クイズ世界はミーバイミーバイ
しんごとゆりの世界旅行。2007年7月31日から2008年12月半ばまでの旅の記録。
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最終回だよ カマじゃないよ
エジプト最終日の朝、僕は1人でもう一度ピラミッドを訪れ、その建造物の謎の解明に果敢に挑んだが、惜しくもよくわからなかった。そして、その日の夜、僕らはタイ・バンコクへ飛んだ。

2ヵ月半一緒に旅したナガタさんとは空港でお別れ。
「どこがよかった?」と聞くと、「やっぱりイスラエルかな」と言っていた。宗教やパレスチナのことをいろいろ知れて考えられたのが良かったって。
日本に帰る彼女をちょっぴりうらやましくなったけど、これからバンコクに行く僕らをナガタさんもうらやましがった。
「バンコク行くのわかってたら、私も行ったのに」と。
こうして、ウェディングドレスとアレッポ石鹸を持ち歩いた特異なバックパッカーの旅が終わった。
ホントお疲れさまー。一緒に旅できて楽しかったよ。フィリピンで待ってるよ。

カイロからバンコクまでは8時間半のフライト。バスに列車に揺られ1年かけて来た道のりをたった8時間半で戻ってしまうのは、正直切なかったよ。あんなに苦労してようやく辿り着いたエジプトだったのに。一気にふりだしに戻るみたいな感じで。

とは言ってもやはり大好きなタイ。ねっとりした空気やナンプラーの匂い。渋滞している車やトゥクトゥク。化粧している男子やピタ制服の女子大生。1年ぶりのタイは懐かしさでいっぱいだった。
でもやっぱり1番はタイ料理。めちゃうま!最初、屋台でカオパット(焼き飯)を食った時は涙が出そうになったよ。やっぱメシはアジアだよなあっとしみじみ実感。バリエーションも豊富だし。酒も周りを気にせず飲めるし。豚肉も食えるし。女の子は短パンにノースリーブで肌を露出してるしね。
ほんとイスラム圏から来ると、タイはなんて自由なんだって思うよ。イスラムの皆さんは今もまだ腹すかせて、日が沈むのを待っているんだろうなあ。ほんと大変だよねえ。毎日5回も礼拝しないといけないし、制約多いし。でも経済が1番じゃなく、宗教を大切にしている彼らを、彼らの国を、僕はけっこう好きだったんだけどね。自由が全てじゃないぞってね。やれって言われても困るけど。

タイでは何人かの友人と再会を果たした。
旅の最初に訪れたまみとゲンちゃん家にまたお邪魔した。ここのお家は木で出来た素敵ハウスで、僕らの旅の「ベストゲストハウス」にも選ばれているんだけど、やっぱりめちゃ居心地良かった。ずっとプレステ2のギターのゲームをしてたよ。
まみが沖縄料理のふーチャンプルを作ってくれた(というか、僕がしつこくせがんだ)んだけど、これが涙もんだった。カツ丼は食えても、ふーチャンプルはなかなか食えないからねえ。
まみ、ゲンちゃん、ホントありがとね。今度はもっと英語しゃべれるようになってくるから。

びっくり再会もあった。
カオサンロードの旅行代理店で航空券を探していると、ばったりインド・リシュケシュで一緒にヨガが習っていたナオさんに再会。
「えー、なんでー!」と3人とも大興奮。なんと5ヶ月ぶり。ホント世界は広いんだが、狭いんだか。
久しぶりにヨガティーチャー・シュリンダの物マネをして盛り上がったよ。

1年前、水着の女の子が踊るゴーゴーバーに連れて行ってくれたカンチャは、今回はオカマのゴーゴーバーに連れて行ってくれた。
これがね、もうめちゃくちゃかわいかったんよ。
「えっ、これホントに全員男ですか?」と何度も聞いちゃうくらい、みんな女の子らしかった。元男と思えないほどスレンダーで、でも胸はボインで。なんというか理想的。
そしてまたみんな愛想がめちゃいいんよね。絶えずウインクしてくれるし、懐かしの「だっちゅーの」もしてくれるし、胸も触らせてくれた。シリコンだった。
「きれいですね」と言うと、「ありがとう。でも日本人はお世辞が多いから」と言っていた。
下の方の手術も全員終わっているらしかった。もう、こんだけかわいいなら「オレ男でもいっかなー」と少しだけ思った。

