クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カッパドキアで愛を叫ぶ
カッパドキアはおもしろ岩だけじゃなかった。なんと19階まである巨大な地下都市があるという。
おいおい、地下都市って何だよ。19階ってすごくないか?地球の裏側の方が近いんでないか?これは行っとかないと。

生憎この地下都市は少し離れたところにあったので、僕らは1日ツアーに参加することにした。50リラ(4500円)と高かったけど、地下都市の他にも行きたかったウフララ渓谷などもツアーに含まれていたので、トータルするとお得じゃないか、と考えたわけだ。

ツアーには子供からお年寄りまでの25名ほどが参加していて、おばさんとお姉さんの真ん中くらいの女性がガイドだった。もちろん英語で説明してくれるんだけど、全体の1割くらいしか理解できなかった。

ツアーバスはちょっとええ景色やねってところを寄りながら1時間ほどして地下都市に到着した。地下にもぐる前に、ガイドのお姉さんおばさんは井戸みたいなとこに僕らを連れて行った。それはかなーり深く掘られていて、なにやら3つの用途があるようなことをガイドさんは言ってたんだけど、残念ながら英語がわからない。食料を運搬したようなことは言ってたと思うんだけど、あと2つはなんだべな?て感じ。うーん、英語が憎い。

まっ英語がわからないのは今に始まったことじゃないので、気を取り直していよいよ地下都市に潜入。階段を下りると広い空間に出て、そこからいくつもの通路が下の方に伸びえている。僕らはガイドさんに連れられてどんどん下に下りていった。当然、観光名所なので整備されているんだけど、体がようやく通れるような細い道もいくつかあった。
ポイントポイントでガイドさんが説明してくれるんだけど、もう英語を聞くことをあきらめた僕らは、言うことを聞かない小学生みたいに、好き勝手に見てまわった。
地下19階と聞いて、僕はマンションみたいにきっちり各階が分かれているのを想像してたけど、実際はアリの巣のように、いやアリの巣そのものじゃないかな?、細い道が枝分かれしながらくねくねと下の続き、そのわきにいくつもの部屋が掘られていた。はっきり言って自分が今何階にいるのかなんて見当がつかず、油断すると迷子になりそうなほど地下都市はでかかった。
ゆりは「グーニーズみたい」とはしゃいでおった。ほんと冒険ものの映画のようだ。
さらに僕らを興奮させたのは、道をふさぐためのでかい丸い石だ。原始人のアニメ(ギャートルズとか)で使われるでかい石のお金のようなのが、壁の掘られたところに収まっていて、それをゴロゴロと転がすと道がふさがるという仕組み。文章にするとなんかつまんないけど、僕らは「映画や映画」「マンガやマンガ」と言って、グンとテンションが上がった。いやあ、地下都市はロマンだよ、ロマン。

でも、はしゃぎながら、たまにツアーの流れに合流すると、おばおねガイドさんが「あんたたち、どこ行ってたの?」と少しイライラしたようにおっしゃるのだった。こわーい。
結局、観光できるのは地下8階までだったけど、それでも充分楽しめた。

それにしても、いったい何でこんなものを作ったのか?ガイドさんは僕らには全く無意味だったので、さっぱりわからんかったけど、そこは天下の「地球の歩き方」にちゃんと書いておった。

地下都市自体は紀元前400年頃の記録にも町の状態が記されているほど古い。その発祥や歴史には謎が多く、一時はアラブ人から逃れたキリスト教徒が住んだこともあるといわれる。内部の空気孔は各階に通じ、礼拝堂、教壇のある学校の教室、寝室、厨房、食料庫に井戸などがあり、大規模な共同生活が営まれていたことがわかる。ところどころに敵の侵入に備えた丸い石が、道をふさぐように置いてある。デリンク(僕らが観た地下都市)は4万人、カイマクルは2万人が暮らしていたという。

