クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
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これこれこの味
朝起きてうんこをしたら、ちゃんと固形物が出た。
何だったんだ、昨日のは。

チェンマイには9年前にも来ていたので、すごく懐かしかった。
去年ミクシィーで再会したイトさんや、今は連絡をとっていないけど、インドでまた会い、パキスタンの風の谷フンザまで一緒に旅した遠ちゃんとこの町で出会った。彼らと過ごした時間が蘇る。
初めての土地を旅するのももちろん楽しいが、こうやって昔旅したところを訪れるのも、なかなかいいもんだ。

イトさんと必死で自転車をこいで行った、町から16キロ離れた山の上にある寺に、今回はバイクをレンタルして訪れた。道や風景は何となく記憶に残っていた。こんなにすごい坂道を登ったのかと、当時の僕らに感心する。
その後、さらに山の奥にバイクを走らせ、前回行けなかったメオ族とモン族の村を訪れた。
メオ族の村は完全に観光客向けになっいて、なんだか京都や奈良の土産物屋さんみたいだった。でも、これだと遠慮もいらないので気が楽だった。
モン族の村はえらい奥地にあって、道も悪く、かなり苦労してたどり着いた。僕ら以外、観光客はいなかった。
バイクを村の手前に置き、こそっと村を回らせてもらった。
写真を撮ろうとすると逃げ回ったりする子や、僕らを見て家へ逃げ帰ったりする子がいたりして、これまでの子どもたちと違った反応だった。
大人の人も何だかめずらしそうに僕らを見ていた。
「外国人だよ、何しに来たんだ」と思われないように、出会う人出会う人に、すっごい笑顔で「サワディカーッ」とタイ語であいさつした。
でもやっぱりウロウロすると悪い気がして、あんまり長居せずそそくさと帰ってきた。帰りに雨に打たれた。

観光化された村とそうでない村。どちらの村の人々の方が幸せなんだろうか。

今日で日本を出て一ヶ月が過ぎた。だからという訳ではないけど、夕飯に日本料理屋に行って、カツ丼定食を食べた。久しぶりの日本米と味噌汁は、やっぱうまかったなあ。

この一ヶ月で使ったお金 12万8850円
下痢した日数 5日
目撃した化粧中学生 3人
欧米人に「欧米か」と言った回数 156回
トゥクトゥクのおっさんに「あほ」と言った回数 47回
ヒゲを剃った回数 1回
眠れない夜 6夜

これら全てプレイスレス!

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サルボッキカラホチル
ギュルルルルー

トイレに駆け込む。下痢、再びである。
「下痢は忘れた頃にやってくる」とは、よく言ったものだ。
しかも今回のはけっこうひどい。
昨夜、知り合った日本人の人たちと夕食を共にしたんだけど、その短い時間で2度トイレに行った。席を外すのは申し訳ないと、けっこう我慢してそれである。

困ったことに、今日は再びタイに入国し、5、6時間バスに乗って、タイの古都、チェンマイに行く予定なのだ。
予定を変更してもいいのだが、下痢のためにとは何かシャクだし、いつ治るかわからないのを待つのも嫌だ。
しかし、5,6時間の移動が耐えられるのか。昨晩のことを思うと、腹が、いや頭が痛い。

1つの案が浮かんだ。チェンマイにいく途中にあるチェンラーイまでまず行き、そこで用を足し、今度はそこからチェンマイ行きのバスに乗るのだ。2、3時間なら何とかなるかもしれない。乗り換えは面倒だが、漏らすよりはましである。

ラオスのフエサイからメコン川を挟んだタイのチェンコーンへの国境越えは、小さな渡し舟で渡った。
タイのイミグレーションでチェックされているとき、入国審査官が「サルボッキカラホチル」と言ってきた。なんだか険しい顔だ。
2回目のタイ入国には何か必要なのか?帰りの航空券を見せろと言っているのか?少し焦る。
またしかめっ面で「サルボッキカラホチル」と言う。
ん?日本語か?あ~あ~「猿も木から落ちる」ね。なるほどなるほど、よく知ってるねぇって、こっちはそれどころじゃないんだよ。何、諺を言ってんだよ。しかも怖い顔で。と思いつつも、日本語が通じたおじさんがやたらうれしそうにしてるので、「オー、ユーノウ、ベリーマッチ」と笑顔で返した。

無事タイに再入国した僕らは、いよいよ第一関門のチェンラーイ行きのバスに乗り込む。どうやら2時間半かかるらしい。
ゆっくり動き出したバスは、そのままゆっくりだった。時速10キロといったところか。今度はスローバスかよ。
一体どういうことなんだ。こっちは一時でも早く到着したいのに、何やってんだ。
10分たっても同じ調子だったので、堪らず運賃を徴収するおばちゃんに「ワイ スローリー?」と聞くも、通じず。運転手の嫌がらせにしか思えない。はたまた、うんこの神様のいたずらか。
結局30分近く10キロで走り続けたバスは、その後普通に動き出した。ほんと意味がわからないよ。

2時間が過ぎ、これならいけると思った矢先、腹に変化が起こった。まさに「下痢は忘れた頃にやってくる」だ。

ギュルルルルー

き、来た。抵抗できないやつが。
気休めとわかりつつも腹に手を置き温め、肛門を引き締める。
少し腹も痛い。これは、ピ、ピンチだ!

30分、地獄のような時間を過ごした後、ようやくバスは時間通りにチェンラーイに到着した。あの、スローな時間さえ無ければ、こんなに苦しまずにすんだのに。
そっこートイレに駆け込んだ。水ためにボーフラがくねくねしていたが見ないフリをして、桶で水をすくい、お尻を洗った。

1時間の休憩後、今度はチェンマイ行きのバスに乗り込む。3時間もかかるようだ。
今度は漏らすかもしれない。憂鬱な気持ちだったが、それが一気に吹き飛んだ。バスの後ろにトイレが。
助かった。雪山で遭難して、やっと助けがきたような感じだった。これで大丈夫。
ふと、以前乗ったうんこバスのことが頭に浮かぶ(説明しよう。うんこバスとは、誰かがうんこをすると、エアコンの空気口からうんこのにおいが流れてくるバスのことである。)が、漏らすよりはましだ。

こうなると不思議なもので、あまり腹も痛くならなかった。到着の直前にまたやつが来たが、結局、宿泊するゲストハウスまで我慢できた。

こうして僕の長い戦いが終わった。

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ただいま、国境通過中。
メコン川 ボート2日間の旅
スローボート1日目

ルアンパバーンからメコン川をスローボートで上り、タイとの国境の町、フエサイに向かった。途中パグペンという町に1泊する、2日かけての移動だ。

バスのくねくねに少し辟易していたので、今回の旅初のボートでの移動に少し胸が躍っていた。
ただ、僕はスローボートを少しなめていた。
星野のスローカーブですら90キロは出てるんだからと、高を括っていた。

ゆっくりと動き出したボートは、ずっとゆっくりだった。20キロそこらといったところか。
車の運転と時わずらわしい、制限速度を守って走る原チャリより遅い。
スローカーブとスローボートのスローは違うことを学んだ。あと、たぶんスローフードも違うと思う。

