クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

タランチュラマン 現る
カンボジアも今日が最終日。アンコール遺跡を巡ったり、リゾート気分を味わえたりと、なかなか楽しかった。
が、僕にはやり残してることが1つある。そう、クモを食べることだ。
すんなりベトナムに行けなかったのは、たぶんそのせいだろう。クモを食べないことには、カンボジアは僕を旅立たしてはくれない。

町の市場に行き、クモを探した。ここならいるはずだ。
なかなか見つからなかったけど、ついに発見!あの気持ち悪い姿、まさしく奴だ。
やはり実際に目にすると、ちょっとひるんだけど、もう引き下がれない。先日、こいつが毒グモと発覚したけど、それでも止めるわけにはいかない。

恐る恐る、胴体から細く伸びている足を口に入れた。
あれ?何かしっとりしている。以前、クモを食べるお姉さんを見たときは、サクサクと食べていたのに。さてはこれ、今日揚げたやつじゃないな。少し不安になるも、足を食べ終えた。
さて、気になるお味はというと、ちょっと何と言っていいかわからないんだけど、かすかにエビの味がしたような、しないような。とりあえずまずくはない。

子どもが2人、僕がクモを食べるのを、ちょっと顔をしかめて見ていた。「お前らも食うかい?」とクモを差し出すと、「まさか」と言わんばかりに首を横に振った。やっぱ普通は食べないのか?

さて、ついに胴体に突入だ。さすがに少し躊躇した。が思い切って食らいついた。クモ液とか内臓とかいったものはなくて、意外とすんなりいけた。ゆりは横で、気持ち悪そうにして僕を見ていた。そんな目で僕を見ないでくれ。

もう一方から出ている足たちも食って、クモを完食した。
任務を無事果たした安堵感が僕を包んだ。のもつかの間、体に異変が!
まず、唇が腫れだした。クモの毛でも当たったんだろうか。次に、口内が少し荒れているのに気がついた。上の部分は皮もめくれている。さらに、喉の奥にクモの一部が引っかかっているらしく、チクチクする。これがなかなか取れない。クモがまだ喉にいると思うと、やっぱり嫌な気分だった。
しらたまが入ったカンボジアのデザートを食べたらようやく取れたけど、どうやら喉も少し腫れたみたいで、声が出づらくなった。
そして驚くべきは、ゆりまでが「口内の皮がめくれた」と言い出した。偶然かもしれないけど、一応同じペットボトルで水を飲んでいたので、間接キッスでクモ毒が移ったとも考えられる。クモ、恐るべし。

とりあえず、ゆりに向かって手首を突き出してみると、白い糸がピュッと出た。

さて、今日で旅も2ヶ月が過ぎた。なんだか早かったなあ。
この1ヶ月で使ったお金  14万6325円
盗られたトラベラーズチェックの金額  3000ドル
訪れた町の数  5町
訪れた遺跡の数  31遺跡
断った売り子の数  362人
泣きはらした夜  3夜
食べたクモの数  1匹
食べたアリの数  42匹

IMG_0196copy.jpg

IMG_0198copy.jpg

IMG_0184copy.jpg
まさしくカラオケボックス。


これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。


スポンサーサイト
あのう、怒るとこじゃないですよ
まったり過ごしたシアヌークビル(コンポンソム)を離れ、プノンペンに戻ってきた。トゥクトゥクやバイクタクシーの勧誘が一気にしつこく、うざくなった。

ベトナム大使館に行き、ビザを取得したパスポートを受け取った。数日ぶりに手元に戻ってきたので、少しホッとする。
僕らは10月1日から1ヶ月間のビザを取得したんだけど、気持ちはもうベトナムに向いていて、明日にでも行きたいと思っていた。ダメモトで大使館のおっちゃんに「明日ベトナム行きたいんだけど、変更できない?」とつたない英語で聞いたんだけど、おっちゃんは英語がわからない。大使館で働いてる人は英語が話せるものと思っていたので少し驚く。でも何とか通じたようで、僕らの書いた申請用紙を探し始めた。が、なかなか見つからず20分近く待たされた。
しばらくすると別の大使館のおっちゃんが現れ、申請用紙を見つけたらしく、僕らを呼んだ。
行くと、そのおっさんがいきなりすごい剣幕で、僕に怒鳴り始めた。

「お前、10月1日って書いてるだろ!」
たぶんそう言っているんだと思う。どうやら、ビザの日付が間違えてると、僕らが抗議してきたと勘違いしているようだ。
それにしても、すごい怒り様だ。何がそんなに腹立たしいのか意味がわからない。他に理由があるとしか思えないよ。おそらく、最愛の娘に「お父さんの洗濯物とは別にして洗って」と言われたんだろう。かわいそうに。
こりゃ無理だなと思いつつ、「アイ ウォント トゥ チェンジ、トゥモロー」と言うと、どうやら理解したらしく、「ノー」とまた怒鳴りつけられた。
はいはい、わかりました。

ベンチに座って待っているゆりのとこに行くと、周りの人たちがみんな唖然とした表情で「いったいあんた何をやらかしたの?」と言いたそうに僕を見ていた。
いやいや、僕はただ変更をお願いしただけだから。

怒鳴られて気分が良いわけはないけど、あまりに意味不明なので腹も立たなかった。まあ、ゆりは、ずさんな勤務態度もあって、だいぶこのベトナム大使館にご立腹だったみたい。

一応、日本人は15日以内ならノービザでベトナムに入れるので、明日行っても入国できるんだけど、このビザとの兼ね合いとかよくわからんし、当初のとおり10月1日まで待つことにした。
なんだか、まだカンボジアにいなさい、と言われているような気がするしね。

今日知ったんだけど、プノンペンの代理店に頼むと、ベトナムビザが30ドル(僕らは35ドル)で、翌日(僕らは3日後)に取れるみたい。代理店の方が安いってどういうこっちゃ。
また、ベトナムにノービザで入って、後から延長という方法もあったみたいで、ビザのことはちゃんと調べなくちゃいけないなと勉強になった。

というわけで、カンボジアも後2日だ。
ベトナムには行きたいけど、ベトナム大使館にはもう行きたくない。



これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。


心の支えはいつの時代も 男は女 女は男
最近、ちょっと胸が痛む場面に何度か出くわした。

プノンペンですっぱ鍋を食べているとき、痩せた裸の少年がすぐ隣に来て、お腹がすいた、飯をくれというジェスチャーをしてきた。自分たちがちょっと贅沢をしている時にこういうことされるとまいるよ。何だか自分が悪いことをしているような気にさせられる。すっぱ鍋をあげてもよかったんだけど、店の人が嫌がるだろうし。
店を出るとき、ゆりが持っていたあめを袋ごとあげたんだけど、お店の人が、子どもが盗ったと勘違いしたのか、その子からあめを取り上げて、僕らに返してきた。そして子どもは店からつまみ出されていったんだけど、すごい怒りの表情で大声を出して店員に文句を言っていた。なんだかかわいそうなことしちゃった。

足がなくて、杖をついて物乞いする人も何度か見かけた。地雷で失くしたのだろうか。そんなおじいちゃん、おばあちゃんを見ると悲しくなる。ポルポト政権や度重なる内戦を経験して、今なお苦労が続いている彼ら。まったく彼らが今どんな思いでいるのか、僕には想像つかない。そしてのんきに旅を楽しんでいるのが心苦しくなるよ。

今日、小さな女の子に引っ張られて、大声で歌う盲目のおじさんが海岸を歩いていた。パラソルの下で日光浴している欧米人たちのそばで歌ってお金をもらおうとしているんだけど、やっぱり相手にされない。女の子はずっと黙ったまま、おじさんを誘導してあげている。歌をよく聴くと、チャゲアスの往年の名曲「男と女」のカバーだったのが、また切なくさせた。

僕らは今日も海を見ながら読書を楽しんでいたんだけど、何度も売り子が来て、その度に中断させられるので、少しうっとおしくて「NO!」ときつく言うようになっていた。子どもたちもたくさんいたので、そんな自分が少し嫌になった。
夕暮れ時に、一人の子どもと、手や足を使ってする羽根つきをして遊んだんだけど、その子がすごく楽しそうに笑っているのを見て、何だか救われた気がした。そして、やっぱり子どもなんだなとも思った。

出会った皆さんと僕に、明るい将来が待っていることを期待せずにはいられない今日この頃。

IMG_0170copy.jpg
町のシンボル ゴールデンライオン
DSCN4372copy.jpg
その金の玉
IMG_0167copy.jpg
市場の様子
DSCN4368copy.jpg
市場様の子
DSCN4370copy.jpg
フランスパンサンドイッチにありつけて喜ぶゆり



これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。



おっさんたち かっこいいよ
今日はまた違うビーチに行き、まったり過ごした。
観光客もほとんどいなくて、ゆっくり本を読んだり、お昼寝したり。
波の音が心地よく耳に響き、至福の時間だった。

夕方、カンボジア人が海に入って遊んでいたんだけど、おっさんたちがずーっと波とたわむれているのが印象的だった。ちょっと波が高かったので、それをジャンプして乗り越えようとしたり、背中で波を受けたり。近くにいる人としゃべるわけでもなく、各々が波と遊んでいた。それもめちゃんこ笑顔で。

あんまり日本人の40代、50代のおっさんが、1人で海で遊ぶのとか見たことないなあ。でも、いつまでも子どもみたいに遊ぶおっさんたちを見て、なんだかいいなあと思った。