この日以来、町を歩いているとやけにオカマが目につくようになった。僕らが泊まっているカオサンロード周辺に特に多いのかもしれないけど、それでもよく見かけた。この人は女だろうなと思っても「アハハハ、あだじねー・・・」としわがれ声だったりね。オカマってこんなに多いものなの?
タイの映画には必ずと言っていいほどオカマが出てくるし、ほんとこの国は許容範囲が広いというか、器がでかいというか。差別とかは当然あるんだろうけど、とりあえずオカマに関しては日本より幸せなんだろうなあ。
日本にも本当はあれだけオカマがたくさんいるんだろうか。カミングアウトできてないだけで。早く日本もタイみたいにオカマ先進国になればいいのにね。


まっそんな感じでこのブログもこれでおしまい。オカマという最終回にふさわしい話題で閉めることができて、ホント旅してきてよかったーとしみじみ思う今日この頃。カンチャありがとね。

思えばカンチャとインドで出会った前回の旅から早10年。19歳1人旅と29歳夫婦の旅とじゃ、そりゃあもう全然違ったけど、はっきり言えることはどちらも忘れられないええ旅やったってこと。旅出てよかった。楽しかった。不思議や驚きで溢れてて、ホント世界はでっかいびっくり箱だ。
行く先々で出会い親切にしてくれた現地の人々、旅人のみなさん、あなたたちのおかげでええ旅ができました。ありがとう。ホント感謝してます。
そして、僕の拙い文章を1年にわたり読んでくれた方々、時々読んでくれた方々、今日たまたま初めて読んでくれたあなた、ありがとうございました。旅を続けてこれたのも、ブログを読んでくれたり、コメントをくれたりする家族、友人たち、しつこくエッチな宣伝を送ってくる人たちのおかげだったり、そうでなかったりしました。

最後に言いたいことはやっぱり「世界はミーバイミーバイ」だということやね。これに尽きる!

ちなみにミーバイとは、沖縄の方言でハタ科の魚類のこと。 イシミーバイ(いしがきはた)などは防波堤周りでよく釣れるらしい。おもに船で釣るアカジンミーバイ・アーラミーバイなどバラエティーに富んでいて、沖縄では非常にポピュラーな魚。沖縄では特に美味しい魚とされていて、「魚汁」「煮つけ」「塩焼き」「刺し身」などで食べられています。
と、さっき調べた沖縄方言のサイトに書いてあった。実はよく知らなかった・・・。

なお、このブログはフィクションで、登場する人物とかは実在の人間と何の関わりもないので、そのへんよろしく。

バイバ~イ

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エジプト最終日、一緒の宿だった韓国人の「順子さん」(日本名でそう名乗っていた)夫婦がパスタを振舞ってくれた。スーダンには行けたかなあ。
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「タイはうめえなあ」
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ロックするまみとそれを見守るゲンちゃん
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ふーチャンプルさいこー!!麩を卵に浸して炒めるんよ。うまいんよ、これが。
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カンチャとカオサンロードで


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もうお前達のを流すのはごめんだ
周りの景色が以前と同じように見えるようになった。よかった。

昼間少し出かけたが、体がだるくてすぐ宿に帰ってきた。あっでも全然風邪とかじゃないからね。ここ数日の緊張や暑さのせいで少し疲れていたんだろう。

おかげで、宿でカミュの『異邦人』を読み終えることができた。時々「子どもたちが 空にむかい・・・」で始まる有名な歌が頭に流れた。
小説はよくわからなかったけど、僕らが「異邦人」であることを思い出させてくれた。
当たり前のことだけど、ここはタイ人の土地で、彼らの生活が基本である。よそ者の僕等はいつもそのことを頭に入れて旅をしなくちゃいけない。お金があるからと何でもしていいわけではない。
とりあえず欧米人、自分で出したションベンやクソはちゃんと流せ!

事件に遭ってからの数日、タイという国のことを考えていた。
僕は9年前の旅のことを話す時、決まって「インドに半年ほど・・・」と説明していた。それはインドが一番長く滞在したからでもあるけど、1ヶ月過ごしたタイの話を持ち出すと、例の詐欺のことが真っ先に思い出され、少し心がチクリと痛むからだった。

今回、どこから旅を始めるかで、いろいろゆりと話し合ったが、結局僕がタイがいいと言い張った。それは僕の中で、タイから始めないといけないと、漠然と思ったからだ。9年前の悪夢を振り払うために、タイを大いに満喫し、好きになろうと考えていたのかもしれない。