ただ、ボート自体は悪くなかった。眺めもよかったし、風も気持ちいい。メコンもゆったりと流れているのでボートはほとんど揺れず、昨日から読み始めた「クライマーズハイ」という小説を一気に読み終えた。
それに、いくら速度が遅くても、時間通りパグペンに着いてくれればいいわけだし。

しかし、運行予定時間の6時間を過ぎても、いっこうにパグペンは見えてこない。7時間、8時間と過ぎたころ、ふと気がついた。僕が見た6時間というのは、下りの時間だったのではないだろうか。
同じルアンパバーン~パグペン間でも、当然川を上るのと下るのでは時間が違うはずだ。

9時間を過ぎたころ、ようやくパグペンに到着したのだが、やっぱり最後の3時間がつらかった。
彼女が待ち合わせに「1時間遅刻する」とメールを寄こし、実際には50分で来るのと、「ちょっと遅刻する」とメールを寄こし、実際には50分で来るのと似ている。

港で明日フエサイまでの時間を聞くと「9時間」との答えが返ってきた。
「明日もかよ」辟易したのは言うまでもない。

スローボート2日目

早朝、チケット売り場に行くと、昨日僕らの前に座っていた欧米人カップルが何やらもめている。どうやらスピードボートのチャーター料を交渉しているようだ。それに乗ると、僕らが今日9時間かけていく予定のところを3~4時間でいくらしい。結局4000バーツ(14000円くらい)近く出してボートをチャーターし、僕らの乗ったスローボートの横を、颯爽と走り去っていった。
そんなに嫌だったのか、このスローボート。(ちなみにスローボートの値段は2人で2500円くらい)

この日は最初から9時間の心の準備ができていたので、昨日のようなことはなかった。
もう読む本がなかったので、少し前に読んだ「アヒルと鴨のコインロッカー」を再び読み出す。ちょうどフエサイに着く3分前に読み終えた。おかげであっという間だったよ。

僕らの近くには、子供たちだけで船旅をしている3人兄弟が座っていたので、途中おかしをあげたり、バナナをあげたり、しようとしたけど全て「いらない」と言われた。「写真を撮るよ」とアピールしたら、全員にそっぱ向かれた。泣きたくなった。

このようにして、18時間以上におよぶ船旅が終わった。めでたし、めでたし。
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上級者現る
市場でボディソープを探してたら、鼻をめっちゃほじってる女の子に出会った。
女の子といっても高校生くらいだ。人差し指の第一関節くらいまで入れてゴソゴソほじっている。周りに人がいるにもかかわらず、気にしていない様子。
どんだけ奥に鼻くそつまってんだと思って見てたら、目が合った。
しかし、彼女は鼻から指を抜こうとせず、僕の方を見て鼻をほじくり続ける。僕の方が目をそらしかけたくらい。
す、すごい。上には上がいる。

今日はレンタサイクルで近くの村などを散策した。
途中すごい音量で音楽が流れているところがあった。
こんな静かな村でどこのバカやろうだ、と思って近づいていくと、それほど大きくないテントの中で、村の人々が踊っていた。しかもおじさん、おばさんばっかり。
う~ん、なんだろう、これは。ダンパか?
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またしばらく行くと、紙すきをしている店があった。
実は僕、高校2年のとき、紙すき部やってん。1つ上の山藤くんたちと一時期はまってたんよね。(部活動がなかった僕らの高校では、みんな勝手に部をつくるのだ。例えば、乳首の位置を当てて「ゲットー」と叫ぶゲット部など)
懐かしくて覗いてみると、ハンマーで木の皮の繊維をつぶしたりと、僕らがやっていたやり方で紙をすいていた。なんだかうれしかったよ。
星高山でガンピの木の皮とったり、必死になって表面の黒い皮とったのを思い出した。もう10年以上も前のことだ。
月日がたつのは本当に早い。

鼻くそ、ダンパ、青春の日々と、なんだか甘酸っぱいような、ほろ苦いような、そんな一日。

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でもゼロふたつはいらんよね
前回のクイズの答えは、ハエを追い払うため、が正解でした。
肉とかになるとかるく100匹くらい群がってたよ。
残念ながら正解者はいなかったですが、審査員特別賞として、ひうこさんにはビニール袋に入ったハエを送っておきます。
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トゥクトゥクで、ルアンパバーンから30キロ離れたクワンシーの滝を見に行った。その帰り道のこと。

滝を出発してすぐに、若いラオスの女性と2歳くらいの女の子が相乗りしてきた。服はちょっと汚れていて、町の人ではないことがわかる。たぶんこの辺の村の人かな。
僕らは特に会話することもなく、50分かけてルアンパバーンへ向かった。

僕らの泊まっているゲストハウスの近くの市場で、女性がトゥクトゥクのおじさんに声をかけた。どうやら買い物にきたみたい。
トゥクトゥクを降りてから、彼女はおじさんと値段の交渉をし始めた。
僕らは普通乗る前に交渉するもんだから、へーっと思って見てたら、彼女がたぶん「600」と言ったのが聞こえた。おじさんは首を横に振って「ダメだ」と言っているみたい。
結局、1000キープ(13円くらい)払って、彼女たちは去っていった。

ちょっと待て、1000キープ!?

僕らはトゥクトゥクに乗る前に、さんざんねばって交渉して10万キープ(1300円くらい)だった。これはトゥーリストオフィスで聞いていた値段だったので、ボラれたわけではないと思う。
僕らを送るついでだから安く乗れたのかもしれないけど、この差はすごい。いかに旅行者で儲かっているかがわかる。

でも、僕が驚いたのは1000キープの方じゃなくて、彼女が600と言ったことだ。
ゆりのブログの「ゼロに悩まされる」の記事にも書いてあるとおり、僕らは安くても1000キープからの値段しか見たことなく、「ゼロみっつ、いらんくねえ?」とか言ってたんだけど、こっちの人の間ではちゃんと100キープ代の交渉もしていたのだ。(ラオスは100キープが最小)

毎日、宿代含めて23万キープ(3千円くらい)ほど使っている僕らにとって、1000キープ(13円)というのは、言葉は悪いけどはした金にすぎない。でもその1000キープを値切ろうとする村の人。

貧しいことは漠然とわかっていたけど、その度合いまではやっぱりわかってなかったようだし、今もわかっていないんだろう。

彼らにとって外国人の旅行者というのは、もうわけわからんくらい金持ってて、金を使う奴らなんだろうね。
そりゃ商売してたらボッタくりたくもなるよね。逆の立場だったら絶対そうするよ。だって、あいつらわけわからんくらい金持ってるもんって。

自分の置かれている立場が少し理解できたような、できないような、そんな1場面だった。


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大人たちに大人気の遊び。鉛の玉を投げて誰が一番小さな赤い玉に近づけるかを競う。カーリングみたいな感じかな。お金も賭けていて、みんな熱狂してたよ。
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あ~あ、やっちゃった。
早朝5時すぎ、ゲストハウスのロビーで寝ている人たちを起こさないように、こっそり出ようとする。が、結局、門の鍵が閉まっているため、お兄さんが起きて開けてくれた。なんだか悪いなあ。