僕もこんなおっさんになりたい。
1人で海で遊んだり、一人で公園のすべり台をすべったり、ブランコに乗ったり、1人で汗だくになって壁キャッチボールしたり、1人でデパートの屋上とかにある、前後に揺れるぞうさんに乗ったり。
いろんなことをいつまでも楽しめたらいいな。

IMG_0156copy.jpg

IMG_0117copy.jpg
真ん中の2人はおかま。欧米人が終わったあと、しつこくマッサージの勧誘をされて大変だったよ。



これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。

う~ん、ダイナマイト!
ベトナムビザを待つ間に、コンポンソムというカンボジアのビーチリゾート地に行くことにした。プノンペンから南東に300㌔、バスで4時間ほどかかった。

プノンペンの喧騒の中にいたせいもあって、海を見たらすごく気持ちが落ち着いた。沖縄ほどきれいじゃなかったけど、やっぱ海はいいな。

ずらーっと並ぶ海の店の1つに入って、ビアラオを飲んだ。頭がとろけてゆく。
ぼーっと海を見つつ、欧米人観察をした。
やっぱりどーしても目がいくのは女性のおっぱい。これはしょーがない。なんたってでかい。でかまる!
うつぶせになって、トップレスで日焼けしているのにはドキドキ。だって、おっぱいが体で押しつぶされて、グニューってはみでてるんやもん。ありがとうございます。
次に目がいくのは男性の胸毛。す、すごい!
僕も沖縄に行ってから胸毛が生えるようになったんだけど、レベルが違いすぎる。白鵬と豪栄道くらい違う。
乳首をのぞいて胸が毛で真っ黒。その乳首もいやにでかくてピンクだったりしたから、もうエクセレントだよ。

やっぱ海はいいな。楽しいな。

IMG_0149copy.jpg




これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。


諸君、昼休みを減らしたまえ
今日は次の訪問国のベトナムのビザ取得のため大使館に行った。
昼前に着いたんだけど、運悪く昼休憩に入っていた。
まあ1時間くらい待つかと思って、ふと門に書いてある営業時間をよく見ると、午後は2時半からとなっている。
に、にじはん?
11時半から休憩に入っているので、3時間も昼休みがあることになるじゃないか!

ガイドブックに書いてあったんだけど、カンボジアでは大使館に限らず、普通の会社などでも昼休みが3時間近くあるようだ。なのでみんな1度お家に帰って昼ごはんを食べるみたい。

ゆるいなあ。3度の飯すべて家族団らんできるじゃん。週末しか子供の顔を見れません、みたいな忙しい日本のお父さんたちとはえらい違いだ。
僕もジャパンに帰ったら、昼休みが3時間くらいある職場を探そうっと。

さて、時間ができた僕らは、近くにあるトゥール・スレン博物館に行くことにした。ここは、ポル・ポト派によって大量虐殺が行われたトゥール・スレン刑務所があった場所で、記録に残っているだけでも2万人の人が殺されたみたい。
古く暗い建物の中に尋問室や独房があり、おびただしい数の殺された人々の写真が展示されてあった。まだ4,5歳くらいの子供もたくさんいて、顔には殴られた痕が残っていた。ガリガリに痩せて死んでいった人たちの写真もあった。
生還できた6人のうちの1人が描いたという生々しい拷問の絵は、当時何が行われていたかを僕らに教えてくれた。
ポル・ポト派の幹部たちの写真には、たくさんクメール語で落書きされていて、もちろん何が書いてあるかなんてわからないけど、人々の彼らに対する憎悪の念を感じることができた。

重たい空気のため、ちょっと気分が悪くなって、なんだか落ち込んだよ。僕らが生まれた頃のことなんて、なんか信じられなかった。

ヘコんだまま、2時半に大使館に戻った。たくさんの人たちがビザ取得のため待っていたけど、門が開く様子は全然ない。結局そのまま50分くらい待たされ、ようやく中に入れた。ちょっとゆるすぎだろ!ちゃんと働いてちょーだい!
申請用紙を書いて、パスポートとともに提出すると、3日後受け取りにくるようにと言われ、一人35ドルも払わされた。高いうえに遅いよ!

あなたたちが昼休み削って働きゃあ、もっと早くできるんじゃないんですか!と言いたくもなったが、もちろん言えず、背中を丸めて帰る僕らなのだった。

こんなときはうまい飯を食うべ、と晩飯にカンボジア風タイスキを食べた。すっぱ鍋と張り合うおいしさだったんだけど、よく見ると、ありさんがたくさん浮いていた。
しかし、ここはムツゴロウさんがおいしそうにありを食べてたのを思い出し、虫して食べたよ。(あっこれ無視と虫をかけてるの)
とりあえずありさん鍋もありかな、という感じだった。(これもかけてるの)



これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。


体重計おばちゃん 現る
前回のクイズの答えは、蚊を殺すため、が正解でした。
ボタンを押すと電気が走るのか、バチッてすごい音と火花が出て、蚊を殺すのだ。それがけっこう衝撃でクイズにしちゃったけど、どうやら日本でも売っているみたいだね。ぜひ皆さんも購入してみてはどうでしょうか。
正解したしげちゃんとみどりーむには約束通りクモ1年分送っときます。おめでとうございます。

今日はまずセントラルマーケットへ行った。
このマーケットの何がすごいかって、ロレックスの時計やipodや宝石なんかが、な、なんと数千円で売っているのだ。ドンキホーテーもびっくりの破格の安値だ。
おいおい、いいの?こんなに安くて。これ、いっぱい買ってジャパンで売れば、僕お金持ちやん!
そんなことを考えてヨダレを垂らしているうちに、横でゆりはすかさず時計を購入。日本で買ったら1万円近くはするだろうというかっちょいいアディダスの時計を3ドルで手に入れていた。360円くらいかあ。うちの嫁はなんて買い物上手なのだ。
もうこれらの時計買いしめちゃおうかなとも思ったけど、旅にジャマなので泣く泣く却下。金持ちになり損ねたよ。

その後、国立博物館でクメールの芸術に感激したあと、近くのトンレサップ川で一休み。ここは人々の憩いの場になっていて、たくさんのカンボジアンが涼みに来ていた。
たくさん売り子もやってきて、僕らに声をかけていくんだけど、1人のおばちゃんが体重計を持って近づいてきた。昔からよくある体重計で、どうやら体重を計ってあげてお金を稼ぐようだ。
おもろいなあ。いっちょ計ろうか。
おばちゃんは石などが埋まって凸凹の地面の上に体重計を置き、「乗れ、乗れ」と言う。いやそれじゃあちゃんと計れないだろう、とツッコミをいれつつ、計ると60キロだった。ちょっと痩せたかもしれない。
ゆりも計ったら、ピーキロだった。(たぶん書いたら怒られると思う)ゆりも少し減っていたらしく、たいそう喜んでおったそうな。

やっぱアジア旅って痩せるんかなあ、とか考えてたら、また別の体重計おばさんが現れた。なので今度は体重計を平らなとこに置いて計ってみたら、さっきより1キロちょっと増えた。やっぱりね。あんま痩せてないや。
隣でゆりがたいそうショックを受けていたのは言うまでもない。

aIMG_0070.jpg





これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。


スパイダーマンになれず
シェムリアップからバスで5時間、首都プノンペンにやってきた。

話は途中のトイレ休憩で、バスの外に出た時のこと。
カゴを抱えた売り子のおばちゃんが僕らに近づいてきた。カゴの中には何やら黒いのがいっぱい積まれている。細い足が胴体の左右に伸びていて、最初カニかな?と思ったけど、何か違う。よく見ると、細い毛がたくさん生えていてクモのように見えるけど、まさかクモは食べないだろう。
「ワット?」と聞くと、おばちゃんは下に置いてあるバケツを指差した。

「うおっ!」

思わず一歩飛び下がった。中には数十匹のクモがウヨウヨと動いているではないか。しかもけっこうな大きさだ。
あかん、あかんよ、これは。
おばちゃんは丁寧なことにクモを手に乗せて見せてくれたけど、それは僕がイメージする毒ク
グモとほぼ一致した。
あの気持ち悪い足の動かし方からいってクモと間違いなさそうだけど、念のために「スパイダー?」と聞くと、「イエス、スパイダー」と返ってきた。
バケツのクモの衝撃で鳥肌が立ち、身震いしていたんだけど、ふと近くのテーブルに目をやると、お姉さんがそのクモを食べているではないか。しかもスナック菓子を食べるように、サクサクと。
ちょ、ちょっとお姉さん、それクモだよ、知ってるの?

驚いている僕に気がついたお姉さんは、すてきな笑顔で「トライ?」とクモを僕に差し出してくれた。
ト、トライだって!?

ここから僕の葛藤が始まった。
たぶん、ここは食べるとこなんだと思う。食べるのが正解でしょう。それはわかる。しかし相手は毒グモだ。昔、琉大サバイバル部(部員4名)の活動でセミを揚げて食べたことはあったけど、セミとクモとじゃ全然違う。セミはミーンミーンと鳴くけど、クモは鳴かない。
またバケツでうごめくクモを見た。気持ち悪いよ~。やっぱ無理!

