クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

オラ腹へっただ~
エジプトは、とうかイスラム圏は今ラマダン中。ラマダンとは1ヶ月続く断食期間。だけど完全に断食しちゃうと死者が続出しちゃうので日が沈んだ後は食べてもいいよということになっている。
「なあんだ、じゃあかるいかるい。オレなんて1日1食でも平気だもんね」と思ったそこの君。あまい!ハチミツをかけたお茶漬けよりあまい!ラマダンの日中は食べることだけでなく、飲むことも禁じられているのだ。しかもここはエジプト。暑いんよ。南だとかるく40℃を超えちゃうんよ。ちょっと動くと汗が体中からダランダラン。「冷たいコーラが飲みたい」と思っても飲んじゃダメ。これはかなーりきついと思うよ。

案の定というか、日中に道を歩いていると、喧嘩をしている人たちにちらほら出くわした。どつき合いもめずらしくない感じ。目が血走ってたもんね。絶対腹へってイライラしてるんだと思う。う~ん、ラマダン良くないんじゃないか。

といっても僕ら旅行者は別に食べてもいいので、「イスラム教徒のみなさま、ご苦労様です」くらいで、まあいいんだけど、困るのは食堂などが閉まってしまうこと。
エジプトのファーストフード的なコシャリって食べ物があって、それはライスとパスタとマカロニを混ぜたものにミートソースをかけて食べるというなんとも斬新な食い物で、それがまあまあいけるんだよね。見た目は残飯なんだけど。1皿3ポンド(60円くらい)から食べれるので僕は毎日のように食べてたんだけど、毎日行っていた店はラマダンが始まると店の改装を始めてしまって営業を中止してしまった。おそらく1ヶ月休むつもりなんだろう。そういう店が何件もあるんよ。「収入はどうすんの?」と心配になるけど、こっちも食べるものがなくて非常に困る。仕方ないので商店でインスタントラーメンを買ってきて宿で食べたりしてるんよね。食べることは旅の1番の楽しみだから、これが続くとなかなかへこむ。

そんなこんなで、さあ待ちに待った日没の時間。レストランも営業を開始。やっぱり一刻も早く食べたいのだろう、断食が終わる前からみんな料理を注文をして、テーブルに並べられた状態で「まだか、まだか」とツバをグッと飲み込み待っている。犬が「待て」をされてるみたいに。
おかしいのは店の店員が以上にテンションが高いことだ。
「何食べるの?全員同じのでいいね?ダメなの?じゃあ何食うの?えーなんなの?」といった感じで、もううるさいうるさい。腹減りすぎてちょっといっちゃってるんだろうね。また料理屋だからずっとうまそうなもんを目にしてるわけで、でも食べれないわけだからね。とっととメシを運んで自分も食べたいんだろうね。

日没を知らせるアザーン(祈り)が聞こえてきたらみんな一斉に料理に手をつけ出した。一気にガッツクのかなあと思っていたけど、意外と静かに食べていた。静かにしないといけないのかなあ?

ここで1つ仕入れたウンチクを。うんちじゃないよ。
この今彼らが食べてる日没後に食べる晩飯を英語で「ブレックファースト」というみたい。
「ぷぷぷ。ブレックファーストは朝食だよ。ぷぷぷ」と僕はエジプト人を小バカにしていたんだけど、実はファーストには「断食」という意味があり、ブレックは「壊す」とか「破る」だから、ブレックファーストでは「断食を破る」という意味になるんだって。僕らが朝食にこの言葉を使うのは、夜、寝ている間の長時間は何も食べない状態が続くからだそうだ。だから、彼らが今夕食にブレックファーストを使うのは間違ってないみたいだよ。

僕はさぞかしみんなラマダンが嫌いなんだろうなと思っていたんだけど、宿の兄ちゃんと話したら、どうやらそうではないことがわかった。
「断食は1年に1回の聖なる時。悪魔がいなくなり、天使だけの世界になるんだ。僕らはラマダンが来るのを楽しみにしているんだよ。確かに飲み食いできないのは苦しいけど、貧しい人たちの気持ちを理解することができるし、イスラム教徒の結束を強くする働きもあるんだ。」
「ラマダン中の食事は2回。日没後のブレックファーストと夜中の4時ごろにもう1回。ここでポイントなのは明け方の食事をあまりヘビーにしないこと。なぜかって?それを食べた後、僕らはまた少し眠るんだけど、ヘビーなものを食べてしまうと起きたときやたらとノドが乾くんだ。わかるだろ?でも、日没まではいっさい水も飲んじゃダメだからね。そりゃ大変だよ。だから、1日何も食べれないからといって明け方いっぱい食べるとえらいことになるんだ。
まあ、軽くしてもやっぱり苦しいけどね。特に午前中は。腹が減ったりノドが乾いた時は、それを忘れるために友達に電話したり、無理やり忙しくしたりするよ。」