なぜこんなにも早起きしたかというと、ルアンパバーンの名物ともなっている托鉢(たくはつ)を見るためだ。
托鉢とは、修行僧が鉢を持って町の中を歩き、ご飯などを恵んでもらうことで、人々もそのために早起きして食べ物を用意する。これは、こっちでは(タイでは)タムブゥンといって、徳をつむことになり、現世か来世かあの世かよくわからないけど、幸せになれると信じられている、そうな。日本の仏教とはまた違うみたい。

さて、まだ真っ暗な通りに出てみたものの、実は何の情報もなかった僕らは、どこで托鉢が行われているかもわからない。
しばらくすると、かごを持ったおばちゃんが近寄ってきた。どうやら、托鉢のための食べ物を売っているみたい。
いや、僕らはちょっと托鉢がどんなものか見てみたいだけだから、こんなのいいよって断ってたら、どんどん似たようなおばちゃんが集まってきた。完全に商売になってるんだ。
ちょっとまいった僕らは、1つ買えば許してもらえるかなと思い、仕方なく購入。もち米とピンクの何かよくわからないもの。

おばちゃんたちによると、どうやら6時ごろに、町のある程度大きめの道路を僧侶たちが歩いてくるらしい。
じゃあ、それまで待つかと、ベンチに腰を下ろしていたら、人々がどんどんある通りに集まっていくのに気づく。どうやらそこが一番のメインらしいと判断した僕らは、そっちの方向に歩き出した。

しばらく歩くと、おばあちゃんたちが数人、道に座っていた。すると、いきなり曲がり角から10人くらいの僧侶が現れた。
僕らは慌てて、おばあちゃんたちの横に座り、彼女らの真似をして、買ったもち米を僧侶の持っている鉢に入れていった。もち米は少しずつ分けて入れるみたい。
一応、これで徳をつんだ僕らだったけど、何か申し訳ない気持ちでいっぱいだった。こんなの真似ごとでするもんじゃないよね。すごく失礼なことをしたと、うかつに食べ物を購入したことを悔やんだ。
写真を撮りたかったけど、真剣なおばあちゃんたちにカメラを向けることはやっぱりできなかった。

僕らはそそくさとその場を去り、人々が集まる場所へ急いだ。
そこは、僧侶の数もさることながら、観光客の数がすごかった。バスも3台止まっていて、完全な托鉢ツアーだった。
もちろん、真剣に托鉢している人たちもたくさんいたけど、やっぱり僕らみたいにご飯を与える観光客もたくさんいて、参加しない人たちは写真をパシャパシャ。少し心が痛んだが、ここならいいかと僕らもパシャパシャ。
何だかなあ~。

よく見ると、僧侶たちはいっさい笑ってないし、さっきも書いたけど、ご飯を与える人たちも真剣。周りで僕らが騒いでるだけなんだよね。
うっとーしーだろーなあ。
たぶん、昔からずっと行われてきた儀礼なんだろうけど、世界遺産の登録もあり、観光客が増えて、こんなことになったんだろう。
旅行者の落とすお金で潤ってるルアンパバーンだから、もう観光の名物となっている托鉢を見に来る外国人たちに、邪魔すんなとも言えないのかなあ。

最近、観光の仕方になんだか悩むことが多いよ。
もう、明日から10時まで寝とこっと決心する僕らだった。

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クイズです。このビニール袋は何に使うでしょうか?ヒントは、屋台でよく見ます。

くねくね
今朝したおならは、こっちの便所のにおいがした。
こっちのモノ食ってると、こっちのにおいになるみたいだ。

5日滞在したバンビーエンを離れ、北のルアンパバーンへ向かう。
バスで6時間。地図で見るとビエンチャン~バンビーエン間とほぼ同じ距離なのに、倍の時間を要する。
しばらく走るとそれは納得がいった。だってずっとくねくね走るんやもん。
前も書いたけど、こっちは全然トンネルがないので、山の周りをバスは走る。だから、ずっとくねくね、くねくね。
昨日出会った化粧中学生ばりにくねくね。
しかも、並みのくねくねじゃない。ところどころに「シャープ カーブ」の看板があるくらいするどい。Uターンもざらだ。
それを6時間ずっと。僕、こんなにくねくねしたの初めてだ。

くねくねはかなりきつかったけど、景色はもうバツグン。山の上から見る緑の谷はすごかった。
そんな山の奥にもやっぱり小さな村がいくつもあって、たくさん子供が遊んでいるのが見えた。
家はカヤブキっていうのかな?三匹のこぶたのオオカミがひと吹きしたらとばされるやつ。そんなのが道路と崖の間にいくつも建っている。
裏口からダイブしたら谷へ真っ逆さまだ。
ただそれだけに景色はめちゃすごい。自分ん家のお茶の間からこんな景色見てみたいよ。ほんとバス途中で降りて、叶うならこんな村でウルルン滞在したいよ。
それぐらい、この小さな村々の光景はよかったわあ。

気をつけろと言われていた山賊にも遭わず、夕方無事にルアンパバーンに到着。山賊より海賊の方が強いとワンピースで学んでいたので、それほど怖くはなかったよ。

それにしても、くねくねすごかった。くねくね道、暫定1位。

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スーパーひとし君
午前中はずっと雨。夜もまた降りだした。
ラオスは今雨季で、だいたい毎日はげしい雨が一時降る。
もう3度、夜出歩いているときに降られていて、その度にラオスの人の家の軒先にお世話になっている。
今日雨宿りさせてもらった家では、わざわざイスを出してくれ、水まで用意してくれた。本当に親切だ。

雨に降られる前、ナイトマーケットを探索してたんだけど、そこで出会ってしまった。

化粧中学生に。化粧高校生かも。

タイの中学生より化粧はうすかったけど、やはりくねくねして、ボディコンみたいなかっこをしていた。
今日は写真を一緒に撮ってもらえて、だいぶうれしかった。だいぶ。

コラートにいたとき、マミ先生に聞いた話では、彼女のクラスにも化粧中学生がいるそうだ。だいたい1クラスに1人くらいはいると言ってたっけ。
うーん、その学校に行きたい。
それに対して誰もからかったり、イジメたりはしないんだって。他の生徒と同じように普通にそこにいるみたい。
大学生くらいになると、便所も女子便を使っていいみたい。僕らの憧れ女子便に。いや、憧れてないな。
ただし条件があって、女子に見えないとダメだとか。
お前、化粧してるけど、どー見ても男だろって奴はやっぱダメみたい。そりゃそうだ。

いやあ、タイってすごい。ラオスもそんな感じなのかなあ。そこんとこ詳しく知りたい。
僕らの感覚じゃあ不思議でしょーがないけど、自分の個性を押し込めることなく表現できるんだからすごくいいよね。みんなその人のこと認めてるってことだし。
そういう面じゃ、日本よりよっぽど進んでいるなあ。

でもやっぱり不思議だ。不思議発見!
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夜店はなんか懐かしい感じがした。
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輪投げのタライ版。商品はビアラーオ。
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私、今から牛をジャンプします!
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おーい、お前らもこっちに来て食えよ。
昨日、バイクで一日外にいて、けっこう日焼けもしていて疲れていたので、今日はお出かけはひかえてゆっくりすることに。