学校とかあったなんて、全然知らなかったなあ。説明しとったのかな。それにしても4万人はすごすぎ。

ツアーはその後、ウフララ渓谷、スターウォーズのロケ地(ほんとかな?)、名前は忘れたけど、でかい岩壁をくりぬいたモニュメントなどに行った。どこもけっこう楽しくて、僕らははしゃいでいたんだけど、ある欧米人の家族連れの2人の子供は、最後の方は全然バスから降りず、ニンテンドーDSやプレイステーションポータブルをずっとやっていた。
「お前ら、この岩をくりぬいたやつもそーとーすげえぞ」と言ってやりたかったし、親たちも言ってたんだろうけど、子供たちはゲームに夢中。案外、楽しんでるのは大人たちだけだったりするんだよね。この子供たちは、けっこう豪華な昼食もごそっと食べ残していて、「トルコで一番豪華なメシじゃねえ?」とか言ってがっついていた僕らは、信じられないといった感じで子供を見てたのだった。もし子供ができても、小さいうちはどこも連れていかねえ、と僕は心に決めた。でも、一緒に行ってくれるのは小さい子供のうちだよ、という切ない声も・・・・。


カッパドキアを出発する直前、見晴らしのいいところに登り夕陽を見た。ゆりたちはインターネットをしていたので1人で見てたんだけど、50代と思われる欧米人の夫婦が僕のそばにやってきた。おっさんはおばさんの肩に手をやり、ずっと顔近づけてボソボソと、たぶん愛の言葉をささやいていて、なんだか僕はそれが妙にエロティックに感じてしまい、なんだか居たたまれなくなってその場を離れた。

日本人はこういうのはできないよな。そりゃラブラブなのはいいことだと思うけど。まあ、あのキノコ岩を見てたら誰もが愛を叫びたくなっちゃうのかもな。「カッパドキアの中心で愛を叫ぶ」か・・・。

なーんてことを、夕陽に照らされながら、一人ぼっちで考えていたのだった。

IMG_9376.jpg

IMG_9385.jpg

IMG_9388.jpg

IMG_9389.jpg

IMG_9377.jpg
テンションマックス!

IMG_9432.jpg
ここがスターウォーズのロケ地らしい。ガイドさんに「エピソード何?」と聞くと、たいぶ考えたあと「3」と答えていた。あやしい。

IMG_9715.jpg
映画のラストみたい

これクリックするとおばおねガイドさんになるよ。



スポンサーサイト
カッパドキアの愛
河童はいないけどカッパドキア。「これぞ世界遺産!」と大竹しのぶも唸るくらい、ここはすごかった。
「どーしてこーなっちゃったの?」と思うような形の岩があっちにもこっちにもゴロゴロしてて、それはそれは不思議な景色を作り出していた。これがまたけっこう広い範囲に見所が散らばってるもんだから観光も大変。お金がある人はみんなツアーに参加してさくっとまわっちゃうんだけど、そこは貧乏神がガッツリ張り付いている僕らだから、暑い中、せっせ、せっせと歩き回るのだった。

そんなわけで、全部の見所はとてもじゃないけど回れなかったんだけど、その分一点集中型というか、「ちょっとあの岩行ってみよーぜ」とか言って、良さそげな岩を攻めることができた。
カッパドキアの岩の驚くべきところは、その形の奇妙さだけじゃなく、ある程度の大きさのものには穴が掘ってあって、中に入れるようになっていた。これがまたウキウキワクワクしちゃうんだよね。
何とか岩をよじ登って中に侵入すると、いくつもの部屋に分かれていて、しかもそれが左斜め上に部屋の入り口があったり、右斜め下にあったりする。入り口といっても普通に人の大きさより大きいものから、なんとか体が入るような穴までいろいろ。楽しそうでしょ?しかもしかも、煙突みたいに上に穴が開いているところは、壁に両手、両足、背中を押し付けながら登る。まあ、ちゃんと足場となるように少し掘ってたりするからそこまで難しくはないんだけどね。
光がほとんど入らない部屋には、ベッドに使われてたと思われる、膝くらいの高さで平らに削られたものがあったり、横の壁にはローソクなんかが置かれていたであろう、ちょっとした棚が彫られてあったりして、なんだか生活感があった。
「いったちいつごろ、誰が住んどったんじゃ!」と当然思うんだけど、そこは天下の「地球の歩き方」にちゃんと書いておった。