お姉さんの勧めを断った後、すごい自責の念に駆られた。
何で食べなかったのだ。お前はそれでもサバイバル部か!
僕は部の名を汚してしまった。もう僕にサバイバル部を名乗る資格はない。本日をもって退部するよ。みんな、ごめん。

バスに乗り込むと、「食べたらスパイダーマンになれたのに」とゆりが言った。そしてまた僕は落ち込むのだった。

IMG_0048a.jpg

IMG_0047a.jpg

DSCN4334copy.jpg
ようやく見つけたすっぱい茎の鍋。でも茎はすっぱくなく、汁がすっぱかったんだけど、これで合ってるかな?梅干みたいなのが入ってたよ。うまかった。
DSCN4333copy.jpg
クイズです。これは何に使うでしょうか?もちろんテニスやバドミントンのラケットではありませんよ。正解者にはもれなくクモをプレゼント。



これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。




俺の飯で泳ぐな
隣にいるカンボジア人のガイドたちの日本語での会話。

「うおー、お前すごいな、ミクシィーやってんじゃん」

「うるさいよ、お前。メール打つは瞑想の気持ちなんだよ」

「お前、メール20件も来てるじゃん?」

「返信するのがしんどいよ、お前あっちいけよ。」


ちょっと伝わらないかもしれないけど、その外見とのギャップがめちゃくちゃうけるよ。そして、僕より10倍ほど早くブラインドタッチで日本語の文章を打っているこの人、すごい!

本当なら、今日プノンペンに向かうはずだったんだけど、昨日の雨で服やかばんがビチョンビチョンになってしまったので、洗濯のため1日延期した。シェムリアップも今日で10日目。今までで一番長い滞在になってしまったあるよ。

昼間チャリを借りて、キリングフィールドを訪れた。
英語で書くとKilling field。ポル・ポト派によって大量虐殺が行われた場所を指す言葉で、このシェムリアップでも行われていたみたい。
行ってみると、そこはきれいに寺院が建っていて、刑務所だったという建物は、今は僧院として使われていた。大仏の横に慰霊塔があったんだけど、その中には、いくつもの人骨が積み上げられていた。その脇に、ポル・ポト派に人々の写真虐殺された人々の写真が展示されていたんだけど、正直僕はそれを見ても、心を痛めるといったことがなかった。
1つわかったことは、自分は何も知らないんだ、ということだった。あーずーのコメントで初めて、今もポル・ポト派の人たちがいることも知ったしね。
僕より少し上の世代のカンボジアの人たちはみんなこの時代を生きているわけだし、内戦は最近まで続いていたし、僕の乏しい想像力では、この人たちのおかれていた状況なんてよくわからない。
だから、勉強しないといけないんだよなあ。
旅のいいとこは、訪れた国や人々と繋がりができ、関心が持てることだと思うから、これをきっかけに勉強していけばいいんだ、と前向きに考えることにした。

さっき入った食堂で、魚のあんかけみたいなのを頼んだんだけど、小さい虫たちがどんどんそれに飛び込んできて大変だった。虫をよけながら食べてたんだけど、あんかけでパタパタと羽ばたく虫を見てギブアップした。この旅で初めて飯を残したよ。今も腹がムカムカして気持ち悪い。少しジャパンに帰りたくなったよ。

DSCN4326copy.jpg
また髪を切った。兄ちゃんのバリカンさばきはやはり優しかった。カミソリで生え際を整えてくれたんだけど、おでこのあたりがカクン、カクンと直線になっちゃって、ちょっと気にくわなかった。が、最後にマッサージしてくれたので許すことにした。




これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。




シータ 現る
町から80キロ離れたとこにある遺跡、ベンメリアに行ってきた。
悠太くんやくーるーがお薦めしてくれてたので、めっちゃ楽しみにしてたんだけど、僕らが着いてすぐに雨が降り出し、結局その後止まず、ほとんどの時間雨宿りして過ごした。この1週間、天候にはけっこう恵まれていたんだけど、最後にしてやられたよ。
ビチョンビチョンになりながら、遺跡を回ったけど、全部は見れなかった。無念じゃ。

遺跡はほんんど修復されていなくて、崩れ落ちたり、自然とからみ合ったりしていた。もうそれはネッチリと。
何かの案内に、ここを「ラピュタ」だと書いてあったんだけど、確かに今まで見た遺跡の中で、一番そのイメージに近かったよ。
象に乗ったインドラ神のレリーフも、宮崎ワールドっぽく見えたし。
それに、カンボジアの伝統舞踊で、古代インドで伝承されていた「ラマーヤナ」という物語が演じられているんだけど、そのヒロインの姫の名前が「シータ」というみたい。これは偶然か?

関係ないけど、僕は小学生の頃、シータみたいな子と結婚したいと思っていたんだけど、今はそれが叶ってうれしい。

帰りの車の中、隣に座っているシータ姫を見ながら、もし子どもが女の子だったら「ベンメリア」と名づけよう。男の子だったら、そうだなあ、やっぱ「バイヨン」だな、と思ったとか思わなかったとか。

DSCN4285copy.jpg

DSCN4315copy.jpg

DSCN4282copy.jpg

DSCN4319copy.jpg




これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。

き、きこえる
ガイドブックに、日本人を対象に犯罪行為をはたらいているやつのインタビューに成功したとして、ターゲットにされやすい日本人の特徴が書かれてあった。
・「イエス、イエス、イエス・・・」「フン、フン、フン・・・」と返事を早口で繰り返す。
・男性なら頭にタオルを巻いている、地雷Tシャツを着ている、ぞうり履き。
・女性なら真新しいスニーカーを履いている、スカーフを巻いている。また意外とふたり組みもお互いに依存し合っているため、狙いやすい。
・俺(私)は、ほかの旅行者とは違うんだ的な言動で振る舞っている。
・目を見ると瞳がピクピクと緊張している。
・地元民と友達感覚で付き合いたがる。

なんか全部自分に当てはまるような気がするよ。とりあえず地雷Tシャツは買わないでおこう。

アンコール遺跡7日券の最終日。
早起きしてアンコールワットから昇る日の出を見た。ちょっと雲がかかっていたのが残念だったけど、それでも隙間から見える朝日とアンコールワットは、かなりかっちょよかったよ。

その後、早朝で人が少ないワットの中をゆっくり見て回った。
この1週間で、少しだけだけど、遺跡やヒンドゥーの神や架空動物などの知識が増えて、また違った発見があって楽しかった。

一番外の回廊に彫られている浮き彫りを見ているとき、ゆりがふと口笛で「君をのせて」を吹き始めた。それがその場の雰囲気にとても合っていて、彫られた人間や動物が、今までよりもグッと心に迫ってきた。想像力も働いて、当時のクメール人たちに思いを馳せた。ほんと音楽の力はすごい。
これはいい鑑賞法を発見したと、その後2人で交互に口笛を吹いて、見て回った。自分が吹いているときは、それほど入り込めないんだけどね。
一番中央の祠堂では、例のバイヨンを取り出し、ビヨンビヨンさせて宇宙と交信した。我ながら少しうまくなっていて、たぶん交信に成功した。

午後からも少し遺跡を回り、7日券の期限が切れた。
結局30くらいの遺跡を巡ったけど、何だかんだいって総合優勝はやっぱアンコールワットだったなあ。彼はすごいよ。
アンコール遺跡巡りの締めとして、明日はみんなが薦めてくれたベンメリア(チケットいらないみたい)に行ってくるよ。宇宙、楽しみだ。交信してこよ。

IMG_0588copy.jpg

IMG_0577copy.jpg

IMG_0118copy.jpg






これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。

南風原町のヒーローはカボッチャマン
一日ぐずついた天気だったのと、少し疲れていたのとで、今日は遺跡巡りはお休み。ゆっくり過ごした。

午後から少し町の市場に出かけたけど、魚、肉、野菜、服、人がごっちゃごっちゃで、匂いもきつく、すごいとこだった。でもカボチャはなぜか見かけなかった。カボチャという名前は、カンボジアからきてるんだよ。知ってた?

ところで、今日は僕らの2度目の結婚記念日で、夜、ささやかにお祝いした。まさかカンボジアでむかえるとはね。ちょっと思ってたよ。来年はジャマイカだと思う。
アンコールビアとバイヨンビアというのを飲んだけど、どちらもフルーティーだった。酔っ払いながら、クメール人があれだけ偉大なアンコールワットを作れたのは、フルーティーだったからなんだ、とぼんやり思った。

DSCN4217copy.jpg

DSCN4221copy.jpg






これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。


モテモテガイドとビヨヨヨーン
最近通っているネットカフェは、日本人向けのガイドをしているカンボジア人のたまり場ようで、ちょっとおかしな日本が飛び交っている。でも、みんな発音がとてもきれいでびっくりする。ガイドブックに、クメール語はカタカナ読みでも通じると書いていたので、逆に、クメール人も日本語は発音しやすいのかもしれないね。
なんでガイドたちがネットカフェで集まっているかというと、仕事中に知り合った日本女子とメール交換するためだ。みんな何人ものメル友がいて、日本語でメールを打っている。
ある時、一人のガイドが「イヤサレルって何だよ」と誰かに聞いていた。聞かれたヤツは「気持ちいいとか、楽しいとか、そんな感じだと思うよ。」と答えていた。そのやりとりがおもろかったので、笑っていると、「なあ兄ちゃん、合ってるか?」と僕に尋ねてきたので、「まあそんな感じです。」と答えておいた。質問したヤツは「なーんだ。俺はてっきりイヤというから、嫌なのかと思ったよ」と大爆笑。
この陽気なガイドは、いつもビギンの「島人の宝」をこれ見よがしに熱唱していて、ちょっとうるさい。その兄ちゃんもやたら多くの日本女子とメールしていて、ゆりはちょっと彼の恋の相談を受けた時、メールを見せてもらったんだけど、「会いたい」とか「話したい」などと、日本女子が彼に気があるようなことが書かれてあったみたい。
こいつら一体どんな話術で日本女子をその気にさせているんだろうか。教えてほしい。

