夕涼みしたり、泳いだりしていた。
一日の始めと終わりに海に行くんだね。
なんだかこのニャチャンがとても気にいったよ。

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夕方、凧揚げをした。そのあとイカを食べた。



これ毎日クリックしてたら、ニャチャンが当たるらしいよ。


ホンダの上で
ホーチミンの町を歩くと、知らないうちにすげえ疲れている。ちょっと宿に戻ると、2人ともそっこーベッドで爆睡したりしている。
客引きがしつこいのもあるけど、やっぱあのすさまじい数のバイク野郎のせいだろう。1回道路を渡るだけでも、すっげー神経使うもん。信号のないとこなんかでは、なかなかバイクが途切れず、渡るのに時間がかかったりする。でも最近は、10台以内なら、突っ込んできても気にせず渡れるようになった。当たり前だけど、みんな僕らを避けてくれるからね。ちょっと怖いけど。

こっちではバイクを「ホンダ」と呼んだりするみたい。沖縄の人が、歯磨き粉を「コルゲート」、コンデンスミルクを「鷲ミルク」と言うのと同じかな。ホッチキス、バンドエイドも商品名だったような・・・違うかも。
みんな月給の何倍もする日本製のバイクをローンを組んで買うみたい。日本製のバイクを持つことは1つのステータスなんだって。

僕らがバクダンアイスというカフェでプリンを食べていた時、外で車とバイクの接触事故があった。バイクに乗ってた人は道に投げ出されていた。
「うわあ、大丈夫かなあ?」と思って見てたら、その人は足を引きずりながらバイクの方に歩み寄って、すぐさまバイクの傷を気にし始めた。車のドライバーを呼んで「ここに傷がついたじゃないか」と文句を言ってた。相変わらず足は痛そうだったけど、そのことについてはいいみたいだった。
彼らにとってバイクがどれほど大切か、少しわかった気がした。

それにしても、ほんとえらいバイクの数。朝から晩までずっとバイクが走っている。
ふと、疑問に思った。彼らはいったいどこへ行っているのだ。通勤や通学じゃなさそうだし。
同じようなことをカンボジアでも思った。
プノンペンの川沿いのちょっと大きな公園で一休みしていたんだけど、その周りをやはりすげえ数のバイクが走っていた。グルーッと一周して、またどこかに行ってしまうんだけど、いったい何のためにグルーッとしているのか疑問だった。
昨日、あるベトナム旅行記を読んでいて、そのことが書かれてあった。それによると、バイク野郎たちの多くは、どこに行くというわけではなく、ただドライブしているみたい。最近はベトナムも娯楽施設が増えてきているとはいえ、少なからずお金がかかる。ならばバイクでドライブしようぜってことらしい。
確かに、2人乗り、3人乗りで、なんかおしゃべりしながら楽しそうにしている人たちが多かったわ。

最後にもう1つバイクの話。
夜10時過ぎに、宿の近くの公園を歩いていたら、けっこうな数のバイクが縦に並んで停まっていた。その上にベトナムの若い男女が抱き合ったり、キスしたりしていた。それはもう堂々と。写真を撮りたかったけど、さすがに怒られそうなので止めておいた。
そう、彼らはバイクをラブホテル代わりに使っていたのだ。
ミスチルの隠れた名曲に「車の中でかくれてキスをしよう」というのがあるけど、ベトナムでは「ホンダの上であけっぴろげにキスをしよう」だ。
もしかしたら、ホンダやヤマハは、女の子を口説くのに役立っているのかもしれない。

ほんと、娯楽として、ラブホとして、移動手段として、オールマイティーに活躍するバイク。そりゃみんなローン組んで買うわ。
僕も日本に帰ったらホンダを買おうと思った。もちろんローンで。


今日は丸一日移動。ちょっと北にあるニャチャンという海沿いの町に来た。バイクが少なくて少しホッとした。



これ毎日クリックしてたら、ホンダが当たるらしいよ。



ショーの宝石箱やあ
戦争証跡博物館に行った。ここは、ベトナム戦争時の写真や爆弾などを展示している博物館で、多くの人が訪れていた。

枯葉剤によって生まれた奇形児のホルマリン漬けや数々の写真は、ちょっときつかった。
ベトちゃんドクちゃんの生まれた時の写真もあった。数ヶ月前、ドクちゃんが結婚して活躍しているのをテレビで見たけど、その時、ベトちゃんが亡くなったことも知った。
全く別の人生になってしまった2人。複雑な思いで写真を見たよ。