カッパドキア地方はヒッタイト時代から交易ルートの要の地として栄え、4世紀前後からはキリスト教の修道士が凝灰岩に洞窟を掘って住み始めた。彼らは外敵から身を守りつつ、信仰を守り続け、洞窟内の天井や壁に見事なフレスコ画を残したのである。

僕らも岩の中にある教会行ったとき、ボロボロになったフレスコ画をいくつか見たけど、なんか修道士たちの執念みたいなものを感じたよ。
よくこんなとこに住んだよね。すごいわ。
オルタヒサルというでかい巨岩にも行ったんだけど、マンションの5階くらいはある岩の中のほとんどがくりぬかれていて、やっぱり部屋みたいになっていた。
「いやあ、こんなでかい岩よく掘ったなあ」と感心しっぱなし。

その他にはクリームみたいな岩があったりと、いろいろ感激したんだけど、僕が1番興奮したのは、やっぱり名物のキノコ岩の群生。ニョキニョキってそびえたつそれは、キノコというより・・・・・・
シモネタはゆりに禁止されたので、これ以上書けないのが残念である。ほんとはこれだけで論文を書きたいとこなんだけどね。
「うわあ、卑猥やねえ。」と僕は夢中になって、チ・・・キノコ岩の周りをウロウロして写真を撮りまくったんだけど、ふと目に止まった看板を見ると「Love Valley」と書かれてあった。
「愛の谷」かあ。ナイスネーミングじゃないか!
僕は名付け親に拍手を送るとともに、やっぱりみんな思うことは同じなんだとちょっぴりうれしくなったのだった。

IMG_9146.jpg

IMG_9158.jpg

IMG_9526.jpg

IMG_9602.jpg

IMG_9326.jpg
愛の谷


これクリックするときのこになるよ。





旅のマンネリとジャニーズ系
イスタンブールから夜行バスに乗り、サフランボルという町にやってきた。
サフランボルは、トルコの昔ながらの民家がすり鉢状の地形に建つステキ町で、世界遺産にも登録されている。特に見所があるわけじゃないけど、のんびりしたいいところで、僕らは散歩したり、宿でごろごろしたり、ヨガしたりと、のんびりすごした。やっぱのんびりがいいなあ、のんびりが。

3人旅になって1週間ほどが経ったけど、なかなか楽しかった。注文する料理も1品増えたし、でかいメロンや1リットルのトルコアイスクリームのパックを買って食べたりできた。(ナガタさんはアイス狂ではなかったので、結局ゆりと2人でほとんど食べたんだけど)
それに2人がショッピングしている時に、1人でフラフラできるのもよかった。これまでの11ヶ月、24時間ずっと2人でいたわけで、そりゃ楽しいこともいっぱいあったけど、やっぱりケンカしたり、でも逃げ場がなかったりで、大変な時もしばしばあった。いや、でも楽しいことの方が多いんだよ、ほんとほんと。(何かを恐れて必死でフォローをしている僕がいる)
まあ、なんしか3人旅は新鮮で楽しいというわけだよね。
でも、女子たちは僕に不満があるようで、「男子の新メンバー来ないかなあ」としょっちゅう言っている。まだ、ラブワゴンの席は空いているし、多い方が楽しそうなので、誰か次のシリアあたりで合流しない?僕は全然女子でもいいですよ。

サフランボルで2日ほど過ごした後、「ジャニーズ系がいいなあ」とぶつぶつ言う女子たちを引き連れて、トルコ一番の観光名所であるカッパドキアに向かった。「何とかなるだろう」と高を括ってバスの予約をしなかったのが良くなく、カッパドキア行きのバスはいっぱいだった。見知らぬ親切なおじさんのアドバイスで少し手前のアクサライという町まで行き、そこからヒッチハイクすることに。30分くらいしてようやくトラックに乗せてもらえた。
トラックの高い座席から見るトルコの大地は広大で、田園風景が美しかった。何とか陽が落ちる前にカッパドキアに着けたんだけど、ちょうど名物の奇岩が現れた頃が夕暮れで、オレンジ色に輝く摩訶不思議な景色に正直鳥肌が立った。
「すっげー」
旅のマンネリズムに陥っていた僕のハートに、久しぶりに火が点いた、ような、気がした、ような、そんな感じになった、そうな。