今日も暑い中、チャリで遺跡巡り。アンコールワットやバイヨンといった名立たる遺跡たちを、後ろ髪を引かれる思いで素通りし、さらに遠くの遺跡たちを見に行った。
今日で遺跡巡りも5日目。まだまだ楽しく観光できるんだけど、さすがにこれまで見てきた遺跡たちを超える衝撃を与えてくれるものにはなかなか出会えない。今日見たのも十分すごいんだけど、ちょっと贅沢になってきているのかもね。

途中、女の子が売っていた、竹で作った楽器を1000リエル(30円くらい)で購入した。口でくわえて、はしっこを弾くと、竹の振動が口内で響き、ビヨヨーンという音が出る。まるで宇宙人の声みたいだ。聞いたことないけど。
さらに、口の中で舌を動かしたりすると、ビヨヨーンがボヨヨーンになり、ブヨヨーンにもなったりするから、けっこう奥が深い。
得意気に遺跡の中でビヨヨーンさせていたら、違う売り子がやはりビヨヨーンを売っていたんだけど、そいつのは僕のよりも音が低く、しぶい。どうやら、口でくわえる部分の穴の大きさが関係しているみたいだ。なので、もう一本購入した。
きっとクメール人は、これで宇宙と交信していたんだと思う。
僕はビヨヨーンを「バイヨン」と名づけた。
最近ゆりが宿のマンガばかり読んで遊んでくれないので、しばらくはバイヨンと遊ぼうと思う。

IMG_0505copy.jpg

DSCN4150copy.jpg

IMG_0538copy.jpg

DSCN4208copy.jpg

DSCN4178copy.jpg
ビヨヨヨーン




これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。



すっぱい遺跡と美しい鍋
今日はトゥクトゥクをチャーターして郊外にある遺跡を見に行った。

特によかったのはバンテアイ・スレイという寺院。
寺院自体はそれほど大きくもなく、今まで見てきた遺跡よりもインパクトに欠けるんだけど、それに刻まれているデバターと呼ばれる彫刻や、奥行きのある立体的な透かし彫りがすばらしかった。
たいていの遺跡にも、こういった彫刻が施されているんだけど、この寺院ほどきれいに残っているものはなかったと思う。
よく石をこれだけ深く、そして美しく彫るなあと、当時の人々の技術の高さに感心したし、千年以上もたって、なおその美しさを保っていることに驚いたよ。もう「すごい」としか言えないや。

今日は遺跡の他に、ゆっくり走るトゥクトゥクのおかげで、周りの景色をじっくり見れたのもよかった。
広い田園風景はきれいだったし、人々の生活も垣間見れた。
町から数十キロしか離れていないのに電気が通ってなくて、家は高床の粗末なものが多かった。家の外には、土か石かよくわからないけど釜があって、そこに薪をくべて料理を作っていた。布をつけたまま、でかい壷に溜まった水で体を洗う女性も見かけた。
いろんなとこで人々が集り、何やら話し込んでいた。家の中は、ちょっと覗けば丸見えで、ここではプライバシーなんて言葉はないように思えた。
日本の都会の暮らしをちょっと思い出してみたけど、あまりの別世界に驚いたよ。そして、僕はそっちでの生活に戻れるんだろうかと、少し不安にもなってみたよ。たぶん無理だな。

あーずーが教えてくれた、すっぱい茎の入った鍋を求めて、晩飯に鍋を頼んでみたら、ドロ色のスープが出てきた。ソムロー・ココー・サィット・トレイという人気料理みたい。豆やかぼちゃやいろんなわけわからんものが入っていて、まあまあおいしかったけど、すっぱい茎は入っていなかった。でもまた少し近づいた気がするよ。


IMG_0405.JPcopy.jpg

DSCN4110.jpg

DSCN4111.jpg

IMG_0480.jpg

IMG_0423.jpg

IMG_0486.jpg





これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。



諸行無常の響きあり
小雨がぱらつく中、今日は自転車を借りて遺跡巡りをした。
けっこう距離もあるうえに、宿で借りた自転車のサドルが硬く、また変な角度でついていたため、もうお尻が痛くてしょうがなかった。

今日のベストオブ遺跡は、タ・プロームという寺院。
この寺院、もう木の根や幹やらに侵食されまくっていて、そのやられっぷりがすごい。覆いかぶさられたり、突き抜けられたりと、自然のやりたい放題。
人の世のはかなさと、自然の力強さをまざまざと見せつけられた。まさに「国破れて山河あり」だ。
ただ、それでもギリギリのとこで何とか自分の形を死守している寺院もまたすばらしかった。それはまるで、自然に対して、人間の意地を見せているようだった。

このタ・プロームのように、あまり今の時代の人間の手が加えられていない遺跡は、いつも書いてるけど、時の長さを感じられるからかっこいいし、ありがたみもある。きれいすぎると、やっぱり現代のにおいがするし。
でも、それは遺跡の維持であったり、僕らが安全に観光するために必要なことなんだろうけどね。
各遺跡の前には、だいたい看板が立っていて、修復に協力した国の国旗が記されている。日本も、アンコールワットやバイヨンを始めとする多くの遺跡の修復に携わっている。アンコールワットは、今もドイツが修復工事を進めていて、緑のシートがでっかくかけられているんだけど、それがジャマで仕方ないんだよね。しょうがないけどね。
でもこの3日見てきて、国によって修復の完成度に違いがあるように思えた。今日昼に行った、チャウ・サイ・テボーダという遺跡は中国が修復したらしいんだけど、何かもうツギハギだらけという感じで、せっかくの遺跡がちょっともったいないなあ、という印象を受けた。せめて色ぐらい合わせたらいいのに。まあ、素人は何でも言えるよね。

ゆりはほんと子供たちに人気で、いっつもみやげ物やの子らに絡まれて、たかられている。今日は、7歳くらいの男の子に腕輪をプレゼントされていた。それに対して僕といったら、「あっすみません、あっけっこうです」と丁寧に断っているのに「お兄さん、ケチねえ」と文句を言われる。グレるよ。

DSCN4022copy.jpg

DSCN4039copy.jpg

DSCN3872copy.jpg

DSCN3960copy.jpg
ツギハギだらけ




これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。



エセ僧侶現る
今日はアンコールトムを見に行った。
トムとは「でっかい町」という意味で、周囲が12キロもあり、城壁に囲まれている。その中にいくつも遺跡があるのだ。

一番かっこよかったのはバイヨンという寺院で、いくつもボコボコと塔が突き出ていた。しかも、その塔の周りに観音様の顔がでっかく刻まれていて、なんともいえない雰囲気を醸し出していた。
修復もされていたみたいだけど、柱が倒れてたり、石が崩れてたりして、それがまたいい味を出していた。クメール人、ほんといいセンスしてるよ。昨日はアンコールワットのでかさにまいっちゃったけど、デザイン的にはバイヨンの方が好きだなあ。

その他の遺跡も、どれもかっこよかった。
遺跡が木に侵食されていたり、ずっと昔に崩れたのであろう、緑のコケの生えたでかい石の塊がボコボコ落ちてたりと、そういったものが遺跡の過ごしてきた時間を感じさせてくれた。

プリアパリライという遺跡を見に行った時のこと。
一人の子どもの修行僧が僕らに近づいてきて「アーユーフロム?」と聞いてきた。僧侶は普通あまり話しかけてこないので、少しおかしいなと思う。しかも、「アーユーフロム?」って悪い奴はみんな最初に聞いてくるんだよね。
彼は、頼みもしないのに、親切に遺跡の説明をし始めた。しかもやたらと熱心だ。「ここで写真を撮るといいよ」と、そんなことまで教えてくれる。
お前、僧侶じゃないだろ!
「じゃあ、ありがとね」僕らが立ち去ろうとすると、案の定「マネープリーズ」とガイド料を要求してきた。大人だったら無視したとこだけど、かわいい子どもだったし、(最後は目がマジで怖かったけど)一生懸命説明してくれたので、1000リエル(30円くらい)だけあげた。エセ僧侶は少し顔をゆがめたけど、一応「サンキュー」と言って、また次の旅行者のとこに行った。ほんとそのカッコは怒られるよ。

また、再度バイヨンを見学していた時、女の子が「写真撮って」とせがんできたので一枚撮ってあげると「ワンダラー」と手を出してきた。
意味わかんねえよ、お前が「撮って」って言ってきたんだろう。
さすがにこの子にはあげなかった。
いろいろ子ども達も、知恵をしぼって稼いでいるんやね。

帰り際に、またアンコールワットに寄った。おまけとしてアンコールワットが見れるなんて、なんて贅沢なんだろう。

土産物屋の近くに座っていたとき、日本語の上手なお姉さんと少し話した。彼女は、毎日1時間日本語、もう1時間は英語を勉強しているらしい。えらいなあ。生活に直接関わってくるから必死なんだろう。
「最近は、韓国人のツアー客も多いけど、韓国語はいいの?」と聞くと、彼女は「韓国人は嫌い!」とはっきり。理由を尋ねると、韓国人に土産物を売ろうとすると、すごくきつく「NO!」と言って去っていくからだそうだ。彼女は、その韓国人の仕草を実際に真似してくれたんだけど、それがリアルでおもしろかった。
「日本人はどう?」と聞くと、彼女は「日本人は好きだよ」と言って、また実演して説明してくれた。それは、すこし背中を丸めて「あっすみません。あっけっこうです」と言って、頭をペコペコさせるものだった。腰が低く、丁寧なのがいいみたい。そういう風に見られてるんやねえ。どうりでみんな日本語覚えようとするわけだよ。
帰るとき、男の子がポストカードを売りに来たので、「あっすみません。あっけっこうです」とペコペコを連発していたら、めっちゃ笑ってどっかに行っちゃった。これは使える!
夕陽に照らされたアンコールワットが、また一味違ってかっこよかった。