くしくもタイ滞在最後の日に事件が起こった。きっと、タイが「これでもお前は俺のことを好きになれるのか」と挑戦状を叩きつけてきたんだろう。もし3000㌦失っていたら、もうタイが大嫌いになっていたかもしれないけど、幸い戻って来た。
今は、タイが「お前はどこか抜けているから、これからの旅、ちゃんと気を引き締めろよ」と言ってくれているように思える。
ありがとう、タイ。

ちなみにここでいうタイは魚ではなく国のことであって、勘違いされないでもらいタイ。(これはうまくない)

少し延びたけど、明日カンボジアに向う。

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今日見たピタ秘書制服。残念ながらスカートが長い。たぶん2年生なんだろう。



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バンコクの悪夢 消え去る
銀行が開く8時半に行動を開始した。
まず、ちょっと親しくなった、片言の日本語を話すタイ人の兄ちゃんのいる食堂に行った。昨日も、アメックスになかなか連絡できない僕らを、彼が店の電話を勝手に使って助けてくれたのだ。
「もしかしたら明日も来るかもしれないけど、いいかな?」と尋ねると、「じゃあ、明日は自分の携帯を持ってくるよ」と言ってくれていたのだ。
店へ行くと、彼はちゃんと約束を覚えていて、「携帯使っていいよ」と差し出してくれた。トラベラーズチェック受取り先のバンコク銀行の電話番号はわかっていたので、彼に電話してもらって、住所を聞いてもらうことにした。
彼は快く引き受けてくれて、あっけなく住所を聞き出してくれた。
昨日、あれだけ苦労して見つけられなかった僕らは、少し拍子抜けしたけど、ゆりはうれしさのあまり、少し泣きそうになっていた。
しかも、バンコク銀行は歩いていける距離にあるそうだ。
僕らがアメックスの人から聞いていた住所はRAJADAMEON ROADで、実際の住所はRATHADAMNOEN ROADだった。もともとタイ語の道の名前を、アルファベットで表記しているため、こういう違いが出てきたのだろう。おかげで昨日はずいぶん苦労して不安な思いしたけど、見つかったから、まあいいや。

15分ほど歩くと、念願のバンコク銀行を発見。ここでもゆりは感激していた。よかったねえ。
銀行では、英語で書かれた書類に、いろいろ記入しなくてはならなかった。僕らは一つ一つ電子辞書で調べて空欄を埋めていってたんだけど、担当のおばちゃんは、とてもイライラして、強い口調で「これは何々を書くんだよ」と言ってくる。いつどこで盗られたかを書く欄に、僕が「バンコク」と書くと、おばちゃんは切れて「バンコクたってめちゃくちゃビックなんだよ。あんた、どこで盗られたの?ツーリストバス?じゃあ、チェンマイからバンコクへのバスの中でって書けよ」とイングリッシュでまくし立てる。
僕が「はいはい、怒んないでよ」と日本語で何度も返していると、となりで僕らと同じように再発行の手続きをしていた欧米人が、だいぶウケていた。日本語がわかるらしい。

なんとか書類を完成させ、ついに新しいトラベラーズチェック3000ドルが発行された。すぐ100ドル札30枚全てに、自分の名前を書かされた。僕は絶対タイ人には真似できないようにと、くねくねした汚い「日阪真吾」の文字を30回書いた。でも、よく見るといつもの字だったけどね。
トラベラーズチェックはすぐに腰巻の貴重品袋にしまった。やはりかさばって腹が少し膨らんだけど、その厚みがなんかうれしかった。ようやく返ってきたんだと実感した。
手数料も1バーツもかからず、さすがアメックス。
最後におばちゃんが「いい旅をしてね」と笑顔で言ってくれた。なんだ、いい人じゃん。

助けてもらった兄ちゃんに、すぐ報告しにいった。彼は、僕らがどういう状況だったのか、何しに銀行に行ったのか、たぶんあんまり理解していなくて、「あなたのおかげで僕達ほんと助かりました。旅を続けることができます」と言うと、「僕のおかげ?ああ、そうですか。」と言っていた。彼は日本の絵に興味があり、店にも富士山の絵を描いていたので、僕らは江戸時代っぽい絵と柄の入ったTシャツをお礼に渡した。彼は「ぼ、僕に。どうもありがと」と言った。
こちらがありがとうだよ。

いやあ、ここ数日の胸のつっかえがようやく取れたよ。

皆さん、いろいろご心配おかけしました。
どうやらまた旅を再開できそうです。

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僕らのヒーロー


 
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カツを選ぶわけ
トラベラーズチェック紛失発覚の翌日。やはりちょっとお出かけという気分にはなれなかった。ゆりは土日に開かれる巨大マーケットを楽しみにしていたから、かわいそうだ。