IMG_9061.jpg
サフランボルの町
IMG_9012.jpg

IMG_9075.jpg
なぜか女装したおっさんと少年が踊っていた
IMG_9080.jpg
スカーフ姿の女性たち
IMG_9243.jpg
カッパドキア


これクリックするとジャニーズ系になるよ。




新メンバー合流!
旅もいつの間にか11ヶ月が過ぎちゃったけど、ついに待望の新メンバーが合流した。僕らの高校の同級生のナガタさんが「おもしろそうだべ」と言って、一緒に旅することになったのだ。5月に仕事を辞めた彼女は、すでにフランス、ドイツを3週間旅行してきて、これから一緒にエジプトに向かう予定。初の3人旅。いったいどんな旅になるのだろうか。そして、真実の愛は見つかるのだろうか。三角関係の結末は!関係ないけど、韓国人に「ビミョーな三角関係」と日本語で言っても、同じ意味で通じちゃうよ。お試しあれ。

今いるのは「ヨーロッパとアジアのかけ橋」イスタンブール。僕らが泊まっている旧市街にはいたるところにモスクがあり、ふと気がつくとアザーン(礼拝?)の声が聞こえてくる。それがマイクを使っていてやたらとでかいんだ。宿の近くにもモスクがあり、早朝4時とか5時にめちゃ大きいアザーンの声が聞こえてくるらしいけど(ゆり話)、僕とナガタはまだ1度もそれで目覚めてない。

ここ数日は、次に行くシリアビザの取得に精を出しつつ(1日目、日本領事館でレターをもらいに行き、2日目、シリア領事館の受付時間に8分間に合わず追い返され、3日目、午前申請、午後に受け取って無事取得した)、イスタンブールの町をぶらぶらした。
海へ行ったり、バザールに行ったり、モスクに行ったり、ショッピング街を歩いたり。天気が良くて気持ちよかったんだけど、なんかこれっていう印象が残らなかった。少し楽しみにしていたグランドバザールにしても、整然と店が並び、きれいなみやげ物が売っていて、ちょっとおもしろみがなかった。イスタンブールに期待しすぎていたのか、ここが先進国(少なくとも僕の中では)のためなのか、それとも僕自身に問題があるのか。確かに旅が長くなるにつれて、いろんなものに対する興味が薄れてきているんだよね。
それにイスタンブールの物価が高いのもでかかった。うまそうなものを見つけても、貧乏旅行をしてきた僕らには「ちょっと買い食いしちゃお」と気楽に買うことがむずかしかったり、ちょっとした見所は入場料が1000円以上だったり。食事も普通に1人500円くらいする。幸い、僕らは安いセットメニューがある食堂を見つけ、そこで2品くらい頼み、後はパンで腹を満たすという作戦が取れたので、まあまあの出費で抑えることができた。たいがいの食堂はパンが食べ放題だから、そのへんはとてもありがたかった。しかも、その店は焼き立てだとパンだけでもかなりうまく、僕らは店の親父が「まだ食うのかよ」とあきれるくらいおかわりをした。宿代も3人でシェアできるぶん安く上がってありがたかった。(それでも1泊40ドルくらいしたけど)