DSCN3824.jpg
バイヨン
DSCN3804.jpg

DSCN3855.jpg

DSCN3886.jpg

DSCN3867.jpg




これ毎日クリックしてたら、カンボジア旅行が当たるらしいよ。




アンコールワット 現る
カンボジア観光初日にして最大の目玉、アンコールワットへ。
ショートケーキのいちごは最後に食べる僕でも、これは我慢できない。

シェムリアップの町からアンコールワットまで6キロ。トゥクトゥクで向かう。数キロ行ったとこで、入場券売り場があった。
1日券20㌦、3日券40㌦、7日券60㌦。
けっこうするなあ。こっちの物価に慣れた僕らにはすごく高く感じる。
でも、ここは7日いっとくか。
アンコールワットは言わずと知れた世界遺産だが、実はその周りにもたくさんアンコールの遺跡が点在している。沖縄の「琉球王国のグスク及び関連遺跡群」みたいなもんか。どーせなら、いっぱい見たいやん。
入場券は、転売防止のために写真つきのチケットを作ってくれた。これはいい記念になるなあ。

さあ、いよいよ世界遺産、アンコールワット。

でた! どーん! でけー!

写真と一緒だけど、やっぱ全然違うわ。う~ん、かっこいい!

周りには大阪城のお堀みたいなのがあって、(ゆりは全然違うよって言ってたけど)道は真っ直ぐアンコールワットに向かっている。これがまた長いんだけど、だんだんと彼に近づいていく感じが、たまらなくよかった。

柱や壁にはビッチリ絵や文字が彫られていて、その細かさに感心する。こんなにバカでかいのに、よく彫ったよなあ。
でも残念なことに、やっぱ落書きするやついるんだよね。中国人が多かったけど、1つ「栃木県 何々~」と日本人の名前も発見。あ~あって感じ。こんなすげーやつに、よく自分の名前書くなあっと逆に感心したわ。
後、女性の彫刻のおっぱいの部分だけ黒く色が変わってたりしてウケた。みんなさわりすぎだよ。

急な階段を上って、中央の塔のある所に上ると周りが見渡せた。深い緑の森が囲んでいた。
このアンコールワット、王朝壊滅後、一度人々から忘れられ、フランス人が再発見するまで、この密林の中で眠り続けたらしい。
このフランス人、びっくりしただろうなあ。いきなりこんなの現れたら。ラピュタ発見!みたいな感じだったんかなあ。ええなあ。僕もフランス人になりたいやっさー。

ちょっと疲れたので、外で休んでいたら、小さな女の子が「ちょっとお姉さん」とゆりに近づいてきた。(なぜかここの子どもたちは僕には話しかけず、ゆりの方ばっかりだった)どうやらポストカードを売りに来たみたい。それにしても日本語が上手なこと。それだけ日本人観光客が多いんだろうね。結局ゆりは、女の子の強い押しに負けて、ポストカードセットを買わされていた。いや、買ってあげたのかな?
アンコールワットの周りには、同じような子どもたちがたくさん売り子として働いていた。どの子も日本語が上手だったよ。

夕方は、小さな山の上にあるプノンバケンという遺跡に移動し、夕焼けを見た。ちょっと雲がかかり夕陽は見えなかったけど、きれいな空とクメールの大地だった。遠くにアンコールワットが見え、また、かっこいいと思った。

DSCN3758copy.jpg

DSCN3742copy.jpg

DSCN3713copy.jpg

DSCN3749copy.jpg

DSCN3755copy.jpg




これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。

ユアーショック!
今日は念願のカンボジア行きだ。
遅くなると何かとやっかいみたいなので、朝6時に宿を出た。バンコクの北バスターミナルから4時間半バスに揺られ、タイ国境の町アランヤプラテートに到着。

さあ、いよいよカンボジアだ。
今回初めての陸路での国境越えなので、ゆりと手をつないで一緒にジャンプして超えようと考えていたんだけど、国境の前から親しげに日本語で話しかけてくるカンボジア人につかまり、そいつがなかなか僕らから離れようとしない。結局、そいうの目の前でやらなきゃしょうがない状況に。何か全然国境を超えた!という感動を味わえなかったわあ。だってずっとにやにやして見てくるんやもん。むかつくわ。

無事カンボジアのイミグレーションをパスし、近くにいた移民局員に、アンコールワットの町、シェムリアップまで、どうして行くのが一番いいか尋ねた。彼は外のバスを指し、「あれはバス乗り場までいく無料送迎バスだ。あれに乗っていき、バスチケットを買いなさい」と教えてくれた。
バスに乗り込むと、国境からずっと話しかけてきた奴もバスに乗り込んだ。

なんでお前も乗るんだよ!

僕ら以外に客はいない。
さらに出発する時、もう一人日本語を話す奴が乗ってきた。

なんでお前も日本語しゃべるんだよ!

盗難のことがあったから、親しげに日本語で話しかけてくる奴は、もう胡散臭くてしょうがない。
事前に読んでいたカンボジアのトラブル例でも、国境のバスやタクシーは危険で、日本人を狙った暴行事件が起きていると書いてあった。
おいおい、お前らじゃないだろうな。頼むよ、ほんと。

バスは3分もすると止まった。そこはただの薄暗い事務所で、どうやらツアー会社のようだ。
ツアーバスにやられていたし、値段も聞いていたやつの倍以上だったので、ここは絶対やばいと確信する僕ら。
話し合った結果、もっかい国境まで戻り、日本人を探して一緒にタクシーで行こう、ということになった。

事務所を出ると、やはり例の男がついてくる。
僕も、もういいかげんうざかったので「ついてくんなよ!」と声を上げる。途中にいたタクシーの兄ちゃんたちと僕が値段の交渉を始めると、例の兄ちゃんは、にこにこ顔を一変し、目を見開いてでかい声で僕に何か怒鳴ってくる。
やっと化けの皮が剥がれたか。お前、詐欺師決定!国境越えの思い出つぶしやがって、この野郎!

カンボジアのイミグレーションに戻ると、ちょうど日本人の大学生2人組みがいたので、一緒に相乗りしてもらうことに。ホッと一息。
けど、タクシーも危ないと聞いていたので、まだまだ安心は出来ない。運ちゃんが見知らぬとこに連れて行かないか、4人で警戒しまくった。
運ちゃんのおじさんが売り子から買ったもち米をみんなに分けてくれたときも、何か入ってるんじゃないかと、少し疑ったりもした。
結局、シェムリアップまでの3時間、おじさんは終止やさしくて、ちゃんと目的地まで行ってくれた。
何だか申し訳なかったなあ、疑ったりして。
こういうのが難しいよ。信用しきってもダメだし、全く信用しないのも、すごく残念なことだしね。
結論は、国境越えを邪魔したアイツが悪い。指先ひとつでダウンさせてやりたいぜ。

何はともあれ、無事カンボジアに到着し、一安心の僕らだった。

DSCN3678copy.jpg




これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。


もうお前達のを流すのはごめんだ
周りの景色が以前と同じように見えるようになった。よかった。

昼間少し出かけたが、体がだるくてすぐ宿に帰ってきた。あっでも全然風邪とかじゃないからね。ここ数日の緊張や暑さのせいで少し疲れていたんだろう。

おかげで、宿でカミュの『異邦人』を読み終えることができた。時々「子どもたちが 空にむかい・・・」で始まる有名な歌が頭に流れた。
小説はよくわからなかったけど、僕らが「異邦人」であることを思い出させてくれた。
当たり前のことだけど、ここはタイ人の土地で、彼らの生活が基本である。よそ者の僕等はいつもそのことを頭に入れて旅をしなくちゃいけない。お金があるからと何でもしていいわけではない。
とりあえず欧米人、自分で出したションベンやクソはちゃんと流せ!