いろいろラマダンの話を聞いたけど、やっぱり日本にラマダンの制度がなくてよかったとつくづく思ったよ。

ラマダンその他。
・ラマダンの月はいつも以上に食費がかかるらしい。「えー、だって食べないんだからおかしいじゃん」って思うけど、夜は親戚や友達の家をまわりパーティーをして騒いじゃうんだそうだ。確かにラマダン中は宿の外がえらく騒がしかったよ。
・老人や病人、貧しい人は断食しなくてもいいらしい。マンゴージュース屋さんに行くと飲み物飲んでる人に出くわしたけど、彼らはなんなんだろうか。「おれ、病気だもんね」ということなのかな?仮病が増えそうである。
・「こっそり飲んじゃえばいいじゃん」とあるエジプト人に言うと、笑って「アハハハ。アッラーは見てるんだよ。」と答えていた。信仰深いんよねえ。


さて、話は僕らの今後の進路について。
いろいろ考えたふりをしたんだけど、一応旅はエジプトで終わることにした。アフリカ横断やヨーロッパ、アメリカ、特に中南米にはすげえ行きたかったんだけど、今行くのは少しもったいないんじゃないか、という結論に達した。1年以上旅してきて、正直旅のテンションや感性などが低くなっているんよね。エジプト南から帰ってきた後、仲良くなった旅仲間と砂漠ツアーに行ってきたんだけど、みんなが砂漠や満天の星空に感動している時に、僕らは「ヒマラヤで見たときの方がすごかったね」なんて話していて、やっぱり少し贅沢になっているんよ。
そんな状態でマチュピチュに行っちゃうのはやっぱもったいない。また、いつかお金貯めて、がっつり1年くらいかけて中南米を旅したいな。
旅はこれで最後と思って今回出てきたけど、行きたいとこがどんどん出てきちゃってやっぱダメだね。

で、じゃあ日本に帰るかっていったらそうじゃなくて、今1つやりたいことがあるんよ。ちょっと前、旅仲間のカズさんがシンガポール人のアイリーンと一緒に僕らから去っていったときに僕がある決心をしたのを覚えているだろうか。覚えている人にはもうキスして抱きしめてあげたいんだけど、僕も外国人の彼女をゲットするために2つのことを決めた。
1つはダイビングライセンス。美女と水中デート。これはダハブで取得。
もう1つは英語。旅を1年してきて最近気づいたんだけど、やっぱ言葉は大切やね。「I LOVE YOU」だけじゃ伝わらないこともあるんやね。
というわけで、僕ら語学留学することにした。場所はね、アメリカではなく、カナダでもなく、イギリスでもなく、やっぱミーバイ的にはアジアがいいでしょうってことでフィリピンの学校に行くことにした。もうすでに申し込んでいて、9月20日から2ヶ月間。もう少し延長するかもしれないけど。
これを聞いて「えー、今さら。旅の最初に行けばよかったんじゃない?」と思ったあなた。その通り。まったくその通りなんだよ。英語が話せたらもっといい出会いがあったかもしれない。もっといろんなことを知れていい旅になったかもしれない。でも、まさか世界旅行に英語が必要なんて夢にも思ってなかったんだから、しょうがない。1年かけてそれだけでもわかったからよかったよ。
甲本ヒロトも「遅すぎることなんて1つもないんだよ。やりたいと思ったときが一番いい時なんだよ」みたいなことを歌ってるんよ。だから、いいんだよ。旅の最後に英語を学んだって。(言い聞かせている)

そんなわけで、久しぶりに学校に通うことになったんで、一応この旅ブログも次回で最終回にしちゃおうかなって思ってます。
「えーやだー」「やめないでー」というファンの声が大阪の実家あたりからだけ聞こえてくるんだけど、まあ学問に打ち込もうかなっと思いまして、そうすることにしました。