そんなイスタンブールライフだったけど、ちょっと感動したのがスルタンアフメット・ジャミィ。通称ブルーモスク。トルコを代表するイスラム寺院なんだけど、「深夜特急」でもここのことが書いてあったので、少し楽しみにしていたのだ。
絵葉書でもよく売ってる外観はそりゃかっこよかったんだけど、ブルーモスクはそれよりも中がすごかった。高い天井にでかいドーム、その周りに半ドームがあり、めちゃめちゃ広い空間を作っていた。あれは宇宙っすね。宇宙。壁、天井、柱にはびっしりとイスラム模様?が描かれていて、その緻密さと量が半端なく、もう圧倒されっぱなしだった。
こういう建築物って、たいていちょっと遠目から見る方がかっこよかったりするんだけど、このブルーモスクに限っては断然インサイドがすごかった。
僕らは2回ここを訪れたが、2日目にはちょうどアザーンの時間と重なった。しかもその日は特別な日だったようで、1000人を越える人々が礼拝をしにやってきていた。誰かがマイクでコーラン(たぶん。でも違うかも)を読み、合図に合わせて1000以上の人々が一斉にひざまずき、頭を地面につけて祈る光景は、そりゃあもう圧巻だったよ。それから、各自がおのおの祈る時間になったんだけど、みんな何度も何度も頭を地面につけて祈っていて、なんだか不思議に気持ちになった。僕はチベットの五体投地する人々や、ガンガーで沐浴し太陽に祈るインド人、グルジアで教会に向かい十字を切る人々を思い出した。今まで通ってきた国すべてが宗教と深く関わっていた。うまく言えないけど、今回のブルーモスクでの光景は、改めて宗教の存在の大きさについて考えさせられた。ほんと、なんだろな、宗教って。
夕陽がステンドグラスを照らし、とても美しかったよ。

DSCN0991.jpg

DSCN0982.jpg

DSCN1042.jpg
ネーミングに惹かれ「KAMIKAZE」に乗ったけど、そうとう気持ち悪くなった。
DSCN1044.jpg
ケバブのセット5リラ(450円くら)
DSCN1052.jpg
ブルーモスク
DSCN1033.jpg

Photo by Nagata



これクリックするとブルーモスクになるよ。




アジアの終点
「スリコの家」を出発した僕らは、バトゥミという国境近くの町に1泊した後、トルコに向かった。
13日間と少し短いグルジアの旅だったが、ワインあり、自然あり、スリコありとなかなか楽しかった。またいつか来たいな。そしてスリコと飲みたい。

黒海沿いの国境を越え、この旅12カ国目となるトルコに入国。ヒッチ2台とバスを乗り継ぎ3時間半、トラブゾンという町に到着した。

トラブゾンは黒海に臨む美しい町だった。中心にある公園では多くの人々がチャイなどを飲んだりしてのんびり過ごしていた。きれいでオシャレな店が多く並び、人もどうもアカ抜けしているように感じる。
トルコはイスラムの国みたいで、女性は頭をスカーフで被っていた。が、全員ではなく、普通に髪を出して歩いている人も少なくない。スカーフにしてもけっこう派手で、イエメンで黒いアバヤ姿の女性ばかり見てきた僕は少し違和感を感じた。同じイスラム教の国でも、いろいろ違いがありそうだ。
トラブゾンの人々は気さくでとても感じがよかった。「メルハバ」(こんにちは)と挨拶すると、みんな笑顔で返してくれる。何人かのおっちゃんにはチャイをごちそうになった。海でゆっくりしていると若者がひまわりの種をたくさんくれたりもした。
僕らがトルコに着いた日はちょうどサッカーの「ユーロ2008」の準決勝トルコ対ドイツの試合があり、町にはトルコの国旗を持った人が何人もいた。試合はなかなかの好ゲームで、1点ビハインドの後半残り5分でトルコのシュートが決まった時は、夜の11時半だというのに町中が大騒ぎだった。あちこちから「わー!」という歓声があがった。しかし、残り1分でドイツが決勝点を決めた時は、シーンと静まり返った。その後パトカーのサイレンが聞こえてたので、きっと誰かがヤケを起こし、道頓堀・・・じゃなくて黒海に飛び込んだんだろう。それにしてもすげえサッカー熱だ。