事件に遭ってからの数日、タイという国のことを考えていた。
僕は9年前の旅のことを話す時、決まって「インドに半年ほど・・・」と説明していた。それはインドが一番長く滞在したからでもあるけど、1ヶ月過ごしたタイの話を持ち出すと、例の詐欺のことが真っ先に思い出され、少し心がチクリと痛むからだった。

今回、どこから旅を始めるかで、いろいろゆりと話し合ったが、結局僕がタイがいいと言い張った。それは僕の中で、タイから始めないといけないと、漠然と思ったからだ。9年前の悪夢を振り払うために、タイを大いに満喫し、好きになろうと考えていたのかもしれない。

くしくもタイ滞在最後の日に事件が起こった。きっと、タイが「これでもお前は俺のことを好きになれるのか」と挑戦状を叩きつけてきたんだろう。もし3000㌦失っていたら、もうタイが大嫌いになっていたかもしれないけど、幸い戻って来た。
今は、タイが「お前はどこか抜けているから、これからの旅、ちゃんと気を引き締めろよ」と言ってくれているように思える。
ありがとう、タイ。

ちなみにここでいうタイは魚ではなく国のことであって、勘違いされないでもらいタイ。(これはうまくない)

少し延びたけど、明日カンボジアに向う。

DSCN3675copy.jpg
今日見たピタ秘書制服。残念ながらスカートが長い。たぶん2年生なんだろう。



これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。


バンコクの悪夢 消え去る
銀行が開く8時半に行動を開始した。
まず、ちょっと親しくなった、片言の日本語を話すタイ人の兄ちゃんのいる食堂に行った。昨日も、アメックスになかなか連絡できない僕らを、彼が店の電話を勝手に使って助けてくれたのだ。
「もしかしたら明日も来るかもしれないけど、いいかな?」と尋ねると、「じゃあ、明日は自分の携帯を持ってくるよ」と言ってくれていたのだ。
店へ行くと、彼はちゃんと約束を覚えていて、「携帯使っていいよ」と差し出してくれた。トラベラーズチェック受取り先のバンコク銀行の電話番号はわかっていたので、彼に電話してもらって、住所を聞いてもらうことにした。
彼は快く引き受けてくれて、あっけなく住所を聞き出してくれた。
昨日、あれだけ苦労して見つけられなかった僕らは、少し拍子抜けしたけど、ゆりはうれしさのあまり、少し泣きそうになっていた。
しかも、バンコク銀行は歩いていける距離にあるそうだ。
僕らがアメックスの人から聞いていた住所はRAJADAMEON ROADで、実際の住所はRATHADAMNOEN ROADだった。もともとタイ語の道の名前を、アルファベットで表記しているため、こういう違いが出てきたのだろう。おかげで昨日はずいぶん苦労して不安な思いしたけど、見つかったから、まあいいや。

15分ほど歩くと、念願のバンコク銀行を発見。ここでもゆりは感激していた。よかったねえ。
銀行では、英語で書かれた書類に、いろいろ記入しなくてはならなかった。僕らは一つ一つ電子辞書で調べて空欄を埋めていってたんだけど、担当のおばちゃんは、とてもイライラして、強い口調で「これは何々を書くんだよ」と言ってくる。いつどこで盗られたかを書く欄に、僕が「バンコク」と書くと、おばちゃんは切れて「バンコクたってめちゃくちゃビックなんだよ。あんた、どこで盗られたの?ツーリストバス?じゃあ、チェンマイからバンコクへのバスの中でって書けよ」とイングリッシュでまくし立てる。
僕が「はいはい、怒んないでよ」と日本語で何度も返していると、となりで僕らと同じように再発行の手続きをしていた欧米人が、だいぶウケていた。日本語がわかるらしい。

なんとか書類を完成させ、ついに新しいトラベラーズチェック3000ドルが発行された。すぐ100ドル札30枚全てに、自分の名前を書かされた。僕は絶対タイ人には真似できないようにと、くねくねした汚い「日阪真吾」の文字を30回書いた。でも、よく見るといつもの字だったけどね。
トラベラーズチェックはすぐに腰巻の貴重品袋にしまった。やはりかさばって腹が少し膨らんだけど、その厚みがなんかうれしかった。ようやく返ってきたんだと実感した。
手数料も1バーツもかからず、さすがアメックス。
最後におばちゃんが「いい旅をしてね」と笑顔で言ってくれた。なんだ、いい人じゃん。

助けてもらった兄ちゃんに、すぐ報告しにいった。彼は、僕らがどういう状況だったのか、何しに銀行に行ったのか、たぶんあんまり理解していなくて、「あなたのおかげで僕達ほんと助かりました。旅を続けることができます」と言うと、「僕のおかげ?ああ、そうですか。」と言っていた。彼は日本の絵に興味があり、店にも富士山の絵を描いていたので、僕らは江戸時代っぽい絵と柄の入ったTシャツをお礼に渡した。彼は「ぼ、僕に。どうもありがと」と言った。
こちらがありがとうだよ。

いやあ、ここ数日の胸のつっかえがようやく取れたよ。

皆さん、いろいろご心配おかけしました。
どうやらまた旅を再開できそうです。

IMG_0039copy.jpg
僕らのヒーロー


 
これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。

カツを選ぶわけ
トラベラーズチェック紛失発覚の翌日。やはりちょっとお出かけという気分にはなれなかった。ゆりは土日に開かれる巨大マーケットを楽しみにしていたから、かわいそうだ。

明日、バンコク銀行で再発行してもらえることになっているので、今日はとりあえずその場所だけ確認しておくことにした。
銀行の住所と電話番号は聞いてたので、すぐ見つかるかと思いきや、ところがどっこい、なかなかだよ。
警察に行ってもほとんど相手にされず、(ほんと日本の警察は親切だと思う)インターネットで調べても出てこない。銀行に電話したけど繋がらない。たぶん日曜日だから。もう一度アメリカンエキスプレスに電話したら、「今、詳しい事はわからないから、明日朝に電話して」だそうだ。

連日、暑い中歩きまわり、こんな調子なので、2人ともだいぶうんざりして「絶望的だね」とカラ笑い。

僕にとっての本当の絶望は、9年前のバンコクだ。世界中を旅することを夢見て、高校卒業後、3ヶ月ガードマン(交通整理)のアルバイトをしてお金を貯めた。そして、いよいよ旅に出て4日目、一瞬のうちにほとんどのお金を持っていかれた。一瞬で世界旅行の夢が終わった。
警察も何もしてくれず、1人で暑いバンコクの町を数日歩き続けた。もしかしたら犯人たちの家を見つけられるかもしれないという思いで。
無駄だとわかっていたけど、そうせずにはいられなかった。
疲れた体で薄暗いゲストハウスに戻り、ベッドに寝そべって、汚い天井を呆然と見ていた。気持ちの整理なんて出来なかったなあ。30万円近い金額は19歳の僕には簡単に割り切れるものではなかったしね。
あの暗い部屋で見た汚い天井が僕にとっての絶望だった。でも当時の僕は、たぶん絶望という言葉を知らなかったと思うよ。

でもまだ10万円ちょっと使えるお金が残っていて、結局、その後半年、旅を続けることができた。そして、いろんな人と出会い、僕の心は癒されていった。
どんな時でも希望を捨てちゃいけない。ちょっと、大げさだなあ。

夕食は日本料理を食えるとこに行った。こんな時は、うまいもん食って元気にならんとね。
カツカレーを選んだ。前、日本料理屋に行った時はカツ丼だった。
そんなカツ好きだったかなあ。ちなみにゆりもカツ丼を食べた。
やっぱ試験の前や取り調べやトラベラーズチェックを盗られた時はカツに限るぜ。



これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。

バンコクの悪夢 再び
「ない、ないよー」

ゆりの叫び声と共に長い一日が始まった。どうやらトラベラーズチェックが無いらしい。

え?トラベラーズチェック!?(旅行小切手のこと)

ゆりは折りたたんだアジアの地図の中にそれを隠して、バックの奥にしまっていたんだが、それが無いと言うのだ。チェンマイを出る時には確かにあったらしいのだが。
嫌な予感がした。
今度は自分のバックをあさり、コラートでゲンちゃんと買ったタイのエロ本をひっぱり出した。

「な、ない。トラベラーズチェックがないよ~」

サーっと血の気が引いていくのがわかった。
確かにチェンマイを出る時はあった。この宿か?いや、違う。ツーリストバスだ!きっとそっちの方が確率は高い。
一瞬、僕のエロ本をバックから取り出し、「あったぜ、トラベラーズチェック。こいつエロ本に挟んでやがった。とんだスケベ野郎だぜ」と笑う犯人の顔が浮かんだ。

トラベラーズチェックは、それ自体では使えない。2つサインするとこがあって、事前に1つだけ自分の名前を書いておく。そして銀行や両替屋に行き、その場でもう1つのとこにサインし、同じ筆跡であれば現地通貨と両替できるという仕組みだ。
失くしても再発行が効くのが売りだが、もう紛失して丸1日以上たっており、犯人が使っている可能性が高い。筆跡なんて何とでもなるだろう。その場合は、再発行してもらえるかどうかわからない。2人合わせてちょうど3000ドル。(37万5千円くらい)で、でかい。

パニックになっていた。この感じ、9年前のトランプ詐欺で30万円近く盗られた時に似ている。しかも同じバンコクで。懐かしいなあって、そんな場合じゃない。一体何の因縁だよ。

何はともあれ、まず発行元のアメリカンエキスプレス(アメックス)に連絡しなければならない。番号はわかっていたので、宿からかけるがいっこうに繋がらない。宿の人は「今日土曜だから休みだよ」とか言う。
いや、そんなはずはない。無休で受け付けているはずだ。
だんだんイラついてくるのがわかった。

仕方ないので、とりあえず近くの警察にいった。しかし「うちの管轄ではない。40分ほど行ったツーリストポリスに行きなさい」と言う。
「まず、アメックスに連絡したいから、何とかしてくれ」と貧弱な英語で伝えると、公衆電話でかけろと、タイの営業先の番号を教えてくれた。
何も手伝ってくれねえんだなあ、とブツブツ言いながら電話をかけると、今度は繋がった。しかし、タイ語。その後英語。ブワ~っと英語で話されるも、成す術ナシ。「アイム ジャパニーズ」と言うことしかできない。これで中学生に英語教えてたなんて、恥ずかしくて言えないよ。
訳のわからないやり取りがしばらく続いた後、斉藤さんという日本人の方が出てきた。仏に思えた。

盗られた状況や金額、実家の住所や今の滞在先などいろいろ聞かれた後、しばらく待たされた。
その間、胸のドキドキは収まらず、身体も強張っていた。深いため息が自然と何度も出る。
その後、「これからツーリストポリスに行って、盗難証明書を作ってもらって、その用紙の番号と担当者を教えてほしい」と言われた。
ここで、ようやくずっと聞きたかった質問をした。

「それでなんですが、再発行、してもらえるのでしょうか?」

まさに固唾を呑んで、斉藤さんの次の言葉を待つ。
彼は落ち着いた声で「はい、再発行されます」と言ってくれた。やはり仏だった。
体の力が抜けた。でもやっぱり実際もらうまでは完全には安心は出来ない。

何も食べていなかったので、ちょっとフンパツして「サブウェイ」のサンドイッチを食った。若い日本人の女の子たちが何やら店内ではしゃいでいた。よく見る普通の光景だったけど、今までとは全然違う印象を受けた。それは自分でもよくわからないけど、羨ましかったのかもしれないし、「お気楽だね」という皮肉だったのかもしれない。

ツーリストポリスへはタクシーで行ったが、違うとこで降ろされ、そこで教えてもらったバスに乗ると、全然方向違いだった。ゆりは「もう誰も信じられない」とボソッと言った。タイ人恐怖症に陥ったようだ。(おっうまい!)