なので、泣いても笑っても次回は最終回。まさかの結末が待っている!・・・・かも。

IMG_1159.jpg

IMG_0965.jpg
コシャリ
IMG_1141.jpg
砂漠ツアー
IMG_1130.jpg

IMG_1095.jpg

IMG_1066.jpg



これクリックするとラマダンになるよ。





スポンサーサイト
南へ
ピラミッドで大満足しちゃった僕は、「あっエジプトもうええかなあ」という気持ちになっていた。しかし、そこは数千年続いたいう最古の文明の1つエジプト。ナイル川沿いには多くの遺跡が残っている。特にスーダンの国境近くには有名なアブ・シンベル神殿がある。「3度のメシより遺跡が好き」と常日頃から言っている僕としては、これは行かないわけにはいかない。

カイロの考古学博物館でツタンカーメンの黄金のマスクや秘宝を見た日の夜、夜行バスでルクソールに移動。ルクソールではレンタサイクルや宿が主催しているツアーに参加して遺跡巡りをした。

「王家の谷」は新王国時代の王たちが眠っていた墓が60以上も見つかっているなかなかゴイスなところ。いくつかの墓に入ったけど、壁にはびっしりと象形文字や神の絵など、エジプトらしいレリーフが彫られていた。保存状態が良く、色もあせずにきれいに残っていて、なかなか見ごたえがあった。
別料金だったけど、ツタンカーメンの墓にも入った。さっきまで見た王たちの墓と比べるとすげえ小さくて質素な部屋に、真っ黒い人間が横たわっていた。初めて見るミイラはインパクトがあったよ。ありゃ人間の炭だね。ツタンカーメンはとても小柄だった。
今でこそ超有名人ツタンカーメンだけど、お墓の質素さを見ればわかるように、歴史上では9歳で即位し18歳で死んだ無名の王だったらしい。だから、他の王たちみたいに盗掘者たちに狙われなかったみたいだよ。それでも、考古学博物館の2階の1部を占めるほどの宝があったんだから、他の王たちの墓にはいったいどれくらいの宝が収められていたんだろうか。でも、もしかしたらまだ見つかってない王の墓がここのどこかにあるかもしれない。それを見つけたら、ぼくゎもう一生働かなくてもいいんだろうな。

そんなことを考えたりしながら、数千年前の遺跡たちに興奮してた僕だったんだけど、遺跡を巡れば巡るほどテンションは下がっていった。一番の理由は暑さだった。土産物屋のおっさんが「今日は45℃だよ。うへへ。暑いよ。うへへ。これ1ダラー」と言ってたとおり、もう半端なく暑かった。また意地悪なことにどこの遺跡もでかくて、炎天下の中歩きまわらなくてはいけなかった。
そんでもって何個もいっぺんに遺跡をまわると、なんだか似たり寄ったりといった感じに思えてきて、だんだん遺跡自体にも飽きてきいた。毎回払う入場料も安くはないしね。そんな感じでツアーの後半は、もう嫌な仕事をこなすように遺跡を回り、心の中では「早く宿に帰って冷たいコーラを飲みたい」と思っていたのだった。

結局ルクソールの遺跡ツアーに懲りた僕らは、さらに南の町アスワンでは有名なイシス神殿には行かず、宿にあった「ちびまる子ちゃん」を読んで暮らした。「さっきまで遺跡好きと言ってたのはどこのどいつだ」というまるちゃんのナレーションの人のツッコミが聞こえてきそうである。

「こんなことなら、あたしゃカイロでゆっくりしときゃあよかったよ」とまるちゃん風に愚痴ってみたりしたんだけど、最後の力をふりしぼってエジプト最南のアブ・シンベルへ。
予想してたとおりここが一番暑かったんだけど、「誰もいないアブ・シンベルが見たい」というジンさんの希望で、一番暑い2時に僕らはアブ・シンベル神殿に向かった。ここは9割の観光客がツアーを利用して朝日の時かナイトショーを見に来るので、日中はけっこう人がいないらしいのだ。
宿からアブ・シンベルまでの3キロが恐ろしく長く感じられた。フラフラして意識が遠のき始めたころ、ついに到着。そしてそこには僕らの目論見どおり誰もいないアブ・シンベル神殿がドーンと待っていた。これの建設者のラミセス2世の20メートルもある巨像が4体どっしりとすわっている。
か、かっこいいじゃないか。しかし、自分4体は作りすぎだろ。