そんな感じで、なかなか楽しい感じのトラブゾンだったんだけど、僕の気分はあまり晴れやかではなかった。理由は物価の高さだった。宿、メシ、乗り物と、今までの国の2倍くらい高い。例えば、安い宿をさらに値切って20リラ(1800円)、ピザパン3リラ(270円)、サバの煮込み料理5リラ(450円)、10分乗ったドルムシュ(乗り合いワゴン)1,5リラ(130円)など。日本と比べるとまだまだ安いんだけど、11ヶ月アジアを旅してきた僕にはひどく高く感じ、お金を払うたびにテンションが下がっていった。しかも東トルコはまだ安いと聞いていてこの料金だったのでなおさらだった。
トラブゾンで2泊した後、バスでイスタンブールへ向かった。このバス代も高く、1人60リラ(5400円くらい)。びっくりして鼻血が出たよ。うそだけど。確かに18時間、直線で800キロくらいの距離を走るわけだからしょうがないのかもしれないけど、高いわ。ついついインドだったら・・・とか考えてしまう。
でも、高いだけあって、バスはすげえ快適だった。メルセデス・ベンツのバスはしっかり舗装された道路を滑るように走り、スピードも一定で運ちゃんが客のことを考えているのがわかる。車内の温度も一定で、座席と座席の間隔もゆったりあった。バーテンダーみたいな格好の兄ちゃんががいろいろ客のお世話をしてくれる。驚いたのは、彼がコーヒーやティーを客に配りだしたことだった。飛行機で出されるような紙コップに入れてくれる。バスでコーヒーが飲めるなんて、今まで乗ってきたバスでは絶対不可能だった。おそらく3分も置いておくと全部床にこぼれてしまったであろう。
「いやあ、快適だなあ」と僕はゆったりとくつろぐ半分、どこか物足りなさを感じていた。何だか快適すぎる。もちろん悪くないんだけど、おもしろくもない。移動にはこれまでずっと、何かしらのドラマがあった。もちろんろくなドラマじゃない。タイではクーラーの空気口からうんこのにおいが出てきたり、クーラーがやたらめったら効いていたり、逆に効かなくてサウナ状態だったり、中国では何十センチもジャンプして天井に頭を打ったり、インドでは勝手に椅子がリクライニングしたり、隣にインド人がいたり(それはいいか)、ネパールではバスの上に乗ったり、どこの国も運転手がスピード狂で、どんどん前の車を無理やり追い抜き、対向車とぶつかりそうになったり、やたらでかい音で音楽をかけて耳が痛くなったり。そんなろくでもないドラマが今まであって、やっぱりそれはそれでおもしろかった。
僕はこの夜快適なんだけど、なぜかあまり眠れず、今までのアジアの旅を思い出していた。

早朝、バスはイスタンブールのアジア側と呼ばれるところに到着した。そこから20分ほどフェリーに乗って、ヨーロッパ側に向かう。
「ヨーロッパとアジアの架け橋」
地球上でイスタンブールだけに許されたキャッチフレーズだそうだ。
ヨーロッパ岸がだんだんと近づいてきた。
「ああ、あれがヨーロッパか。ああ、ついにアジアが終わったのか。」
と僕は感傷にひたるフリをして、ちょっとドラマチックを演出しようと試みた。けどあんまりだった。

IMG_8712.jpg
トラブゾンの町
IMG_8701.jpg

IMG_8698.jpg
スカーフ屋さん
IMG_8748.jpg
日本でも流行ったトルコ風アイスクリーム おもちみたいでめちゃうま!
IMG_8741.jpg
おじさんとクロスワードとスウドクの勝負をした
IMG_8713.jpg
仲良くなったエディツプ少年
IMG_8784.jpg
ヨーロッパが見えたぞ!


ヨーロッパの風を感じている間に旅も11ヶ月が過ぎた。でも最近思うことは、もっかいタイにもどってタイ料理を食べたいな、ということばかり。コメ食べたいなあ。
この1ヶ月で使ったお金  17万6665円(最高値更新)
訪れた町  シャルジャ、ドバイ(UAE)、イェレヴァン、アラヴェルディ(アルメニア)、トビリシ、カズベキ、メスティア、クタイシ、バトゥミ(グルジア)、トラブゾン、イスランブール(トルコ)
訪れた世界遺産  エチミアジン大聖堂など、アルメニアの修道院・教会
隠し撮りした女性      87人
恋した数           7回
スリコに飲まされたワイン   3リットル



これクリックするとえらいことになるよ。






ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。