ただ1つするべきことは、宿替え。
今泊まっているとこは、川沿いのバンガローですごくいい感じだったんけど、欧米人がもう何かうっとーしくて。水着でレストランに入ってくるし、夜は宴会でうるさいし。

宿だけじゃなくて、町の中も水着で歩いてるからねえ。
まあ、旅行者の9割くらいが欧米人の現状、ここバンビーエンは彼らのための町みたいなとこがあるけど。
中心街は、ゲストハウスや欧米レストラン、インターネット屋、土産物屋にツアー会社など、旅行者向けの店ばかり。
地元のラオス料理を食べたい僕らは、店を探すのにひと苦労だ。
で、そういうラオス料理屋や地元の市場なんかには、めっきり見かけない欧米人。
外国に来てもハンバーガーやピザを食べ、洋楽が流れるバーで飲み、自分たちのスタイルを変えない。
ま、いろんな旅のスタイルがあっていいし、本人たちの勝手やもんね。

ただ、バンコクのカオサンロードやアユタヤ、ビエンチャンでもそうだったんだけど、欧米人が占領してるレストランと、彼らに奉仕しているタイやラオスの人たちを見ると、少し嫌な印象を受けるんだ。
もう、そういう時は決まってこう言うよ。

欧米か!

もう百回くらい言ってるよ。
でもそんなの関係ねえ。僕らは僕らの旅をするだけ。

P.S. ゆりはめっきりラオス語が上手になり、新しい宿の人にも「お前は日本人じゃないな、ラオス人だ」と笑われている。

新しい宿のテラス。いい景色だ。
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これ、何でしょうか?
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正解は、お赤飯。ラオスではもち米をよく食べるみたい。
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モン族の村
ゆりが昨日本屋からパクった手書きの地図のコピー(ほんとは2000キープ払わないといけないところ、タダだと思い持ってきた)にモン族の村があると書いてある。ここから13㌔ほどさき。
一応大学のとき、人類学を学んだ、いや専攻していたので、こういうのはちょっと興味がある。
うーん、モン族。会いたい。

自転車じゃ遠いからバイクを借りることに。
でも初めて借りるから少しドキドキ。国際免許とってきてないし、免許証も持ってきてないし。
ホテルのお姉さんに言うと、あっけなく貸してくれた。ただパクらないようにパスポートを人質に取られたけど。
メットは貸してくれない。いらないみたい。ノーヘル二人乗り。

久しぶりのバイクは風が気持ちよかった。景色もバツグン。気分爽快。
一本わき道に入ると、もう舗装の道路ではなくなり、砂利道や土道、泥道。パンクするんじゃないかとひやひやしたよ。
途中、子供の写真とったり、洞窟探検したり、寄り道しながら、山の小道を登っていく。

小さな村が現れた。村の人々が、暗い家の中からこっちを見ている。みんなご飯を食べたり、何かの作業したり、寝そべったり、丸見えだ。
静かな村に、バイクのエンジンのでかい音が響きわたる。
僕はすごくいけないことをしてる気がして、すぐ村から出て、来た道を引き返した。
やっぱ彼らにとっては普通に生活しているのに、外国人がバイクで入ってきて、じろじろ見られたら嫌だろう。

なんかすぐ近くにあるだろうモン族の村にも行く気がなくなってしまった。
もしかしたら、タイの何とか族みたいに観光化しているかもしれないけど、それでも何か行く気が失せた。
自分は彼らの何が見たいのか。何を知りたいのか。
ちょっとした興味本位で、彼らの生活の場を訪れていいのか。

考えすぎかもしれないけど、ちょっと入った村の人々の僕を見る視線は、何かゾッとするものだったんだ。

でも行きたいなあ。モン族会いたいなあ。
歩いてならいいかなあ。チラ見ならいいかなあ。
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バスの中でキスすんなよ。
ビエンチャンから少し北のバンビーエンに向かう。

今回初めてツアーバスを使ってみた。少し割高だが、ホテルまで迎えに来てくれて、向こうのホテルまで連れてってくれるから、まあ便利。
バスに乗り込んでみると欧米人だらけ。そういや、いつもうじゃうじゃいる欧米人なのに、あまりローカルバスで見かけないなあと思っていたんだよね。こんなとこで楽してたのかあ。ずっこいなあ。

出発していくらかすると、だんだん家が少なくなってきて田園風景が広がってきた。さらにいくと、今度は霧がかった山々が目の前にドーンと現れる。バスはその中をどんどん入っていく。
トンネルなんてものはないから。ずっとくねくねくねくね。カーブにミラーなんて付いてないから、運転手はその度にプップーと鳴らして、いるかいないかわからない向こうの相手に合図を送る。
こんなんで大丈夫なのか。たまに、ギリギリで車がすれ違っていくからドキドキするも、当たらない。当たったら困る。

あちこちで牛が道端の草を食べている。何度も牛が道をふさいでいたので、またプップップーとクラクションを鳴らす。するとちゃんとどいてくれるから、牛もえらい。

ところどころに村らしきものがあり、人々が生活している。粗末な家もたくさんあり、台風とか来たら大丈夫なのかと心配してしまう。
こんな山奥で何やって暮らしているんだろうか。すごく興味深い。

そんなこんなで3時間、バンビーエンに到着。いきなりちょっとした町があるのがなんか不自然だった。こんだけ山に囲まれているのに、こうしてインターネットをしているのも不自然な感じ。欧米レストランが立ち並ぶのも不自然。でも、自然はとってもいいよ。川もあるし、山々は中国みたいだし。行ったことないけど。

不自然と自然の町、バンビーエン。しばらくお世話になりまーす。

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おフランスでバイシコー
今日はレンタサイクルでビエンチャン観光。

市場に行って、昼食にサンドイッチを食べた。
戦前までフランスが統治していたラオスでは、フランスパンのサンドイッチがあちこちで売られている。
僕らが食べたところでは、炭火でパンを焼き、ソーセージやきゅうりや、後何かよくわからんものを挟んで食べるスタイル。
うまい。
昨夜のラオス料理に失敗していただけにパクパク食べた。これは毎日食べたいなあ。

後、たこ焼きも売られていたから食べた。ホットケーキみたいな味でおいしかったけど、たこが入ってなかった。

またバイシクルでちょっと行くと、凱旋門が見えてきた。やっぱ、こういうの作っちゃうみたい。
登れるようになっていたので、せっかくだし登ってみる。
ビエンチャンの町が一望できた。高い建物がほとんどなく、赤い屋根と緑の木が、遠くフランスを思い出させた。行ったことないけど。

今日はやけに働く子どもたちが目についたなあ。お手伝いしている子や一人でパンを売っている子もいた。えらいなあ。
写真を撮らしてもらったら「私にもみせて」と自分の写り具合を確認していた。かわいいね。
夕食を食べたラオス料理の店の女の子も、いろいろラオスの料理の名前や日常会話を教えてくれた。僕らの発音がおかしいのか、厨房に入ってから大爆笑していた。こういうやり取りが楽しい。