中に入ってみた。するとまた10メートルのラミセス2世の像が8体、両サイドにズンと建っている。
このサイドからの迫るような圧迫感。かっこいいじゃないか。でも8体はやりすぎだろ。どれだけ自分好きなんだよ。
実際ラミセス2世はとても自己顕示欲が強かったみたいで、他の場所の神殿などにもたくさん自分の巨像を増設したそうだよ。

このアブ・シンベルは実は近くにあるアスワン・ハイ・ダムを作る時に沈むはずだった。しかしユネスコが世界的な救済キャンペーンを行い、結果、神殿は1036個のブロックに切断されて約60メートル上に移転したのだ。
よく見ると確かに切断の跡があるんだけど、ラミセス2世の像や中のレリーフなどがあるところはかなりきれいに仕上げられていた。
200年ほど前までは砂に埋まっていて、その存在を知られてなかったそうだし、3000年以上も建っているとそりゃいろいろあるよね。30年も生きてない僕だってけっこういろいろあるのに。いや、ほんといろいろあるんよ。

僕らは音と光のナイトショーも見て、大満足してアブ・シンベルを後にした。
帰りはアスワンまで4時間、それからカイロまで16時間のバスの旅。最初はずっと砂漠の中を走り、途中から左側にナイル川が見えた。ナイル川沿いは椰子の木など南国ちっくな植物が多く、緑が豊かだった。麦などの畑もけっこうあった。日干しレンガの家が並ぶ集落も時々現れ、人々の生活を垣間見ることができた。こうやって太古からこの川沿いでは人間が暮らしてきたんだろうな。
すげえ赤い夕焼けがナイル川の向こう岸に沈んでいくのを見た時、僕はほんとに満足した気持ちになり、そして放浪の旅の終わりを決めた。

DSCN2421.jpg
ルクソール神殿
DSCN2458.jpg
カルナック神殿
DSCN2522.jpg
メムノンの巨像
DSCN2612.jpg
アブシンベル神殿
DSCN2581.jpg
アブシンベルの中
DSCN2618.jpg

DSCN2619.jpg

DSCN2637.jpg
アブシンベル小神殿


夕焼けに感動している間に旅も1年と1ヶ月が過ぎた。放浪もいよいよおしまい。でも、まだ帰らないよ。
この1ヶ月に使ったお金17万9478円 + ダイビング代8万8000円 + 飛行機代9万500円
訪れた町 エルサレム アンマン ペトラ ダハブ カイロ ルクソール アスワン アブシンベル
世界遺産 エルサレムの町 ペトラ遺跡 ピラミッド アブシンベル あとエジプトの遺跡群


これクリックするとラミセス2世になるよ。





ピラミッドでなぞなぞ
エジプトの首都カイロ。都会だけどホコリってぽくて薄汚れた感じがニューデリーを思い起こさせる。少し鼻につく臭いも似ているし、人間がうざいのも似ている。うそつき多いしね。
しかし、ニューデリーになくてカイロにあるものが1つだけあった。(いっぱいあるけど) そう、言わずと知れた世界7不思議の1つ、ピラミッドだ。僕らの旅の目的地でもある。思えば、タージマハルを見た後、ピラミッドを目指して早半年。インド、UAE、イエメン、アルメニア、グルジア、トルコ、シリア、ヨルダン、イスラエル、またヨルダン、エジプトと渡り歩き、ついに到着。いやあ、長かったなあ。

カイロに着いた翌日、僕らはさっそくピラミッドに出かけた。街のバスターミナルから出たミニバスは普通の街中に停まり、運転手が「ピラミッドに着いたぞ。早く降りんかいな」と言う。
「えー、ここ街中やで。おっさん、ここちゃうやろ。」と思っていると、建物の間から圧倒的な存在感をもって現れたのは、まぎれもなくあのピラミッドだった。
ドーン、という効果音がはっきりと聞こえた。
どっひゃー。で、でかいな。ピラミッド、お前こんな街中にいたんだね。

チケット売り場までの道を歩くと、いったん彼は見えなくなった。まあ、またすぐ見たるからな、そこで待っときや。
チケット売り場は朝8時にもかかわらず、観光客でごった返していた。チケットを買って中に入ると、大ピラミッドとともに、第2ピラミッドもその全貌を現した。で、でかい。(実際大ピラミッドは頂上部がなくなっているため、現在は第2ピラミッドの方が高い。大ピラミッド137メートル。第2が143メートル)