明日、バンコク銀行で再発行してもらえることになっているので、今日はとりあえずその場所だけ確認しておくことにした。
銀行の住所と電話番号は聞いてたので、すぐ見つかるかと思いきや、ところがどっこい、なかなかだよ。
警察に行ってもほとんど相手にされず、(ほんと日本の警察は親切だと思う)インターネットで調べても出てこない。銀行に電話したけど繋がらない。たぶん日曜日だから。もう一度アメリカンエキスプレスに電話したら、「今、詳しい事はわからないから、明日朝に電話して」だそうだ。

連日、暑い中歩きまわり、こんな調子なので、2人ともだいぶうんざりして「絶望的だね」とカラ笑い。

僕にとっての本当の絶望は、9年前のバンコクだ。世界中を旅することを夢見て、高校卒業後、3ヶ月ガードマン(交通整理)のアルバイトをしてお金を貯めた。そして、いよいよ旅に出て4日目、一瞬のうちにほとんどのお金を持っていかれた。一瞬で世界旅行の夢が終わった。
警察も何もしてくれず、1人で暑いバンコクの町を数日歩き続けた。もしかしたら犯人たちの家を見つけられるかもしれないという思いで。
無駄だとわかっていたけど、そうせずにはいられなかった。
疲れた体で薄暗いゲストハウスに戻り、ベッドに寝そべって、汚い天井を呆然と見ていた。気持ちの整理なんて出来なかったなあ。30万円近い金額は19歳の僕には簡単に割り切れるものではなかったしね。
あの暗い部屋で見た汚い天井が僕にとっての絶望だった。でも当時の僕は、たぶん絶望という言葉を知らなかったと思うよ。

でもまだ10万円ちょっと使えるお金が残っていて、結局、その後半年、旅を続けることができた。そして、いろんな人と出会い、僕の心は癒されていった。
どんな時でも希望を捨てちゃいけない。ちょっと、大げさだなあ。

夕食は日本料理を食えるとこに行った。こんな時は、うまいもん食って元気にならんとね。
カツカレーを選んだ。前、日本料理屋に行った時はカツ丼だった。
そんなカツ好きだったかなあ。ちなみにゆりもカツ丼を食べた。
やっぱ試験の前や取り調べやトラベラーズチェックを盗られた時はカツに限るぜ。



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バンコクの悪夢 再び
「ない、ないよー」

ゆりの叫び声と共に長い一日が始まった。どうやらトラベラーズチェックが無いらしい。

え?トラベラーズチェック!?(旅行小切手のこと)

ゆりは折りたたんだアジアの地図の中にそれを隠して、バックの奥にしまっていたんだが、それが無いと言うのだ。チェンマイを出る時には確かにあったらしいのだが。
嫌な予感がした。
今度は自分のバックをあさり、コラートでゲンちゃんと買ったタイのエロ本をひっぱり出した。

「な、ない。トラベラーズチェックがないよ~」

サーっと血の気が引いていくのがわかった。
確かにチェンマイを出る時はあった。この宿か?いや、違う。ツーリストバスだ!きっとそっちの方が確率は高い。
一瞬、僕のエロ本をバックから取り出し、「あったぜ、トラベラーズチェック。こいつエロ本に挟んでやがった。とんだスケベ野郎だぜ」と笑う犯人の顔が浮かんだ。

トラベラーズチェックは、それ自体では使えない。2つサインするとこがあって、事前に1つだけ自分の名前を書いておく。そして銀行や両替屋に行き、その場でもう1つのとこにサインし、同じ筆跡であれば現地通貨と両替できるという仕組みだ。
失くしても再発行が効くのが売りだが、もう紛失して丸1日以上たっており、犯人が使っている可能性が高い。筆跡なんて何とでもなるだろう。その場合は、再発行してもらえるかどうかわからない。2人合わせてちょうど3000ドル。(37万5千円くらい)で、でかい。

パニックになっていた。この感じ、9年前のトランプ詐欺で30万円近く盗られた時に似ている。しかも同じバンコクで。懐かしいなあって、そんな場合じゃない。一体何の因縁だよ。

何はともあれ、まず発行元のアメリカンエキスプレス(アメックス)に連絡しなければならない。番号はわかっていたので、宿からかけるがいっこうに繋がらない。宿の人は「今日土曜だから休みだよ」とか言う。
いや、そんなはずはない。無休で受け付けているはずだ。
だんだんイラついてくるのがわかった。