何とか着いたツーリストポリスでは日本語を話すタイ人のおばちゃんが対応してくれた。最初に「何でそんな貴重なものをバックにしまっておいたの」と怒られた。
まったくその通りなのだ。非は僕らにあった。パスポートや現金は、いつも腰巻に入れて身につけているんだけど、トラベラーズチェックはかさばるという理由で入れてなかった。再発行効くだろうという甘えがあった。

僕が報告書を書いている時、ゆりはツーリストバス関連の犯罪者リストを見せられていた。9年前も、同じようにトランプ詐欺の犯人の写真見せられたなあ、見つかんなかったけど、と思い出していたら、ゆりが叫んだ。

「この人、この人です」

口ひげが生えている男がいた。僕も見覚えがあった。あいつか、くさ毛布を持ってきた野郎だ!
おばちゃんが「こいつは有名な悪徳運転手で、最近もこいつにやられた人がいたよ」と教えてくれた。
教訓を学んだ。くさ毛布を持ってくるバスには気をつけろ。

ツーリストポリスでは、日本の「TVチャンピオン」が流れていて、折り紙選手権が放送されていた。みんな作品が出来るたびに「おお~」と歓声をあげていたので、じゃあ、僕が鶴を見せてやろうと思い、作ろうとしたけど、作れなかった。

最後におばちゃんが「声をかけてくる人にはついていっちゃダメだよ。そこでブラックジャックを教えられ、金を賭けさせられて、騙し取る詐欺がよくあるの」と注意してくれた。なので「僕、9年前にそれで30万近く盗られました」と言うと、「まあ、本当?でも、まだかわいいものね。最近30過ぎの日本人が、同じ詐欺で400万バーツ盗られてたわよ」と教えてくれた。
400万バーツ(1400万円くらい)。たぶん僕の聞き間違いか、おばちゃんの勘違いだと思う。だけど、事実だったらとんでもないことだ。

またバスに乗って宿にもどり、アメックスに電話し、盗難証明書の番号と担当者の名前を告げた。最後にもう一度「再発行するんですよね?」と聞くと「3000ドル再発行することになっています」と言われ、ホッとした。もう辺りは暗くなり始めていた。
ゆりが「勝因は、しんごのくねくねの字のおかげじゃない?」と言った。
IMG_0030copy.jpg




これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。


笑うしかない
一週間滞在したチェンマイを離れ、再びバンコクへ。
ゲストハウスのおばちゃんと子どもたちが、バス停まで車で送ってくれた。
「ユーアースペシャル」と言っていたので、特別待遇だったのかもしれない。長く滞在すると、それだけ人と親しくなれるし、その町も忘れられないものになる。

バンコクへはバスで11時間。初めての夜行移動だ。ツーリストバスだったので、ゆっくり眠れるだろうと思っていたけど大間違い。
最初に、ちょび髭のおっさんが膝掛け程度の毛布を持ってきたんだけど、その1枚が異様に臭い。その周辺一帯を汚染するほどのにおいの強さ。
僕が小学校1年の時、給食の牛乳をこぼしてナフキンを汚してしまったことがあったんだけど、怒られるのが嫌で、それを自宅の自分の引き出しの奥に隠しておいた。しばらくしてそいつを嗅いだら、もう死ぬほど臭かった。そいつに似ていた。
くさ毛布は上の棚に押し込んでおいたんだけど、時々モワーっと臭いがもれてきた。よくこんなの客に渡すよ、ほんと。

さて、そろそろ寝ようかと思った時、頭の上に何かが落ちてきた。水だ。何でだ?と思っていたら、またポツリ。ちょうど雨が降っていたので、もしや雨漏りか?とも思ったけど、どうやら冷房から来る水滴と判明。一晩中ずっとポタポタ。寝れねー。

そしてやはり最後にはヤツがきた。便所の臭い。時々ションベン臭いのが下からモワッとやってくる。(客は2階で、1階は便所と荷物置き場)しかもそのトイレ、便座が取れており、汚くて腰をかけれる状態じゃない。ゆりはかわいそうに、全然トイレが使えなかった。
トイレとして使用できない、ただ臭いだけのトイレ。世の中にこれほどジャマなものは無いのでは、と思った。

上からは腐った牛乳と水滴、下からはションベン臭。あまりにひどいので、怒りを通り越して、2人で笑ってしまった。
快適さを求めることが間違ってるのではとさえ思った。
もちろんほとんど眠れず、朝5時にバンコクに到着した。

チェンマイで、僕らは最後に荷物を預け、バスに乗り込んでいたので、当然最初に荷物が出てくると思いきや、逆に1番最後に出てきた。おかしいなと思ったけど、それほど気にしなかった。

宿で少し寝た後、ビザ(入国査証)を取るためにカンボジア大使館に行った。この旅初ビザだ。大使館に行くと、大使館が移転していて無いというハプニングが起こったが、何とか受付ギリギリで新しい大使館に到着し、無事にビザをとることができた。
夜には、古本屋でカンボジアとベトナムのガイドブックを購入。いよいよタイとの別れの日も近づいてきた。
まだ見ぬカンボジアに胸を躍らせ、明後日にはカンボジアの地を踏んでいることを疑いもしていなかった。
この夜までは・・・。


これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。

ピタ秘書制服を探せ
僕らの隣の部屋に、大学生と思われる日本人の男の子2人が一泊だけしていった。少し世間話をしたんだけど、2人はチェンマイに来る時に知り合い、部屋をシェアしたそうだ。こういうことは、部屋代が半額になるので、バックパッカーの間ではよくあることなんだけど、2人が出て行った部屋をふと覗いたとき、少し驚いた。ダブルベッドだったのだ。シェアするにしても、ベッドが2つある部屋を普通選ぶだろう。今、宿は客が少ないので、埋まっていたということはない。
う~ん。

今日はチェンマイ大学に行った。ちょっとタイの大学生をつかまえて、アカデミックな話や、国際平和についての意見交換でもしてやろう、ということではもちろんなく、女子大生の制服を見に行ったのだ。
そう、タイでは大学生でも制服があり、しかも、それがえらくセクシィーなのだ。黒のミニスカートに、ピタッとした白のブラウス。体のラインがはっきり出るので、ちょっとスレンダーな子が着ると、色っぽく且つ美しい。僕の勝手なイメージだと、髪がながく、賢そうに見えるメガネをかけた美人秘書って感じ。

旅人に聞いた話だと、大学1、2年生では、まだそれほど短いスカートは穿いていなくて、3年、4年と上がるにつれて、スカートの丈も短くなるみたいなのだ。「あなたたちにはまだ早いのよ」と上から圧力でもかかるのだろうか。
また、彼女たちは大学が終わった夜でも制服を着替えないで屋台とかで飯を食うし、学校のない日でも制服を着て出かけるそうだ。どうやら女子大生の制服は1つのステータスになっているらしい。

どこまでが事実なのかはわからないけど、とにかくセクシィーなのは何者にも変えられない事実であり、そのセクシィーが集団でいるとこを見たいがためにチェンマイ大学を訪れたというわけだ。

チェンマイ大学はバカでかく、校内では移動バスが走っていた。熱帯の木やブーゲンビリアなども咲いていて、僕が行っていた沖縄の大学を思い出させた。
最初に着いたのは工学部で、ちょっとオシャレなカフェに入った。が、ほとんど男で、数少ない女の子も男みたいなカッコをしていた。なので、すぐにそこを去り、隣の教育学部に。今度はたくさん制服の子がいたが、どう見ても高校生。どうやら付属高校みたい。
「僕が見たいのはピタ秘書制服なんだ」と次は芸術学部へ。今度は、いかにも芸術家の卵といった、個性的な髪型や服装をしている子たちがいた。でもそんなの求めてねえ。
最後の頼みは人文学部。学食に行って、ご飯を食べつつ観察したが、半分くらいはTシャツにジーパン。制服を着ている子もスカートの丈が長かった。

なぜだ、話が違う。町では結構見かけるのに、なぜ大学にいないのだ。ステータスじゃないのか。
だんだんと怒りがこみ上げてきたが、怒るとこではないと気づき、冷静に努めた。
ゆりが何かで読んだらしいんだけど、最近はスカートの丈を規則で厳しく取り締まっているそうなのだ。それが本当なら、断じて許せる話ではない。
僕らが見かけた大学生は、とっても幼く見えたので、たぶん1、2年生だ。僕の予想では、きっと3、4年生のピタ秘書制服を着た女子は、制服専用の部屋が用意されていて、そこで学問に打ち込んでいるんだろう。