大ピラミッドの北面の下まで近づいてみた。1つ1つの石がでかい。平均で2,5トン。基底部だと15トン以上のものもあるそうだ。一応押してみた。1センチほどしか動かなかった。そんなどでかい石が230万個。月並みの感想だけど、ほんとこんな重い石よく積み上げたなあ。(どのような傾斜路を用いて積み上げたのかは未だに謎らしいよ。なぞなぞらしいよ。)

僕らは大ピラミッドの中に入った。大ピラミッドの入場料は別料金で、エントリー料金の倍の100ポンド(約2千円。僕らはバカダ大学の学生証があったので半額の50ポンド。でも千円)高いけど、これは入っとかないとでしょ。
大ピラミッドは、昔探検家たちが掘った穴から入る。本当の入口は高さ16メートルのところから26度の角度で下に向かってるんだけど、そこからは入れてくれない。探険家の穴はがんばって掘った感じがカッパドキアの地下都市を思い出させた。ただ、計算されて作られているピラミッドでは、あきらかに「あ~あ、やっちゃった。穴あけちゃったよ」という感じであまり良くなかった。
しばらくその穴を進むと本当のピラミッドの通路に出くわした。さっきの入口から26度の角度で下がっている通路と、「入」という字を逆にしたような感じで上へ登る通路がつながっている。上がり通路もやはり26度らしい。探検家の穴は、南北に真っ直ぐ伸びる本当の通路を少し西側から掘り進めていたので、ちょうど下へ行く通路と上へ行く通路の交わるとこにでかい岩がはめ込まれているのを見ることができた。これは上がり通路をふさぐ役割をしていたようだが、やはり侵入者をふさぐためか。どうなのか?そうなのか?

僕らは本当のピラミッドの通路を登り始めた。しばらく体をまげて26度の角度を登った。すると突然広い空間に出た。大回廊と呼ばれるところだ。高さ8.53メートル、床の幅2、05メートル(上にいくほどせまくなっていた)の回廊が、なんと46メートル以上も続く。壁はきれいに磨かれ、岩と岩の隙間もあまりにぴったりとしていて接続部がよくわからない。なんだかマシーンの中にいるようだ。僕は目的地にしてたわりに何もピラミッドのことを知らなくて、ただ積み上げただけだと思っていた。だから、中にこんなすげえ回廊が、しかも26度という斜めに作られていたことにえらく、いやどえらく感動したあるよ。すげーな。どうやって作ったんかな。謎だ。なぞなぞだ。

大回廊が終わると長方形の部屋に出た。ここがクフ王の墓があったとされる王の間だ。部屋の奥に石棺があった。クフ王がここで眠っていたと言われている。が、実際に死体が見つかったわけじゃないので確実ではないらしいよ。だから本当は味王の墓だったかもだし、ラオウの墓だったかもしれない。そもそも、墓かどうかも断定はできないそうだ。謎だ。なぞなぞだ。
王の間も1対2の完璧な長方形らしく、石と石の隙間もほとんどなかった。天井はめちゃでかい石が数枚並んでいた。1つ50トンもあるそうだ。ここは地上から50メートル近く。どうやって持ってきたんよ。ほんと、こんなすんげえものを4500年も前の人間たちが作ったのか?不思議だあ。不思議発見だ。

僕らはこの後、スフィンクスを見たり、トリビアで有名になったスフィンクスが見ているというケンタッキーに行ったり、カフラー王の墓とされる第2ピラミッドの中に入ったりした。ここも長い通路がほんと完璧に真っ直ぐ伸びていて、僕はため息が出たよ。はあーって。

旅の目的地としてピラミッドは充分その役目を果たしてくれた。ここを目指してよかった。やっぱすごかった。
僕は満足感にひたり、そして旅の終わりが近づいていることを感じたり、感じないようにしてた。