仕方ないので、とりあえず近くの警察にいった。しかし「うちの管轄ではない。40分ほど行ったツーリストポリスに行きなさい」と言う。
「まず、アメックスに連絡したいから、何とかしてくれ」と貧弱な英語で伝えると、公衆電話でかけろと、タイの営業先の番号を教えてくれた。
何も手伝ってくれねえんだなあ、とブツブツ言いながら電話をかけると、今度は繋がった。しかし、タイ語。その後英語。ブワ~っと英語で話されるも、成す術ナシ。「アイム ジャパニーズ」と言うことしかできない。これで中学生に英語教えてたなんて、恥ずかしくて言えないよ。
訳のわからないやり取りがしばらく続いた後、斉藤さんという日本人の方が出てきた。仏に思えた。

盗られた状況や金額、実家の住所や今の滞在先などいろいろ聞かれた後、しばらく待たされた。
その間、胸のドキドキは収まらず、身体も強張っていた。深いため息が自然と何度も出る。
その後、「これからツーリストポリスに行って、盗難証明書を作ってもらって、その用紙の番号と担当者を教えてほしい」と言われた。
ここで、ようやくずっと聞きたかった質問をした。

「それでなんですが、再発行、してもらえるのでしょうか?」

まさに固唾を呑んで、斉藤さんの次の言葉を待つ。
彼は落ち着いた声で「はい、再発行されます」と言ってくれた。やはり仏だった。
体の力が抜けた。でもやっぱり実際もらうまでは完全には安心は出来ない。

何も食べていなかったので、ちょっとフンパツして「サブウェイ」のサンドイッチを食った。若い日本人の女の子たちが何やら店内ではしゃいでいた。よく見る普通の光景だったけど、今までとは全然違う印象を受けた。それは自分でもよくわからないけど、羨ましかったのかもしれないし、「お気楽だね」という皮肉だったのかもしれない。

ツーリストポリスへはタクシーで行ったが、違うとこで降ろされ、そこで教えてもらったバスに乗ると、全然方向違いだった。ゆりは「もう誰も信じられない」とボソッと言った。タイ人恐怖症に陥ったようだ。(おっうまい!)

何とか着いたツーリストポリスでは日本語を話すタイ人のおばちゃんが対応してくれた。最初に「何でそんな貴重なものをバックにしまっておいたの」と怒られた。
まったくその通りなのだ。非は僕らにあった。パスポートや現金は、いつも腰巻に入れて身につけているんだけど、トラベラーズチェックはかさばるという理由で入れてなかった。再発行効くだろうという甘えがあった。

僕が報告書を書いている時、ゆりはツーリストバス関連の犯罪者リストを見せられていた。9年前も、同じようにトランプ詐欺の犯人の写真見せられたなあ、見つかんなかったけど、と思い出していたら、ゆりが叫んだ。

「この人、この人です」

口ひげが生えている男がいた。僕も見覚えがあった。あいつか、くさ毛布を持ってきた野郎だ!
おばちゃんが「こいつは有名な悪徳運転手で、最近もこいつにやられた人がいたよ」と教えてくれた。
教訓を学んだ。くさ毛布を持ってくるバスには気をつけろ。

ツーリストポリスでは、日本の「TVチャンピオン」が流れていて、折り紙選手権が放送されていた。みんな作品が出来るたびに「おお~」と歓声をあげていたので、じゃあ、僕が鶴を見せてやろうと思い、作ろうとしたけど、作れなかった。

最後におばちゃんが「声をかけてくる人にはついていっちゃダメだよ。そこでブラックジャックを教えられ、金を賭けさせられて、騙し取る詐欺がよくあるの」と注意してくれた。なので「僕、9年前にそれで30万近く盗られました」と言うと、「まあ、本当?でも、まだかわいいものね。最近30過ぎの日本人が、同じ詐欺で400万バーツ盗られてたわよ」と教えてくれた。
400万バーツ(1400万円くらい)。たぶん僕の聞き間違いか、おばちゃんの勘違いだと思う。だけど、事実だったらとんでもないことだ。

またバスに乗って宿にもどり、アメックスに電話し、盗難証明書の番号と担当者の名前を告げた。最後にもう一度「再発行するんですよね?」と聞くと「3000ドル再発行することになっています」と言われ、ホッとした。もう辺りは暗くなり始めていた。
ゆりが「勝因は、しんごのくねくねの字のおかげじゃない?」と言った。
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