とにかく、残り短いタイ滞在の間に、制服についての事実解明と、資料としての写真の確保に全力を尽くそうと、心に誓うのだった。

IMG_0016copy.jpg
バイクに乗りつつ、後ろのゆりが隠し撮りしてくれた貴重な1枚。


これ毎日クリックしてたら、何やらいいことあるってよ。



おばちゃん、仕事して
2日たってもぞうさんアレルギーの痕は消えず、痒い。ボコボコこそひいたが、今は赤い点々がいっぱいある。しかし、この点々を掻く度に、ぞうさんとふれあった時間が思い起こされ、僕は夢の世界に飛んでいくのだ。
今日はまたぞうさんに会いたくて動物園に行ったけど、ぞうさんには会えなかった。ふれあいも無かったので少し物足りなかった。ただオラウータンはすごかった。

宿の従業員たちは賭けトランプにはまっているようだ。ゲーム中、笑いなんて一切おこらない。マジ顔そのもの。ゲームの様子をちょっと見てたけど、僕の知らないやつだった。タイで流行っているんだろうか。

チェンマイでの滞在も6日が過ぎた。ゆりは今までで一番ここが気に入ってるみたい。食事がうまくてバリエーションが多いのがでかいみたいだ。確かに、ラオスは人や自然はステキングだったけど、食事の面ではちょっと、というのが正直なとこ。長期滞在するなら、やっぱご飯はおいしくあってほしいと思うよね。
昨日はようやく「タイスキ」を食べた。あれはすき焼きではないね。鍋だ。おいしかったよ。好きな具材を選んで、タイのタレにつけて食べるん。でも、このくそ暑いときに、何で鍋なんて食ってるんだろうと、ふと思った。
後、カオソーイというカレーうどんを辛くしたようなやつがまたうまい。ラオスにも同じ名前の麺料理があっけど、全然違うものだった。僕はタイの方が好き。

こう居心地がいいと、リタイヤした後はチェンマイで、と思う人も多いようだ。そりゃ、あったかいし、安いし、食べ物はうまいし、比較的安全だし、それにぞうさんがいるんだから当然だ。
チェンマイの日本語のフリーペーパーに書いてあったんだけど、最近は50や60代の一人身の男性のロングステイが多いんだと。しかも1年くらいたつと、30歳くらい年下の女の子とつき合って、同棲したりする人がたくさんいるんだとか。
日本じゃ芸能人ならまだしも、一般の人の年の差カップルは奇異な目で見られるだろうけど、タイはほら、ゲイでもおかまでも何でも受け入れちゃう器のでかい国だから、別にみんな気にしないみたい。タイ人は他人の私生活にはあまり関心がない、とそれには書かれてあった。

その記事の筆者自身、リス族の若い女性と結婚していて、堂々と「お金があれば誰でも結婚できる」と書いていた。リス族の方からすれば、同じリス族の貧しい青年に嫁がせたところで、貧しい生活は変わらない。それなら、ちょっとおっさんでも、お金の持っている日本人の方が夢が見れる、と考えるんだって。
ゆりはその記事を読んで「そんなに若い女がいいか!」と、少し怒っていた。なので、「僕は君がいいよ」と言っておいた。(ウソ)

チェンマイのカオソーイ
DSCN3665COPY.jpg

ラオスのカオソーイ
IMG_1633a.jpg

タイスキ 海老ワンタンがうまかった
DSCN3616COPY.jpg

僕、オラウータン
DSCN3646COPY.jpg

僕、コアラ
DSCN3634COPY.jpg

ぞうさん、お鼻が長いのね
朝6時半、ゲストハウスのロビーに行くと、従業員のおばちゃんたち4人がトランプをしていた。朝一トランプ?なぜ?じゃあ、徹夜トランプか?そんなに楽しかったのか?

僕らが今日早起きしたのは、他でもない、ぞうさんのためだ。チェンマイの町から26キロ行ったとこにエレファントキャンプというぞうさんのテーマパークがあって、8時と9時50分にぞうさんのショーがあるのだ。(ハイシーズンには13時50分にもあるみたい)
何でそんなに早いんだよ、と言いたくなるが、きっとそれはぞうさんの都合によるのだろう。じゃあ、どうせなら早く行って、最初のフレッシュぞうさんを見ようじゃないか、ということになったのだ。実は、僕はこのぞうさんのショーを、チェンマイで一番楽しみにしていたんよ。

まだ静かな町をバイクですっ飛ばし、いとしのぞうさんの元へ。ショーの開始前に無事到着した。ちょうどぞうさんの朝飯タイムで、草をムシャムシャ。目に何とも言えない哀愁を漂わせていた。
僕らの他に、客はタイ人の家族連れ1組しかいなかった。ほぼ僕らのためのショーじゃないか。ステキング!

さあ、ショーが始まった。結論から言えば、もう楽しくてしょうがなかったよ。
象使いの人が、サイドからパスしたサッカーボールを、ダイレクトシュートで見事にゴールネットに突き刺す。僕らでも難しいよ。
さらに、ぞうさん対ぞうさんの夢のPK対決。キーパーぞうさんもちゃんとボールをはじき返して、ゴールを死守していたからあっぱれ。
後、鼻の先でハーモニカを挟み、それを吹きながら、数十頭のぞうさんが体をゆすったり、鼻をグルグル回したりする光景は圧巻だった。極めつけは、まさかのお絵描き。鼻でペンを持って、これまた上手に描くんよ。完全に僕より上手かったよ。

ショーが終わると、ぞうさんとのふれあいタイムがあったんだけど、客がほとんどいないから、もうふれあいまくれた。写真を一緒に撮るとき、ちゃんと僕の体に鼻を巻きつけてくれた。ほんと、賢いよ。
もう大感激、大満足。早起きしてよかったあ。

あまりにかわいいので、大きくなったら象使いになろうかと、真剣に悩んだ。
何でも、チェンマイの南の方に、ランパーン象保護センターというのがあって、そこでぞうさんと象使いのトレーニングができるみたいなのだ。基本トレーニングが3ヶ月で終了するんだけど、料金は破格の3万バーツ(10万円くらい)。しかも、ぞうさんの3ヶ月間の大量の食事や象使いの宿泊代も込みという。ぞうさんは30万バーツ(100万円くらい)で買えるみたいなので、旅の資金を充てれば何とかなる。ただ、ぞうさんは、その後の食事代がすごいらしいのだ。大人ぞうさんの一日の食事は平均200㌔、水100㍑。ちなみにうんこは50㌔するそうだ。こりゃ1日でも大変だぞう。

そんなことを考えつつ、結局2回目のショーも見た。今度はすっごい客の数。僕らさっき、ぞうさんとめっちゃうれあっちゃったもんねー、と優越感に浸りながら、またショーを楽しんでいたら、体に異変が。さっきぞうさんと触れ合ったところが痒い。いっぱつツブツブが出来ていて、しだいにでかくなり、ボコボコしてきた。
ジンマシン?ぞうさんカブレ?ぞうさんアレルギー?
特に左腕と左わき腹がひどい。ぞうさんの鼻のせいなのか?そういや鼻水もさわったもんな。写真撮るとき、左耳に、ぞうさんが息を「ブォー」と吹きかけてきて、くすぐったくて喜んでたんだけど、そのせいで左側だけ痒いのか?

何にせよ、ぞうさんとの相性が良くないことが発覚し、愕然とした。
「お前はダメだぞう」と象使い失格の烙印を押された気がした。
もうヘコむやら痒いやら。バイクの後ろのゆりに体をかいてもらいながら、帰路に着く僕だった。

宿に帰ると、ロビーでおばちゃんが爆睡していた。やっぱり徹夜の方か!

絵を描くぞう
IMG_1856copy.jpg

ゴールを死守するぞう
IMG_1908copy.jpg

ハーモニカに合わせて踊るぞう
DSCN3577copy.jpg

バナナを食べるぞう
IMG_1874copy.jpg

帽子をかぶせてあげるぞう
IMG_1892copy.jpg

痒くしてやるぞう
IMG_1888copy.jpg


ホッとスプリング
3週間ぶりに髭を剃ったら、鏡の前に爽やかな好青年が現れた。
宿の人に「フーアーユー?」と言われた。

今日もバイクを借りて、町から1時間ほど行ったとこにある温泉に行ってきた。
温泉といっても、日本のようにみんなで入るやつじゃなくて、1つ1つ区切られた個室だった。女子便を広くした感じかな。入ったことないけど。
タイの人はみんなで風呂に入ることなんてあるんかな。もしかしたら、日本の銭湯や温泉にびっくりするんじゃないだろうか。

個室の中には木で出来た浴槽があって、自分で湯を溜めて入る。
久しぶりの湯船だ。「はあ~」思わず深い息が出た。やっぱ気持ちいいわ。
湯はちゃんと温泉水で、少し体がヌルヌルし、たまごの白身のにおいがした。
芯からあったまった体で、暑い屋外に出ると、もうびっくりするくらい汗が噴き出てきて、Tシャツを湿らせた。うん、気持ち悪い。うん、意味ねえ。
タイに温泉は必要か、新たな問題に頭を悩ませ、来たときよりも臭くなって、また同じ道を帰るのだった。
IMG_1778copy.jpg

IMG_1784copy.jpg

DSCN3563copy.jpg

IMG_1792copy.jpg

IMG_1798copy.jpg



ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。