最後にやっぱうんこネタを。
市場でうんこをもよおし、トイレに急いだ。切羽詰っていたので、ちょっとボラれて3000キップ払う。本当は1000キップ。(13円くらい。タイもそうだけど、公衆便所は有料が多い)
大をするとこに入るも、どれもシャワーが壊れていて水が出ない。しかも水が出るとこもコップもない。
「これじゃあ、うんこできねえよ」と仕方なくトイレを出た。
ゆりにトイレの文句を言うと、「ティッシュあるよ」と言う。
そっか、ティッシュで拭けばいいのか。
完全にその発想がなかったのがおかしかった。こっちのスタイルにどっぷりみたい。
久しぶりにティッシュで拭いたけど、なんか物足りなく、シャワートイレがすごく恋しかった。
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右のお姉さん日本人みたいだよね。
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ビエンチャンって、かわいくない?
さあ、今日はいよいよラオスへ。今回初の陸路での国境越えだ。

ノーンカーイとラオスの首都のビエンチャン(約25キロ)を結ぶインターナショナルバスに乗り込む。
タイを出る時とラオスの入る時は、イミグレーション(出入国管理局)でチェックがあるんだけど、このバスはその間も待っててくれてとても便利。
もうバスに乗ってるだけでラオスに行けちゃう。
しかも、今年1月から日本人はラオスのビザ(入国査証)が要らなくなったから、なおさら簡単に行けちゃう。それまでは30ドル必要だったんだけど、日本のNGOか何かがラオスに援助したおかげで要らなくなったみたい。
うーん、ラッキー、クッキー、歯茎だ

そんなこんなでイミグレも難なくパスにあっけなくラオスに着いちゃった。別にいいんだけどね。
残念だったことは、国境の橋をバスであっという間に通り過ぎちゃったこと。できれば国境の線をジャンプして越えたかったのに。また次回だね。

ラオスの首都ビエンチャンは、首都じゃなかった。正確には全然首都っぽくなかった。タイの地方都市みたい。何というか、「え?こ、これが?ま、まさか!」って感じ。
バンコクのすげえ都市化を見てきてるからなおさらだね。
インターネットで「世界で2番目に貧相な首都」と書いてあるのを見たけど、そんな言い方しなくてもいいのに。けどまあそんな感じ。
いろんな国があるんだねえ。おもしろいなあ。

さて、まず最初にしないといけないのは両替。
1万円を両替したら78万キープ返ってきた。ラオスのお金は紙幣しかないみたいで、一番小さいのが100キープ紙幣だそうだ。0が2ついらんくねえか?でもなんか金持ちになった気分だ。

次にしなくてはいけないのはビールを飲むこと。そう、ここラオスのビール「ビアラオ」は、安くてうまいと旅行者に大人気だそうだ。
さっそく売店で「ラオビア」って頼むと大ビンが出てきた。
「9000キープ」とおばちゃんが言う。
え?9000?高くねえ?と一瞬驚くが、計算してみると115円くらい。まあ安いな。
味はというと、何というか、すっきりさわやか、ノドゴシ爽快、デリシャスって感じだ。
昼間から大ビン持って、町をぶらつきながら飲んだけど、ラオス人に笑われたよ。さすがにこれはおかしかったみたい。
いやあ、ビールがうまい国ラオス、いいじゃないかー。
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ビエンチャンの中心部 片側ずつ工事したらいいのに。
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あーうまっ!
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ダッポム サンサン
おとといのうんこバスや、昨日暑い中、レンタサイクルで走り回って疲れがたまっていたので、今日はゆっくり過ごした。

それにしても、ノーンカーイという町は静かだし居心地がいい。
ゲストハウスから見えるメコン川は、何か知らんけどずっと見てられるし、美人のお姉さんがいる日本語本の貸本屋さんやうまいタイ料理屋も見つけた。
しばらくゆっくりしたいなーって思わせる町だ。

ガイドブックによると、アメリカ人が住みたい都市第7位に、ここノーンカーイがランクインしてるらしい。
じゃあ僕は6位にしよ。1位はやっぱ地獄寺。

昼間は本を読んだり、昼寝したりして過ごした。
ゆりはタイマッサージを受けにいったけど、僕はまたあれを挟まれたくなかったので遠慮しておいた。

その代わりじゃないけど、僕は床屋に行った。髪が2センチに伸びて、ちょっとうっとおしく切りたかったんだ。(普段は3ミリ)
ちょっと歩き回り、やっとこさ見つけた床屋のおっちゃんに「ダッポムサンサン」と言った。
これはゲンちゃんに教えてもらったタイ語で「短く髪を切って」という意味。サンサンが短く短く。
おっちゃんはどうやらわかったらしく、「オーケーオーケー」みたいなことを言ってポスターを指差した。
なんだろうと思って見てみると、つるピカの坊さんのポスターだった。
スキンヘッドじゃねえよ。
「サンサン、サンサン」と繰り返すと、ようやく理解してくれバリカンを取り出してくれた。
そうそう、それそれ。一番短いやつで頼むよ。

でもタイのバリカン。髪の毛に引っかかったりするんじゃないかとドキドキ。
ところがだ。おっちゃんのバリカンさばき、めちゃめちゃ優しい。全然引っかからないし。
こんなに優しくされたの初めてだ。
いつも自分で頭に圧力かけて刈ってるからね。

全体を切り終わると、さらにパウダーをつけて、もみ上げやうなじのとこをバリカンを使って整えてくれる。それがまた丁寧で丁寧で。
くしまで使って、生え際が滑らかになるようにしてくれる。

おっちゃん、あんたプロだよ。

思えば床屋には中学生の頃と、結婚式前にしか行った事のない僕。
久しぶりの床屋で、しかもタイランドで、こんなに優しく切ってもらえるなんて、僕は幸せ者だ。

30分くらいやっただろうか。これで60バーツ(200円くらい)。
ゲンちゃんに聞いてた値段より若干高めだったけどノープロブレムだ。
大満足。
ただひとつプロブレムだったことは、僕がずっと「かゆい、かゆい」って言ってんのに、おっちゃんはかいてくれんかったこと。
かゆいってタイ語もゲンちゃんに教わっとくんだったよ。
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さっき、父からのメールで、妹が男の子を無事産んだと知った。
めでたい。おめでとう。
兄貴は今日髪を切ったよ。
メコンに沈む夕陽とウソっぱち
180バーツ(650円くらい)で泊まっていた宿がちょっと汚くて、300バーツ(1100円くらい)のきれいめの宿に変えた。
これはゆりのためとかじゃなく、僕自身がそう望んだ。
9年前ならぜんぜん余裕で泊まっていたのに。
なんか年を重ねて守りに入ってるようだ。しんどい、汚いことはしたくないと。まっそれはそれでいいか。

朝、180バーツの宿のとっても人がいいおじさんに「どこ行くんだ?」って聞かれた。昨日からすごく優しくしてもらっていたのに、まさか「ちょっときれいめの宿に」なんて言えない。
しょうがないから、ウソついたよ。

「ラオスに行きます」

世の中にはついていいウソと悪いウソがあるらしいけど、これはついていいウソか?
どちらにしろ、今日はそのせいで一日、おじさんのゲストハウスの前を通るのを避けている。

ここは国境の町、ノーンカーイ。宿の前には大河、メコン川が雄大に流れている。そして、その対岸には異国ラオス。
僕ら島国に住んでいる人間にはちょっとよくわからない感覚。河を隔てて外国があるなんて。ノーンカーイの人は特別、船で自由に行き来していいそうだ。いいなあ。