それにしても枯葉剤の恐ろしさよ。豊かだった森林が、焼け野原みたいになっていた。これを人がいるところに撒いた米軍の卑劣さといったらないわあ。
ベトナム人だけじゃなく、枯葉剤を撒いたアメリカ軍人や韓国軍人でも後遺症で苦しんでいるんだって。

従軍写真家たちが撮った、正に命を懸けた写真もすごかった。どんだけ近くで撮ってんねん、と驚かされるものばかり。弾をよけるため、溝に隠れる兵士や、爆発の瞬間をとらえた写真は、お粗末だけど映画みたいだと思った。
日本人の写真家も数名いて、何かの賞をとった人もいた。
でも多くの写真家たちが現地で命を落としていた。日本人が使っていたカメラの写真が、大きく引き伸ばされて展示されてあったけど、カメラに銃弾がぶち込まれた痕があり、ボコボコになっていた。
なぜ彼らは命を懸けてまで写真を撮ったんだろうか。
最近ミャンマーで亡くなったジャーナリストを思い出した。彼がどんな気持ちで現地にいたのかわからないけど、彼が撮ったというビデオが出てくることを願うよ。きっとそれは彼の願いだと思うし。

当時の誰かの演説で「兵器の進歩は現代の、そして未来の私たちを苦しめるでしょう」というのがあって、印象に残った。
捕虜をもてあそぶ米軍の写真は、イラクを思い出させた。
また同じことが起きているんじゃないのか。


夜、カーニャックといわれるベトナムの「歌謡ショー」を見に行った。
グダグダの手品に始まり、次から次へと歌手が出てきて歌っていた。まるでのど自慢だ。激しくダンスを踊っていたら、おばちゃんがスタスタとステージに上ってきて、花束を渡していたのには驚いた。「えっ今?」
合い間合い間に、漫才やコントもあった。当然僕たちは何を言っているのかわからないけど、周りのベトナム人がめっちゃ爆笑しているのを見て、なんだか楽しかった。笑いってのはいいねえ。今日は、ベトナムの光と影を見ている気がしたよ。
途中、彦麿呂に似たやつが出てきて、「恋のマイアヒ」を歌って会場を盛り上げていた。のを見てウケた。

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「コンビンザン」というベトナムの大衆食堂。好きなものを指差すだけでいいからとっても便利。
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アオザイを制服としている学校もあるみたい。ヒラヒラさせて道路を渡る彼女たちはなかなか優雅だったよ。



これ毎日クリックしてたら、ベトナム旅行が当たるらしいよ。



味王のじっちゃんも叫ぶと思う
ベトナムは噂通り食い物がうまい。
夕方、ガイドブックに載っていた、カフェに行った。プリン、ヨーグルト、ベトナムティーを頼んで、ちょうど1ドル。これでも最近値上げしたというから驚きだ。そして、こいつらがまたうまいこと。プリンは昨日のよりうまく、ヨーグルトは牛さんを思い出させた。そりゃ、日本のオフィスレディーたちも来るわな。

夕食は、生春巻きと「バイン・セオ」というベトナム風お好み焼きを食べた。パリッとした外皮の中に、豚肉、もやし、えびなどが入っていて、それをからし菜、しそ、ドクダミなどの葉に包んで、「ヌックマム」と呼ばれる魚醤につけて食べる。これが、またまたうまい!大阪のお好み焼きもびっくりのおいしさ。そりゃ、オフィスレディーたちも来るわな。

やっぱ食い物がうまいと、がぜんあれやね、あれ。

そして、ついつい目がいくようになってしまった女性の胸。
ゆりに「女の人は見られていることわかるんだから」と怒られるも、もうちょっと癖になりつつあるから止められない。
今日気付いたことは、若い女性はだいたい小さく、おばちゃんになるとけっこうでかい。僕の考えでは、おっぱいだけスローに成長するとみた。
もし、下着メーカーの調査が、独身女性限定ならば、あながち間違いじゃないのかもしれない。
まだまだ調査はつづく。

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バイクの数もすごいけど、電線の数もハンパじゃねえ。いたずらして切ったら、直せなさそうだ。
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次はここで切ってもらいたい。