最後にナガタさんがラクダに乗りたいと言うので、ラクダ使いのおっさんと交渉して、第2ピラミッドからメンカウラー王の墓といわれる第3ピラミッドまで10ポンド(200円)で行ってもらうことになった。第3ピラミッドはすぐ近くだったけど、まあ10ポンドならありかな、と思っていた。が、そこはインド人。じゃなくて、エジプト人だった。
ナガタさんがラクダにまたがり、僕らが写真を数枚撮ったところで、ラクダ使いは「はい、おしまいね。10ポンドね。」と言い出した。
プッチーン。
旅の感傷にひたっていた僕だったけど、おっさんのその一言に一発でキレた。
「お前メンカウラーまで行くって言っただろう!」
「いや、言ってない」
「お前うそつきだろ。メンカウラーに行けよ」
「いや、ここで終わり」
「お前うそつきだな。ポリスに言うぞ」
「言ってみろよ」
「あー言ってやる」
近くにいたポリスのところに行き、
「こいつ、うそつきなんです」と言うも、「またか」みたいな感じで相手にされず、再びおっさんと喧嘩。結局お金を払わないということで決着がついた。けど、結局ムカムカする最後なのだった。せっかくのピラミッドだったのにね。ほんとエジプト人ってなぞだ。いや、うそつきだ。

まあ、そんな感じで旅の目的達成。さあ、これからどうすっべか?

DSCN2291.jpg
本当の入口からの下がり通路
DSCN2281.jpg
大回廊
DSCN2341.jpg
スフィンクスとリアルスフィンクス
DSCN2354.jpg
ピラミッドを股にかけるクレオパトラ7世
DSCN2368.jpg
ピラミッドでピラミッドするの なんでだろ~(古い)

これクリックするとピラミッドになるよ。




さかな君とモーセの11戒?
無事に5日間の講習を終え、アドヴァンス・オープン・ウォーター・ダイビングのライセンスをゲットした。
いやあ、正直けっこうきつかった。まるで合宿。朝から夕方まで重いタンクを背負い3,4本海に潜ってスキルを学び、夜はテキストを読む宿題。疲労と睡眠不足が重なり、日を追うごとに体が重くなっていくのがわかった。講習を受けなかったナガタさんは「みんなの顔からだんだん表情がなくなり、能面のようになっている。」と言っていた。

ただ、海の中はやっぱすごかった。ありゃ宇宙やね、宇宙。
中性浮力(空気の調節をして浮きも沈みもしない状態。または呼吸だけで浮き沈みをコントロールできる状態。)を保って水中をさまよう様はまさしく宇宙だし、幻想的な光が差し込んだ海の中の景色もほんと美しく、かつ得体が知れなくて・・・・宇宙やね、宇宙。一緒にダイビングした人は「竜宮城みたい」と言ってたし、ゆりは「水族館みたい」と興奮していた。
お魚さんもいろんなやつがおるんね。群れで泳ぐやつ、海底でじっとしてるやつ、サンゴやイソギンチャクと戯れているやつ、小さい魚を追い回しているやつにそいつから逃げてるやつ。残念なことに僕は恐ろしく魚の名前を知らない人間なんだけど(タコとイカとハリセンボンくらい)、海に潜るようになってすごくお魚さんに興味が出てきた。今、尊敬する人ナンバー1はダントツでさかな君やもんね。日本に帰ったらお母さんにお魚図鑑を買ってもらおうっと。

最終日はディープダイビングのスキルを学ぶため、水深30メートルまで潜った。キャニオンと呼ばれる、人2人くらいがやっと入れる岩の裂け目をゆっくり潜っていったんだけど、そこには何百匹という魚の大群がグルグルと同じところを泳いでいた。薄暗い海底でひしめき合い、時々光のかげんでキラキラ光るその光景はもう鳥肌というか鮫肌ものだったよ。魚の名前はダスキースイーパー(はたんぽ)というと後からインストラクターに教えてもらったんだけど、うん、これは1年前に見たタイの地獄テーマパーク(覚えてる?)以来ともいえる衝撃だった。つまり、ライセンスがない人は地獄テーマパークに行けばいいのだ。そうなのだ。