それにしても、メコン川。いいよいいよ。
完全に土色で、そのためやけに存在感あるし、やっぱでかいし。
メコンに沈む夕陽は、ちょっと感動してしまったよ。
対岸の明かりが、ラオス人の人たちのものだって感覚もいいんだろうな。

こうしてメコンを見て過ごすと、だんだんとラオスという国への期待も膨らんできた。
ああ、早くいきてえなあ。
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タイとラオスを結ぶ橋 
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ノーンカーイ近くのおもしろ寺
タイってこんなのばっかなのか?
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なんでエアコンからこの臭い
今朝、マミとゲンちゃんにバスターミナルまで送ってもらって、二人と別れた。
この数日、休日を返上して僕らを観光に連れてってくれたマミアンドゲン。特にゲンちゃんは、どうしても会話が日本語になってしまう僕らに嫌な顔ひとつせず、「でもそんなの関係ねえ」とばかりに付き合ってくれた。ありがとう。

マミはすっかりタイに馴染んでいるようだった。日常会話はタイ語でペラペラだし、スーパーの安売りやタイムショックなんかに行ってる彼女は、もうこっちの人みたいだった。本屋にいたとき、定員と間違われて本の代金を渡されていたのにはウケた。
ゲンちゃんもおもろかったし、家族の方もいい感じの人ばっかりだったので、僕はとても安心したよ。これでタイに嫁にやってもいいと思えた。
ほんといろいろありがとう。めっちゃ楽しかった。

2人と別れた僕らは、バスで北へ向かい、ノーンカーイという国境の町を目指した。のはいいんだけど、このバスがまた最悪で、エアコンがほとんど効かず、窓も開けられないのでサウナ状態。6時間汗垂れ流し。タイ臭がまたすごかった。
さらにひどかったのは、トイレのすぐ前に座っていたんだけど、誰かがうんこをすると、なんとエアコンのとこからうんこの臭いが流れてくる。これにはまいった。トイレの換気口とつながっていたんだろうか。

もう暑いやら臭いやら、フラフラになりながら、なんとかノーンカーイに着いたのだった。
地獄テーマパーク
コラート3日目。
この日もゲンちゃんとマミにいろいろ案内してもらった。
中でもよかったのが、町から30分くらい車で行ったとこにあるおもしろ寺。ここは以前マミがブログに書いてて、タイに来たらぜひ行きたいと思っていたのだ。

いやあ、完全に予想を上回る光景だった。これまでの寺の概念が吹っ飛んでしまった。
おびただしい数の人間や動物や化け物の人形があって、人間がこれでもかっていうくらいに虐待されている。
どうやらここは「地獄」を表現しているようだ。
しかし、これがほんとに残酷で、何というか、悪趣味なものばかり。
しかも、これらの人形、小銭を入れると動き出す仕組み。
化け物がひらすら人間の手を打ち、「この手が悪いのか、この手が悪いのか」と叫び続ける。どうやらこの人間は、生前泥棒だったらしい、とゲンちゃんが説明してくれた。
後は、ひたすらノコギリで人間を切り刻んだり、「ウハハハハ、アハハハハ」と言いながら水面を漕ぐガイコツや、カラオケをするサルや犬、お化け屋敷などなど、まさに「地獄テーマパーク」。もうわけわからんよ。
何のために坊さんがこんなの作ったか、まったく理解に苦しむんだけど、ゲンちゃんやマミ曰く、悪いことしたらこんな風に地獄に行って苦しむよ、と子供に教育してるらしい。逆に教育に悪そうだけどね。

いや、しかし笑えた。ほんとは不謹慎なんだろうけど、めちゃおもしろかった。
暫定ではあるけど、アユタヤ遺跡を抜いて、海外観光地ランキング1位だ。たぶんここを抜くとこはないと思う。
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バカドリルコミックス
ゲンちゃんとマミの運転で、コラートから1時間くらいのピマーイに行った来た。ここも遺跡が見物だった。
タイの東北地方は昔クメール帝国の一部だったらしく、その時のクメール遺跡がけっこうあるのだ。
アユタヤなどの遺跡と違ってて、またおもしろかったわー。
でも、同じクメール遺跡のカンボジアのアンコールワットを見てきているマミとゲンちゃんにはちょっと物足りないみたい。
やっぱそれだけアンコールはすごいんだろう。
まだ見ぬアンコールに胸が膨らむよ。

うれしかったことは、ゲンちゃん家の本棚に、昔マミがタイに移住するときに僕が餞別であげた「バカドリルコミックス」があったことだ。
すごくくだらないマンガなので、てっきり沖縄の実家に置いてきているだろうと思っていた。なのでなんかマミの義理堅さがうれしかった。
ただ、当然のごとく、おしゃれなタイの家の本棚にある「バカドリルコミックス」は完全に浮いていた。でもがんばれバカドリル。

P.S. ゲンちゃんが「でもそんなの関係ねえ」ってフリつきでやってくれるのが、大変おもしろい。
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これは便利だ!
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クリーミーマミ
タイの東北地方の玄関にあたるコラートにやってきた。

なんかこれからタイは4連休で、その中に女王の誕生日があって、母の日とされている。
タイ人はこの時期は、故郷に帰ってお母さん孝行をするそうな。
ここではお母さんが特別大切にされているみたい。

いい慣習だなあと思って感心していたんだけど、そのせいでコラート行きの列車が超満員。みんなでかい荷物抱えた帰省客。
3時間立ちっぱで、タイ人にもまれたよ。冷房もないからそれはそれはタイ臭がすごかったよ。おっうまい!

コラートでは、大学で研究室が同じだったマミに再会。沖縄のチャンツィーといわれているマミは、タイ人のゲンちゃんと恋に落ち、タイに移住したアジアンビューティーだ。こっちで日本語教師として働いていて、タイ人に間違われているみたい。僕は密かに彼女を「クリーミーマミ」と呼んで尊敬している。知ってる?クリーミーマミ。

ゲンちゃんとも沖縄で2度ほど会っていて、もうマブダチ同然の仲だ。と思っている。
こっちではゲンちゃんちに泊めてもらうことに。マブダチだからね。
これがびっくりするくらいのステキハウスで、居心地サイコー。
僕もゲンちゃんと恋に落ちればよかったよ。

これから、東北地方を案内してもらってきまーす。
世界遺産 まもなくです
再びアユタヤへ帰ってきた。もう一度あの遺跡たち見たくてね。
またゾクゾクしちゃったよ。

さっき、ちょこっと水しに(ミネラルウォーター頼むから「水しに」)入った店に、日本語の話せるおばちゃんがいた。おばちゃんといっても僕らよりちょっと上くらいかも。
ちょっと話したんだけど、彼女は日本で生まれて、20年間くらい千葉県銚子に住んでいたみたい。お父さんが日本人でお母さんがタイ人。
でもタイスナックで働いていたお母さんが、どういう事情がわからないけど逮捕されちゃって(お店の人全員捕まったみたい)タイに強制送還されたそうだ。その時、お父さんは日本に残ったのかな。
「何で私も帰らなくてはならないの」と、彼女はちょっと怒りながら話していた。お母さんを責めてもいたな。
今はもうお父さん亡くなったみたいで、何度も日本大使館に行っているけど、日本に行くこともできないみたい。ブラックリストみたいなやつに載ってるそうな。
「日本に帰りたい」と何度も何度も言っていて、「どうか助けてください、日本の方」とでも言われるんじゃないかとドキドキしたよ。