これ毎日クリックしてたら、ベトナム旅行が当たるらしいよ。



あなたけっこうありますね
夕方、町をふらふらしていると、とある店でプリンを発見した。この旅、初顔合わせだ。別に腹はへってなかったけど、4000ドン(30円くらい)だったし、買って食べてみた。う、うまいじゃないか!日本の焼きプリンみたいな味だ。
今までの国のデザートといったら、やたら甘ったるくてあまり食べなかったんだけど、これなら毎日食べたい。
さらにプリンのお隣には、何やら丸ごとバナナらしきものがある。別に腹はへってなかったけど、8000ドン(60円くらい)だったし、買って食べてみた。う、うまいじゃないか!ちゃんとバナナも入っていたし、アーモンドまでちりばめてある。ちょっと感動した。庶民レベルの店でこのおいしさとは。そりゃ、日本のオフィスレディーたちも来るわな。
結局、今日の晩飯はプリンと丸ごとバナナだった。

僕がベトナムに来てからずっと注目しているものがある。
女性の胸だ。
それは、タイで買ったベトナムのガイドブックに次のようなことが書かれてあったからだ。

アオザイ裏話
アオザイは、ベトナム人体型に適し、かつマイナス部分をカバーしてくれる。一般にベトナム人は背が低く小柄で、肩幅が狭い。しかし、ひきずるほど長いパンツとその下に厚底のサンダルを履けば身長をカバー。また、肩の下の切り替えがなで肩の魅力を活かす。
しかし、あの見事なスタイルにも秘密がある。下着メーカーの調査によると、Cカップの人の割合が1000人に4人というベトナム女性、アオザイを着るときは、カップ付き下着を着用している人が多いとか。 以下省略


Cカップが1000人に4人!そんな貧乳の国があっていいのか?
僕はタイからずっとこのことを確認したいと思っていたのだ。

この2日、ずっと女性の胸を見てきた結果、確かに小さい人が多かった。が、明らかにC以上の人もちらほら見かけた。さすがに1000人に4人ってことはないんじゃないかな。
じゃあ、あのデータは間違いなんだろうか。
僕の考えるところ、ベトナム女性の胸は基本的に小さいが、ある限度を超えると一気に膨らむという特徴があるのだ。つまり、貧乳か巨乳かで、中間乳がいないのだ。だからCカップが極端に少ないという訳だ。

しかし、まだ2日。パットに騙されている可能性もあるし、もしかしたら、僕が見たCカップ以上の女性は1000人に4人の人たちかもしれない。明日からいっさい見ないとも限らない。
これからも調査を続行していこうと思う今日この頃。
ちなみに、アオザイを着ている人はほとんど見かけない。ちょっと残念。



排気ガス対策にしてはでかすぎと思っていたら、どうやら日焼け防止みたい。やっぱ色白がいいんだって。
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宿のお姉さん


これ毎日クリックしてたら、ベトナム旅行が当たるらしいよ。



そういやあ、レーザーラモンって・・・
プノンペンからベトナムの大都市ホーチミンへ。

カンボジアでは有名なキャピトルツアーのバスを使った。国境を越えて、ホーチミンまで連れてってくれるのだ。こいつが良いの悪いのって。
国境では普通、イミグレーションで一応審査があるんだけど、キャピトルさんはご親切にみんなのパスポートを集めて、一気に手続きを済ましてくれて、僕らは最後に名前を呼ばれて顔を確認されるだけだった。
国境もいつのまにかバスに乗ったまま越えていて、なんもドラマチックなことはなかった。

僕らにとって国境越えは大切な旅の大イベントなのに、それがあっさりと終わって、なんともかんとも。うんともすんとも。
そういや、一つドラマチックなことと言えば、昨日の彼を食べたせいか、腹がゆるくて、国境の便所でプリプリやった。これがあっただけでも救いだ。
まっそういうことで無事ベトナム到着した。

まーあ、ホーチミンは都会だこと。カンボジアからだから、えらくキレイに感じた。そして、バイクの多いことなんのって。もうバイク、バイク、ブワイク。
道路を渡ろうとすると、右から来るわ、左から来るわ、下からも来るわでてんやわんや。たぶん、ベトナムにいるうちに2回はひかれると思う。

夜は屋台で本場のフォーを食べた。やっぱクモよりうまいわ。

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