講習の翌日は、タダでもう1本海に潜らしてもらい、ダハブでのダイビング生活も終了。
そして、その日の夜11時からシナイ山ツアーに参加した。本当はダイビングをした後は減圧症がなんたらで山に登ってはいけないんだけど、5日間もナガタさんを待たせていたので、強行出発。ゆりは疲れ果てて能面だったので、お留守番。
シナイ山はモーセが神から十戒を授かった山として有名で、世界遺産にも登録されている。バスは2時ごろ山の麓に着き、すぐに登山開始。満月のすぐ後だったので夜道は明るく、僕らは2時間半モクモクと登った。減圧症のせいなのか、ただの体力のなさのせいか、最後のほうは目がくらみフラフラしたけど、何とか頂上にたどり着いた。日の出まではまだ1時間半くらいあったので、寒い中僕らは御来光を待ち続けた。行った人から寒いと聞いてたので冬服を持ってきてたんだけど、それでも寒く、ガタガタ震えながら待った。死ぬかもと思いつつも眠かったので眠った。
そして、ついに東の空が明るくなり始めた。僕は天を仰ぎ、叫んだ。
「おお、神よ。私は十戒なんて余裕で守っちゃいました。ウソをついたことなんてないし、エッチなことを考えたこともありません。最近では物を盗むこともあまりしなくなりました。今持っている「地球の歩き方」を安宿から持ってきちゃったくらいです。インド人やエジプト人に比べると私はたぶん聖人です。なので、さらに新しく11番目の戒めを我に与えたまえ!」
すると、天から・・・・何も返事はなかった。「なんだよ、ちぇっ」と言いながら、仕方なく日の出の写真を撮ろうとカメラを取り出した。すると、なんということか、カメラが動かなくなっていた。がびーん。さっきまで普通に動いていたのに。こ、これは奇跡に違いない。神の仕業に違いない。そ、そうか。わかったぞ。これが11番目の戒めなんだ。11番目の戒めは「観光地では写真を撮ってはならない」なのだ。
そうか、そうか。これでモーセの十戒の上いく、しんごの11戒を手に入れたぞ・・・って、えー!もうすぐピラミッドなのに!写真撮れないやん。これを楽しみに半年旅してきたのに。

結局、1番シナイ山が美しいという御来光の間、僕は何とか写真を撮るためにカメラを叩いたり、叩いたりして過ごした。でも、神の仕業なのでカメラは動かず、いつの間にか日も昇ってしまい、何のために真夜中に苦労して山に登ったのかよくわからない状態なのだった。近くで巡礼者たちが賛美歌を歌っていた。それを美しいと感じる余裕なんて僕にはなかったよ。

さあ、カメラが全滅したところで、ついに次回はピラミッドだ。

IMG_1026.jpg

IMG_1021.jpg

IMG_1041.jpg

IMG_1051.jpg
マイカメラ最後の1枚
DSCN2207.jpg
後はナガタカメラが頼りです。
DSCN2221.jpg
ピラミッドもよろしくお願いします。泣



これクリックするとカメラが壊れるよ。






海・恋・ウノ・太もも
今いるとこはエジプトはダハブ。「世界一美しい海」と定評のある紅海沿いのリゾートだ。何かタイのリゾート地みたいで(行ってないけど)、若いバックパッカーがあちこちでまったり。
今回の旅ではほとんどリゾート地に来てないので僕らもテンションが上がる上がる。さっそく海パンとシュノーケルを購入したよ。あとダハブTシャツも。完全に浮かれてるよ。いやあ、やっぱ海だよなあ。海はええなあ。

そんなわけでフィンを借りてさっそくシュノーケリングをしたんだけど、さすがにきれい。海が青い!お魚さんも大きいのから小さいのまでカラフルなやつがスイスイとスイミング。珊瑚のまわりにはめちゃたくさんいたあるよ。
ひと泳ぎした後はやっぱりビール。水着ギャルを見ながら昼間からビールさ。う~ん、最高。レストランで流れているジャック・ジョンソンも気持ちいい。あー、脳みそがとろける。
宿の目の前が海だから、毎日海入って、ビール飲んで、昼寝して、ビール飲んで、ビール飲んで、ウノしてビール、太鼓たたいてビール、ウクレレ弾いてビール。正しいリゾートライフをおくってるよ。

まったりリゾートしてる間に、いくつかの恋も生まれた。
ここ1ヶ月くらい一緒に旅してるカズさんは、エジプトに来るとき一緒になった中国系シンガポール人のアイリーンといい感じに。2人ともダイビングのライセンスを持っているので、毎日のようにキャッキャ言いながら水中デート。何か日に日に二人の空気が恋人のそれのようになっていってる。ええなあ。やっぱ英語とダイビングライセンスは必要だと強く実感。
まあ、そういうわけなので、カズさんはだんだん僕らと遊んでくれなくなり、残された僕らは「さびしいですなあ」と夕焼け空を見つめているのだった。結局カズさんはアイリーンに合わせてカイロに向かうことになり、僕らとはここダハブでお別れ。1ヶ月一緒にいたのに、数日のアイリーンに負けたわけだ。まあ、気持ちはわかるが。
僕はこのカズさんの裏切りともとれる行動にある1つの決心をした。語学留学をして英語をマスターして、外国人の彼女をゲットするんだ。ついでに、ダイビングのライセンスも取るのだ。