この文章じゃ、この人ちょっとうかがわしく感じちゃうかもしれないけど、実際はとってもいい感じの人で、なんだかかわいそうだった。
彼女は普通に日本で生まれ、日本で育ったのに。
こういう人って結構いるんかなあ。

もうタイに住み始めて12年たつ彼女の日本語は、少し変になっていた。やっぱり使わないと忘れちゃうんだね。
そのちょっと変なとこが、なんかまた悲しかったよ。
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不浄の左手推進プロジェクト
今日はタイのトイレについて。

タイのトイレには、横に小さなシャワーみたいなやつがついている。柄のところにレバーがついていて、そこを握ると水が出る仕組みだ。
トイレットペーパーは基本的にない。
もうわかってると思うけど、大便をした時、そのシャワーを右手に持ち、肛門の方に水がかかるように固定し、レバーを握る。空いている左手で肛門のまわりのうんこを洗うってわけだ。

このシャワートイレ、9年前旅したときは見かけなかったんだけど、その間に普及したのか、それとも、以前僕が泊まっていた宿がボロかっただけなのか、どちらかはわからない。
シャワーがついてないトイレは代わりにコップが置いてあり、まあ同じような感じで使う。今回も駅などの公衆トイレでは見かけた。

旅行者の中には、トイレットペーパーを買ってトイレに入る人もいるけど、僕は初日からちゃんと左手でうんこを洗っている。さすがにゆりは無理かなと思って聞いてみたら、彼女もちゃんと左手で洗っていた。惚れ直した。

これを読んで「うんこをじかに触るなんて無理」と思う人もいると思うけど、これがやってみると実に効率的ですぐれた方法かがわかる。
こっちの人たちに言わすと「紙でうんこを拭くなんて、肛門にうんこをこすり付けているみたいで、きれいになった感じがしない」だそうだ。
実際僕も、前回の旅で半年左手で洗ったあと、日本に帰って紙で拭いたとき、同じ感想をもったし、なんか肛門が痛かった。
水で流すのだと5秒できれいになるところ、紙だと何回も何回も拭かなくてはならない。
僕の大学のときの友人に痔の子がいたけど、トイレットペーパーを水でぬらして拭くなど、すごく大変そうだった。
だけどこっちではそんな心配はいらない。5秒だ。忙しいビジネスマンにもうってつけだ。
トイレットペーパーも必要ないから、オイルショックで店に行列をつくる心配もない。
さあ、みんなも今日からコップを置いて、左手で洗ってみようじゃないか。
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駅のトイレ
ストロービール
アユタヤから列車で1時間ほど北上し、ロッブリーという町に来た。
初めてタイの列車に乗ったが、タイ人がとても親切で、席をゆずってくれたり、下りる駅を教えてくれたりした。

僕らの正面に座っていたのは、50代くらいの夫婦で、少し汚れた服を着ていた。髪にもゴミがついていて、風呂にも入っていない感じだった。
おばさんは酔っているらしく、テンションが高く、時々おじさんにチューしていたけど、おじさんはうっとーしそうにしてた。

おばさんが売り子の人にビールを頼み、ストローをさして飲みだした。
ここでは、コーラを頼むとストローをさして出てくるし、ミネラルウォーターを買うとストローがつくてくる。でもビールまでストローで飲むとは。
僕が驚いていると、おばちゃんは、自分が飲んでいたストロービールを「お前も飲めよ」と薦めてきた。
さすがにこれは無理だよ、おばちゃん。
丁寧にお断りした。

その後もおばちゃんはどんどんタイ語で話しかけてきたけど、全くわからず、カンチャがくれたタイ語の本も、字が読めないおばちゃんにはあまり役に立たなかった。
それでもおばちゃんはひるまず話しかけてくる。
どうやら、ゆりに「娘になれ」と言っているようだが、よくわからない。

通路を挟んだ席には、きれいなかっこをした家族が座っていて、まだ1歳にならない赤ちゃんもそこにいた。
おばちゃんがしきりに赤ちゃんに愛想をふりまき、「だっこさせてー」とアピールするものの、その家族は無視していた。お父さんらしき若い男性にかぎっては、露骨に嫌な顔をしていて、なんだか切なくなった。

おばさんがトイレに行ったとき、おじさんがトイレの方を指差した後、3本指を立てて、次に顔を打つジェスチャーをし、そしてギャーという感じの痛みの表現をした。
おばちゃんが3回顔を打って痛がったんだろうか。何か不幸があったのか。

ロッブリーの駅で降りた時、ホームからおじさんが見えたので手を振ったら、奥からおばちゃんも顔を出し、さらに窓から乗り出して手を振ってくれた。なんか知らんけど、また切なかった。
そんな旅の一幕。
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茶色の液体はあれを連想するよね
連日乗り心地の悪い自転車に乗ってたので股が痛くて、今日は遺跡めぐりは止めて、ゆっくり体を休めることにした。
ゲストハウスで本を読んだりしてのんびり過ごした。

夕方、近くの屋台でタイフードを食ったあと、まだ少し物足りなかったので、ケンタッキーに行った。
タイ料理の辛さに少々胃が疲れてたので、むしょうにこういうのが食べたくなる。

「フライドポテト」
メニューを見ずに頼んだ。これがそもそもの間違いだった。
出てきたのはカップに入った茶色い液体。食欲が失せる。
返そうかとも思ったけど、カーネルサンダースのおじいさんが「受け入れよ」と言う。しょうがない。
スプーンを入れると、中から白いかたまりが浮かんできた。
恐る恐る口に入れてみると、それはマッシュポテトだった。
どうやらポテトだけは伝わってたみたいだ。
茶色い液体は、甘ったるいカレーのようなシチューのような。
うまかったらまだよかったんだけど、これがまずい。
疲れている胃が「勘弁してくれよ」と言うので、カーネルには悪いが残してしまった。ごめんよ。

教訓は、自分の伝えようとしていることの半分も伝わってると思うな。
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市場で見つけたカエル
アユタヤ遺跡 不思議発見
ギュルルルー

明け方、腹が痛くて目が覚めた。
やってしまった。下痢である。
まあ、遅かれ早かれなるとは思っていたけど、ゆりより早くなるとは。
「弱いね」とゆりの侮辱に耐え、「たかが下痢」と決め込んでみるものの、されど下痢。
なんか体がだるくて、日中お昼寝しないではいられなかった。

そんな逆境の中、昨日、今日とレンタルサイクルして遺跡めぐりをした。
アユタヤ遺跡。世界遺産。もうめっちゃかっこいい。
その昔ビルマと戦争した時に破壊されちゃったらしいんだけど、そのボロボさがかっこいい。
寺院を守っている鳥男がめちゃかっこいい。
遺跡のすきまから生えてる草たちが、長い月日を感じさせてくれてもうたまらんくらいかっこいい。

「どうせ写真と一緒だろ」と、前回の旅ではあちこちの名だたる遺跡たちを素通りしてきた僕だったんだけど、もうバカ者です。いやうんこです。早くトイレに流してほしい。

いやほんと人間てすごい。レンガ積み上げて、こんなすごいやつよく作るよね。
ただ、やっぱり復興できないくらい破壊されちゃった寺院もあって、その完全体が見れないのが残念でしょうがない。
戦争はダメだな、やっぱ。
仏像も全て頭がとられていた。
ビルマ軍が、人々の支えだった仏像をわざと壊し、徹底的にアユタヤ王国をつぶそうとしたんだろうか。

と歴史ロマンに魅せられていた僕なんだけど、またしても

ギュルルルー

またお腹が。ホテルまでチャリで30分。
果たして持ちこたえることができるのか。  つづく(ウソ)
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くねくねの翌日もカンチャがバンコクを案内してくれた。
タイ人がごった返す巨大市場や、世界三大くさいの1つのソムタムプーサイパラーが食べれる店や、タイ人がブルースを奏でる店などなど。

中でも初体験のタイマッサージはよかったー。
腕や肘や膝や手、いろんなとこを使って全身を押しまくってくれる。
これがもう痛いんだけど気持ちいい。つまり痛気持ちいい。
さすが人気のタイマッサージだよ。
ただ、ゆりがきれいなお姉さんにマッサージしてもらってるのに、僕はおばさんだったことが、もう残念で残念で。悔しくて悲しくて。
でもさすがベテランだけあって、僕はもう半分ウトウト・・・してた時に悲劇は起こった。
それはおばさんが僕の股関節を腕でグイグイやっているとき、なんと僕のチ○チ○の皮を挟んだのだ。ギューっと。ギュッとな。
なぜ皮が挟まるかはここでは流してほしいんだけど、思わず「アガッ!」て言いかけたよ。
でもそこは僕も男の子、「痛みにこらえ、よく頑張った。」と小泉さんに言ってもらえるくらいグっとこらえた。
おばさんは気づかなかったみたいで、そのままマッサージを続けたんだけど、僕はといえば、おばさんの手が股の方に近づくたびに、もう怖くて怖くて、体を緊張させるのだった。
まあ結局その後は無事終わったんだけど、なんだかよけい疲れたよ。

最後に行ったメキシコ料理の店では、フィリピン人のおじさんのギターショーが勝手に始まり、「昴」を歌ってくれた。タイにあるメキシコ料理屋のフィリピン人のおじさんが歌う「昴」。もう何が何だか。
でもとっても楽しい時間だった。

ほんとこれもガイドブック片手に夜遅くまで案内してくれたカンチャのおかげ。この場を借りてお礼を言います。
カンチャ、ありがとう。カンチャします。きゃー。

今日はバンコクから80キロほど北上し、遺跡で有名なアユタヤに来た。それはまた次回に。
カンチャとくねくね
インドのドミトリーで一緒だったカンチャと9年ぶりに再会した。
今はタイにあるおじさんの会社で働いているみたい。
すげえ長いこと会ってないのに、すぐ昔のようになれるから不思議だ。
旅で出会った人たちって、きっとなんか特別なんだろう。

日本居酒屋で芋焼酎を飲んだ後、タイの風俗街へ連れてってくれた。
これがウブな僕には衝撃的だった。
下着の女の子たち数十人が、ステージの上で腰をくねらせ踊りまくっているのだ。
全員体を売っている子らで、客はタイ在中の日本人サラリーマンが多かった。
このような店は近くにいっぱいあって、欧米人好み、日本人好みと、タイプ別になってるみたい。

「おいおい、夫婦をこんなとこに連れてくるなよ」

とカンチャにツッコミつつ、ウソみたいなその光景に、ゆりと2人くぎづけだった。

カンチャの話によると、女の子たちのほとんどが、バンコクではなく、田舎から出てきてるようで、親に仕送りをしながら働き、お金が貯まると結婚するためにまた田舎に帰っていくそうだ。

「うーん、これもタイの現実かあ」
などと真面目な表情になりつつ、そして隣にいるゆりを気にしつつ、くねくねする女の子たちにメロリアンな僕なのでした。
おっさん、寺を観させてくれ
今日はタイのお寺(ワットポーとワットプラケオ)を観に行った。
門らしきものがあったので入ろうとすると、そこの前に立っていた警備員らしきおっさんに「2時までクローズだよ。今はご飯の時間なのさ」と言われた。
時計を見たらまだ11時。えーまじかよ、せっかく来たのにと思っているとおっさんは
「20バーツ(70円くらい)で他の無料の寺に連れてってやるよ」
と、僕らの持っていた地図を使って説明しだした。さらに何やら自分の服を指さして、いい生地の服屋か布屋かわからんけど、連れてってやると言いよる。

はっはーん。さてはこいつ詐欺師だな。

実は前日もトゥクトゥクのおっさんに同じようなことを言われ、ついては行かなかったものの、寺が開いてなかったら嫌なので計画を変更していたのだ。
夜にガイドブックのトラブル例の記事を読んでいたら、この寺の近くには詐欺師のおっさんたちがたくさんいて、安い料金で他の寺などを案内した後、宝石店などに連れて行って、そこでクズ宝石を高い値段で買わす、と書いてあった。

あぶねー。今日もだまされるとこだったよ。
結局おっさん無視して違う入り口に行ったら、すんなり入れた。

ガイドブックって何でも書いてあり、そこがおもしろくないといって嫌がる人がちょこちょこいるけど、やっぱトラブル例とかは読んでいた方がいいね。
というのも、この記事の次に、前回の旅で30万とられたトランプ詐欺のことが書かれてあったのだ。
タイ人
今日はバスやタクシーやトゥクトゥク(3輪バイクの乗り物)などを使って中心部に行ってきた。
大型ショッピングモールがバンバン出来ていて入ってみたけど、なんか全然安くなくて、逆に汚いかっこしてる自分がごめんなさいって感じだった。

そんな中、ちょっと変わった人たちをみた。

まず、女の子2人組。普通の感じだけど、手をつないで歩いていた。
これは昔インドの男の人同士もしていて驚いたんだけど、やっぱちょっと出来ないなあ。友達と手をつないで国際通りは歩けないよ。まあ、文化の違いなんだろう。

もう一人は、中学生の男の子。大勢の中学生と歩いてたんだけど、化粧をしてちょっとクネクネして歩いてた。明らかにあっちの人だ。タイは男も綺麗で有名だけど、中学生からこんなんだとは、衝撃だった。しかももう一人同じような男の子見かけたから、もう、あれやね。

とりあえず明日からは化粧中学生に注目だ。


タイ到着
無事着いたよタイランド。

においがもう懐かしい。

9年前と同じゲストハウスに泊まることにした。

タイ最初のご飯はやっぱグリーンカレー。辛い。

パソコンでなかなか日本語打てなくて苦労した。


もう時間がないんだ。

さっきタイ人が「なんでだろう、なんでだろう、宮迫です」って言ってた。

古!

今回はタイで「でもそんなの関係ねえ」を流行らしてくるよ。

じゃまた。





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