もうひとつの恋は、嫁入り前のナガタさん。仲良くなった韓国人のハンさん22歳学生にラブレターをもらっていた。内容はこんな感じ。
「私と一緒にシワ(オアシスの町)に行きましょう。
 私は先にカイロに行って、あなたが来るのを待ってます。
 あっ今日のお昼を一緒に食べましょう。
 1時に橋の上で待ってます」
これを、日本語が少しできるコリアの女の子に手伝ってもらって日本語で書いてたからね。本気か?一応2人でごはん食べたようだけど、やっぱりシワ行きはかるーく断ったそうな。僕らは「行ったらいいじゃん」って勧めたんだけどね。
そんなわけで、ハンさんはダハブを去っていったんだけど、それから3日後にまたラブレターが届いた。ハンさんの友達のチェイソンがカイロからわざわざラブレターを持ってきてくれたのだ。内容はこんな感じ。
「22日に僕は韓国へ帰ります。
 それまでにカイロに来てください。
 あなたにもう1度会いたいから。
 待ってます。」

「これはもう本気かな」と僕らは言ってたんだけど、ナガタさん本人は「えっギャグでしょ、ギャグ」とあっさり。そういうわけで22日までのカイロ行きは微妙なのだった。僕がもっかいハンさんに会いたいけどね。いいやつなんだ。でも結婚前なんだとは言えないね。

みんなが恋している間、僕自身も一緒にウノをして遊んだボインのフランス人のガブリエル18歳に恋をしたんだけど、すぐそばで強そうな彼氏が目を光らせていて、まったくおっぱいをチラ見する隙も与えてくれなかった。やれやれ。仕方ないので、ウノで彼氏に反撃しておいたよ。ドロフォー、早だしドボン!

そんなわけで、なかなか外国人の彼女ができないので、とりあえずカズさんを見習い、僕もダイビングのライセンスを取ることにした。これで南の海の中を美女と泳ぎ、2人は恋に落ちるのだ。
ダハブは世界で2番目に安くダイビングのライセンスが取れるみたいで(ちなみに最安は南アフリカで、2番目はいくつかあるらしい)、オープンウォーターとさらに上級のアドバンスの両方のライセンスで、400ドル。講習期間は5日間。
しかもインストラクターは美人の日本人女性25歳。体力的にきついインストラクターを仕事に選ぶだけあって、なかなか気が強い感じで、ちょっと怠けてると「はい、そこ、ぐずぐずしない!」とゲキが飛んでくる。僕は本来Sなので、あんまり叱られるのは好きじゃないけど、美人ならそれもオッケー。むしろ心地良い。
日本だと最初はプール講習から始まるみたいだけど、ここダハブでは初日からいきなり海へ。比較的浅いとこに潜り、マスクにわざと水を入れたり、マスクを外したり、レギュレーター(息吸うやつ)を外したり、BCD(タンクがついてるやつ)を外したり、重りを外したりなど(外すのばっかりだな)、いろんなスキルを学ぶのだった。たいてい1つのスキルを学ぶごとに1人ずつテストしていくんだけど、他の人がやってる間、かわいいお魚さんが泳いでたり、砂の中の生き物を食べてたりするのを観察したりして、なかなか楽しい。そして、時々頭の上を水着ギャルのあらわになった太ももが妖艶な動きをしているのをまじまじと見ることもできた。なるほど、ダイビングをするとこんないいこともあるのか。知らなかったよ。人気がでるわけである。
そんな感じで無事太ももライセンス・・・じゃなくて、オープンウォーターのライセンスを取得し、現在アドヴァンスを受講中。
海はええなあ。

IMG_1000.jpg

DSCN2112.jpg
早だし!
DSCN2122.jpg
ハンさん
IMG_0988.jpg
ジャンプ!右のおもしろ少女はコリア代表のヨンウン
DSCN2097.jpg
これダハブ巻き。女子たちはかなりはまって毎日くるくる巻いてます。


これクリックすると南京虫に噛まれるよ。






ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。